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29話 孤独な戦場にて 〜亮太編〜

「空間を切り出して複製する能力か、俺としたことがまんまと引っ掛かっちまったな」


 亮太は周囲を見渡し、冷静に状況を整理する。

 次の瞬間、頭上から迫る気配を察知し、身を屈めた。


 顔は動かさない。視線だけを上へ向ける。


(……鎖? 心器か)


 目線だけを動かし、周囲を探った。

 近くに使用者の気配はない。


(いない……? 一体どういうことだ)


 亮太は鎖の先を辿る。

 だが、そこに先は存在しなかった。

 鎖は、虚空から生えている――そう言うほかない状態で、空間そのものに固定されている。


 直後、空間がわずかに揺らいだ。

 虚無の中から、新たな鎖が吐き出される。

 狙いは明確。手足を拘束するための配置だ。


 だが亮太は慌てない。

 半歩ずらし、身体を滑らせ、鎖の軌道をすり抜ける。

 すべて、掠りもしない。


「暗部慣れしている学生が二人」


 声がした。低く、落ち着いた女性の声だ。


「一人は力に溺れた子供。そして君は、一見軽率そうな見た目だが存外に慎重で、冷静ですね」


 亮太の背後にいつの間にか、女が立っていた。

 先ほどまでの騒ぎの中、一切喋らなかった存在。

 その沈黙が、かえって異様だった。


「なるほどな。どうやって、あの数のテロリストが侵入したのか。どこから、てめぇら暗殺者が湧いてきたのか。人数が都合よく五人だった理由も――」


 亮太は振り返らずに、目を細めながら語る。

 そして肩越しに、女を捉えながら能力を断定した。


「全部、アンタの能力ってわけだ。——つまり『空間転移能力者《テレポーター》』だな」


「一発で見抜かれるとは……驚きです。そうです。監視役の“F”。そして運搬役の私。それが今回の役割でした」


 亮太に見抜かれたというのに、女は小さく笑いながら余裕そうに問い返す。


「それで? 分かったから、どうすると?」


 そう言った刹那――女は亮太の目前へと移動した。

 空間が一瞬だけ歪み、剣の形をした波動が生成され、一直線に亮太の首元へと振り下ろされる。


「……ッ!?」


 だが、刃は届かなかった。


「いや。暗殺者で『空間転移《テレポート》能力』持ちなら、最初にこうしてくるだろうって、予想してただけだよ」


 亮太の首元には、すでに波動の塊が形成されていた。

 それは盾のように密度を高めた『障壁』であり、刃を完全に受け止めている。

 女はわずかに目を見開く。


「“F”の攻撃を防いだ防御壁ですか」


「とはいえ……その能力、厄介だからな–縛術式–二点雷封《にてんらいふう》」


 亮太は一歩踏み込み、低く告げた。

 呪文が紡がれた瞬間、女暗殺者の両手首に雷球が出現する。

 バチバチと音を立てる雷が腕を拘束し、強制的に両腕を左右へと引き裂く。


「……っ!?」


「動けないだろ、これが俺の能力だ」


「……その『封印能力』。【七星大家《セブンスターズ》】の姓を持ちながら、今回のターゲットには含まれていない……なるほど。走狗というわけですか」


 その声には、侮蔑と分析が混じっていた。

 すべてを当てられて、亮太は軽く肩を竦めて答える。


「へぇー。お前らにも、名前程度は広まっているのか。それは光栄だな」


 だが、その言葉とは裏腹に、表情にはどこか翳《かげ》りが差していた。

 嬉しいと言いながらも、そこに滲んだ哀愁を、暗殺者は見逃さない。


「知っていますよ。私たちの間でも有名ですから。鬼龍院が引き取った、便利な養子。使い走りの子供だと」


  彼女はわずかに口角を上げ、淡々と言葉を重ねた。その指摘を受けて亮太の指先が、わずかに強く握られる。


(『封印能力』といった複雑な能力は精神に大きく影響するという研究もあります。精神が揺らげば、術は解ける可能性がある)


「そんな子供が、普通に学生をしているわけがありません」


 女はそんなことを考えながら、淡々と話を続けた。やがて視線がじっと亮太に向けられる。女暗殺者は結論に至ったように小さく頷き、嘲笑した。


「軍人として働いている、というのも不自然ですね。……なるほど。分かりました。あなたは監視役。いえ、制御装置《ストッパー》ですね」


 亮太は俯き、何も答えなかった。

 その沈黙を肯定と受け取ったのか、女暗殺者はさらに続ける。


「ええ、分かりますよ。“F”の情報と、先ほどの会話で十分です。もう一人の、暗部慣れしている少年でしょう」


 その名を口にしないまま、彼女は喋った。

 亮太を憐れむように、侮蔑するように。

 口角を上げながら、続けた。


「少し見ただけで分かりました。確かに、非常に強力な能力者です。鬼龍院家が危機感を抱くのも、無理はありません」


 一瞬、言葉を切り――


「彼は十五歳にしては……少々、強すぎますね。——ですが、彼は“F”には勝てません。確実に死にます」


 亮太の肩が、ほんのわずかに動く。

 その態度を見て女暗殺者は、口角が上がった。


「良かったですね。これで、あなたが彼を監視し続ける必要もなくなる。まあ……でも、あなたもすぐにあちらへ行くのでしょうから、すぐ地獄で再会できますね」


 精神の揺らぎを感じとり、勝利を確信しながら捲し立てる。——しかし。


「……ふーん、それで?」


「……は?」


「話は、それで終わりかって聞いたんだよ」


 俯いたまま亮太が呟きその後、顔を上げた。その表情は、呆れるほどに冷めている。


「この自白剤は失敗だな。余計なことまでペラペラ喋らせちまった。あとで報告しないと」


「……ッ!?」


 暗殺者が息を止めた。


 亮太の手には波動で形成された小瓶があり、それは半分に折れていて、中の液体が床へと垂れている。


「それにアイツが死ぬ? まさか、あり得ねぇだろ」


 淡々と、しかし確信をもって薄く笑いながら、言い切った。そして亮太は一歩、踏み出す。


「負けることはあっても、死ぬわけがない。それにどうせ最後は勝つさ。……本当に簡単に死なれたら、楽だっただろうにな」


「お、お前……!?」


「じゃあ次は俺の番だな。色々、聞き出させてもらう」


「くっ…!?」


 空間が揺らぎ、虚空から無数の鎖が伸びる。

 亮太を捕縛しようと、四方から襲いかかってきた。


「両手を封じれば心器は出てこないと思ったのだが、甘かったな」


 鎖を避けながら、亮太は思考を纏めるように呟く。


「珍しいな。普通は能力を発動するために心器を起点にする。だが、あれは心器を使うために、先に能力を発動させている」


 回避を続けながら、素早く周囲を見渡した。

 四方八方、空間が歪み、虚空から鎖が射出される。瞬時に鎖が絡みつき、亮太の両手足を拘束した。


「なるほど、こうすれば、能力発動の起点を遠隔に置けるわけか。空間能力者だからこそできる芸当だな」


 その瞬間、女暗殺者は空間転移《テレポート》する。

 一瞬で距離を詰め、亮太が捕縛されかけている位置へと現れた。

 そして、鎖が首を締め上げ、呼吸を奪っていく。


「……かはっ」


「やはり、見立て通りですね。意識が朦朧《もうろう》とすれば、封印は解ける」


 鎖を解こうと足掻く。

 しかしその抵抗を虚しく締め付けが強くなる。


「このまま首を折って、手足を引きちぎって、粉微塵にします。……まったく、自白剤の影響でしょうか。思ったことが、そのまま口に出てしまいますね」


 そして右手を掲げ、握りしめる。

 その直後、亮太の身体が引き裂かれ、首が折れる音が響いた。


 ――軽い。

 女暗殺者は一瞬だけ、鎖に残った感触に眉を顰めた。

 だが、次の瞬間には踵を返す。


「–縛術式–空間凍結。–縛術式–氷魔滅封《ひょうまめっぷう》」


「……ッ!?」


 そこには、両手を床につけて能力を起動する亮太の姿があった。


 直後、女暗殺者の足元が凍りつく。

 彼女はまだ凍結していない部位だけを転移しようとするが、能力は発動しない。

 そして氷は一気に広がり、首から下まで完全に凍りつき、身動きが取れなくなった。


「……何で……?」


「–縛術式–諜報双封《ちょうほうそうふう》、っていう」


 亮太は冷ややかな目を向けたまま、淡々と自嘲するように告げる。

 女暗殺者は、氷漬けになった肉体を無理矢理動かそうとするが動くのは首のみで、ビクともしない。


「俺自身を封印して、いわゆるデコイを作る能力だ。……俺は火力がないし、この氷やさっきの雷も封印特化の現象でしかない」


 肩を竦めながら、亮太は自分の能力について語り始めた。


 氷も雷も、敵を直接倒すためのものではない。


 相手の能力を封じる。

 動きを制限する。

 そして、そのために必要な時間を稼ぐ。

 どれだけ派手に見えても、亮太自身が持つ能力の本質は、あくまでそこにあった。


「あんたみたいな特殊な能力者の場合、能力を解析しなくちゃいけない。だから時間がかかる。そのための能力だ。この異空間に引き込まれた時から、作っていたのさ」


 動けない女暗殺者は、忌々しそうに耳を傾けた。

 その説明で、突破口がないか、失言することを期待しながら。


「だが、あのデコイじゃあ大した封印はできない。だが今は違う。完全に捕縛した」


 説明を終えて、亮太は喉を押さえて顔を顰めた。


「俺もペラペラ喋っているな、気化した自白剤の影響か? まあいいか。俺は殺しはしないさ。だが、自白剤の効力はまだ残っている。それに、まだまだ手はある。……色々、喋ってもらうぞ」


 観念したのか、それとも自白剤の影響か。

 ふっと笑い、彼女は自分の持つ情報を洗いざらい話した。


 数分後。


「やっぱり、殺さないと出られない仕組みか。それに雇い主(スポンサー)は知らないと……まあ、コードネームが“H”程度じゃあ、そこまで知らされていないよな」


 亮太は小さく息を吐きながら、頭を掻く。

 そして、顔を歪めながら項垂れた。


「となると、今回の鍵はやっぱり“E”と名乗っていた、リーダーらしき男か」


 得られた情報が決定打にはならなかったのか。

 亮太は次の手立てを考えながら、複製されたショッピングモールを歩き始めた。


 なお、“H”は――舌を噛んで自殺などされないよう、完全に氷漬けにされている。

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