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31話 孤独な戦場にて 〜アリス編〜

「分断したのは、貴方の能力ですね」


 周囲を警戒しながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる暗殺者に、アリスはそう問いかけた。


「ああ。そうだ」


 “E”と呼ばれていた暗殺者は淡々と頷く。


「オレの部下どもは。能力者としては優秀だ。ただな……些《いささ》か全員。火力が高すぎるがな」


 静かな声のまま続け、


「今回の目的はオマエらの始末だ。警察や軍と正面から付き合う気はない。下手に暴れさせて建物が倒壊すれば。逃げられる可能性が生まれる。あるいは。その混乱に乗じて警察や軍に奇襲を受けるかもしれない」


 “E”は肩を竦める。


「ならば最初から閉じ込めた方がいい。オレの能力でな」


 言い切るように告げた。


「ここからは逃げられない。オマエの仲間たちもだ。生き残れたとしても。この空間が解除されることはない。オレを殺さない限りな」


「……そうですか」


 アリスは短く答えると、静かに目を閉じる。

 次の瞬間、心器を展開した。

 現れたのは、鍔《つば》のない二本の両刃剣である。


「井の中の蛙だな。〔聖域の戦姫(ロスヴァイセ)〕。哀れな子供《ガキ》だ」


 “E”は嘲《あざけ》るように呟く。

 その言葉を皮切りに、アリスは一気に距離を詰めて一閃。研ぎ澄まされた太刀筋が走り、黒装束を切り裂く。


「……速いな。能力だけでなく。剣術もそれなりか」


 余裕で回避した“E”はわずかに感心したように言った。

 右手を前に突き出す。

 掌に炎が生まれ、それが次々と射出される。

 まるで機関銃のような連射だった。


「……っ!」


 アリスは最速で火炎弾を回避する。

 跳躍し、壁を蹴り、柱を踏み、斜めへと飛ぶ。

 照準を定めさせない立体的な回避。


「なるほど」


 “E”は小さく呟き、今度は左手を掲げた。

 ゆっくりと、左から右へ。

 すると壁が大きく削れる。


「……っ!?」


 アリスは身を屈めて、寸前で回避する。

 その光景に驚愕して、敵を見た。

 彼の左手には見えないが空気が集まって、小さな竜巻のようなものを形成していたからだ。


「炎を射出する能力と空気を集めて竜巻を起こす能力。そして異空間を作る能力ですか。三つもあるなんて珍しいですね」


 考えを整理するように、アリスは声に出す。

 すると“E”は返事の代わりに、両手を地面へとつけた。

 嫌な予感が背筋を走る。

 直後、床が震え、壁や柱が隆起した。

 コンクリートを突き破り、茶色い土が露出し、アリスの退路を塞ぐ。


「……っ。四つ目?」


 “E”は静かに立ち上がり、今度は両手を前へとかざす。

 右には火炎。左には暴風。

 二つの力が、同時に集束していく。

 ――直撃すれば、終わる。


 アリスは迷わず能力を起動した。

 白い光が、彼女の全身を包み込む。

 その直後、爆炎が放たれる。

 だが――


 爆煙が晴れたその中心に、アリスは立っていた。

 白光は揺らぐことなく、彼女を守っている。


「ほぉ。それが噂に聞く『聖なる力』か」


 “E”は興味深そうに、目を細めて呟く。

 アリスの能力を観察するように、目を細めた。


「『光属性』のさらに上。『神聖な力』。『魔を払う力』。何者にも傷つけられず。面白い」


 その呟きの通りでアリスは無傷であった。

 それを見て“E”は、次に右手を大きく広げ、掲げる。

 青白い光が収束し、一つの槍を形作った。

 それは雷そのもの。圧縮された雷の塊だった。それを投擲《とうてき》する。


 反応する暇すらなかった。

 雷槍は、動こうとした瞬間にはもう、アリスの肩を貫く。


 だが次の瞬間、その傷口は白光に包まれ、塞がってゆく。


「仮に傷つけられても瞬時に回復するか。オレが呼(・)び(・)寄(・)せ(・)た(・)力の中でも。貫通力は随一なのだがな」


 “E”は淡々と告げる。


「呼(・)び(・)寄(・)せ(・)た(・)?」


「能力は教えない。殺し合いだからな。勝手に考察しろ。もっとも答えにありつく前に死ぬがな」


  “E”は、何かを発動させようとした。

 ――防戦はまずい。

 そう判断した瞬間、アリスは踏み込んでいた。

 白光に包まれたその身体は、先ほどよりも明確に速い。

 暗殺者が身を引くよりも早く、剣が閃いた。


 確かな手応え。――斬った。

 だが、次の瞬間。


 切り裂いたはずの“E”の身体は、水のように形を失い、そのまま床へと崩れ落ちる。

 それはまるで、飲み物を溢した時のような光景だった。


「なるほど。身体能力も向上するのか。噂で聞いた程度の知識しかないから。初めて相対する」


 どこからともなく、声が響いた。

 その直後、床に広がっていた水がせり上がり、人の形を成す。

 水は輪郭を固め、やがて“E”の姿へと変わった。

 アリスは眉を顰める。


「貴方、いくつ能力があるのですか?」


「さあ。頑張って数えな。その前に死ぬかもしれないが。さて」


 “E”は淡々と続け、


「貫通力が通じないなら。面で制圧するか」


 再び、床に手をついた。

 その瞬間、彼を中心に水が溢れ出す。


 床一面を覆うほどの水量。

 さらに、その水の中を雷光が走った。

 大津波を思わせる水量と、絡みつく雷が、アリスへと押し寄せる。


「……っ!?」


 数分後。“E”は能力を解除し、周囲を見渡す。

 壁や柱は波に押し潰され、目に映るものはことごとく破壊されていた。


(……どこまで押し流された?)


「この空間はショッピングモールしか複製していない。……なら。どこかにぶつかっているはずだが」


 思考を纏めるようにボソボソと呟き、驚愕した。

 左腕に鋭い痛みが走ったからだ。


 (……斬られた。だと!?)


 今度は水のように崩れることはなく、切断された左腕はそのまま床に落ちる。


「はぁはぁ」


 アリスは満身創痍《まんしんそうい》だった。

 あの水量に押し潰されながら、感電を防ぐだけで精一杯だったのだ。


 だが、能力を解除した瞬間――

 彼女は即座に再生しながら、一直線に距離を詰めて反撃に転じていた。


(オレの『水化』を無力化したか。なるほど……『聖属性』。浄化の力というわけだ)


 距離を取りつつ、斬られたという事実を反芻《はんすう》する。


(……どうやって、斬れたのでしょう?)


 だが、一方のアリスは消耗が激しく、そこまで思考が回っていない。理由を考える余裕は、もう残っていなかった。

 

 その様子に気が付いた“E”はニヤリと口角をあげる。


(まだ。自分の能力の本質に気づいていないな。……なら。気づかれる前に終わらせる)


 斬られたはずの左腕が、陽炎のように揺らぎ、輪郭を失っていった。

 アリスは消耗のせいだと自分に言い聞かせ、首を振る。

 だが、その直後。

 斬り落としたはずの腕が、何事もなかったかのように再生していた。


「……っ!?」


 『再生能力』。そう考えかけた、その直後。

 “E”の背後に、もう一人の人影が現れる。

 それはまったく同じ姿をした男だった。


「……っ!?」


 困惑する間もない。

 もう一人の“E”は、一瞬で距離を詰め、掌底を叩き込んでくる。

 触れた瞬間、掌ごと爆ぜた。


「くっ……!」


 咄嗟《とっさ》に能力で爆発そのものは抑え込む。

 だが衝撃までは防げず、アリスの身体は吹き飛ばされた。

 着地する間もなく、今度は左手で右手を押さえたその男の断面から、細い光線が迸る。

 いわゆるレーザー。

 身を屈め、辛うじて回避する。


 同時に、最初からいた“E”がいつのまにか、後ろに回り込み両手を掲げた。

 巨大な炎を生成し、投げ放つ。

 さらにもう一人は衣服を脱ぎ捨て、胸部から砲身を露出させ、砲撃を放った。


 挟み撃ちとなる。


 爆炎が、すべてを飲み込んだ。――黒煙が晴れる。


 その中から、白光を纏ったアリスが一直線に飛び出す。

 狙いは、機械仕掛けのもう一人。

 心臓の位置へ、剣を突き立てる。


「……なっ!?」


 だが、抜けない。

 刃が何かに絡め取られ、動かなくなる。

 次の瞬間。――自爆。


「……」


 破片が飛び散る中、アリスは立っていた。

 意識は朦朧《もうろう》としている。


 そ(・)れ(・)で(・)も(・)、(・)ま(・)だ(・)生(・)き(・)て(・)い(・)る(・)。


「まだ生きているのか。ならば今度こそさらばだ。第百位。惜しいな。このまま成長していれば。SSランクの最上位帯にまで到達できただろうに。だが。このオレに出会ったことを後悔しながら死ね」


 その必死な姿を見て、殺意を隠すことなく淡々と告げた。


「はぁ……はぁ……」


 その声だけで、朦朧としながらも死の気配が全身を締め付ける。


 呼吸は荒れ、足が竦む。だが――

 震える自分の足を見た。

 アリスははっと表情を変え、歯を食いしばり、自分を叱咤する。


「わ、私は……こんなところで死ぬわけにはいかないんです……!

 アイツに会うまでは!! アイツに復讐するまでは!!」


 叫びと共に、最後の力を振り絞って斬りかかった。

 だが、疲労と恐怖で鈍った一撃は、あまりにも容易く躱される。


 “E”の手刀が、アリスの首元へと振り下ろされた。


「――よく言った、アリス。気に入った!!」


 その声と同時に、バリバリと空間が軋む音を立て、亀裂が走る。

 裂け目の奥から、一本の腕が伸び――“E”の右腕を掴んだ。


「じゃあまずはコイツを殺す。その後で、お前に稽古をつけてやるよ」


 挑発するように笑いながら、複製された空間へ侵入する黒(・)神(・)透(・)。


 自らが作り出した空間に踏み込まれ、“E”は目を見開いたまま、掴まれた右腕を切り離して距離を取る。


 透は切り離された腕を無造作に放り投げ、意識を失ったアリスをお姫様抱っこで受け止めた。

 そして、嬉々とした獰猛な笑みを浮かべ、“E”を睨みつける。


「それじゃあ――今度は俺と殺し合い(ヤ)ろうか」


 その笑みは、まさしく――戦いを待ち望む獣のものだった。

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