28話 孤独な戦場にて 〜茜編〜
小柄な暗殺者と茜は、激しく鍔迫り合っていた。
視界の歪みが解けた直後、状況を把握する間もなく――死角から影が躍り出る。
二本の短刀が交差し、首を挟み切ろうと迫った。
だが、その刹那。
茜は即座に大太刀を展開し、刃でそれを受け止めた。
結果、両者は再び鍔迫り合いの形となる。
「奇襲が決まれば、嬢ちゃんの首と胴は今ごろ別々だったのにさ。防がれるとはねぇ。さっきと同じ、また鍔迫り合いか。よく反応したよ」
「それはどうも」
言葉が終わると同時に、茜は踏み込み、大きく一閃を放つ。
しかし――振り切る直前、暗殺者は後方へバク転し、柱に着地した。
真っ二つに斬られた短刀が転がっている。
(心器じゃない……?)
心器なら破壊された瞬間、波動体となって霧散する。だが、床に落ちたそれは実体のままだ。
暗殺者はマントの内側に手を入れ、何かを取り出す。
現れたのは、先ほどと同じ短刀だった。
(真剣……!?)
次の瞬間、二本同時に投擲される。
――眼で追える速度ではなかった。
(――ッ!?)
茜は身体を捩り、後方へ跳びながら大太刀を振るう。
金属音が弾け、一本は弾き飛ばした。
だが、もう一本が左太ももに突き刺さる。
(くっ……!?)
声は上げなかったが、表情が一瞬歪む。
対照的に、暗殺者は愉快そうに笑った。
「当たった! 当たったぁ!」
マントを翻すと、その内側には無数の短刀が収められていた。
その中から三本を指の間に挟み、滑らかな動作で投げ放つ。
「――死ね」
刃は、先ほど以上の異様な速度で迫る。
「……ふー」
茜は一度だけ息を吐き、呼吸を整え集中。
次の瞬間――
「なっ!?」
暗殺者が目を見開く。
三本すべてが、正確に撃ち落とされていた。
「ぐ……ぐぐっ。はっ!」
信じがたい光景に唸り声を漏らし、やがて何かを思いついたように笑う。
「偶然だ。まぐれだろ。だったら――これにも対応してみせろよ」
暗殺者——“I”は次々と短刀を掴み、絶え間なく投擲する。
だが、それらすべてを茜は捌き切った。
紙一重で躱し、あるいは大太刀で正確に撃ち落とす。
一切の無駄がない動きで距離を詰めてくる。
(オイオイ……マジかよ。音速超えてんだぞ……なんで対応できる!?)
“I”は思わず、毒づいた。
茜は柱に立つ“I”へ跳躍した。
斜め上から、上段から下段へ大太刀を振り下ろす。
袈裟斬り。しかし、
(浅いッ)
茜も思わず、毒づいた。
“I”は寸前で回避する。
斬れたのは、着ていた服の端だけだった。
(……短刀だけじゃないな、自分自身も音速以上で身体を動かしている。なるほど、厄介だな)
大太刀を構え直し、“I”の能力を考察しながら、再び踏み込む。
暗殺者は柱の影へと身を滑り込ませ、視界から消える。“I”は口角を上げながら、作戦を決めた。
(回り込ませるしかねぇな。その隙に背後からブスリっと)
刹那。柱の影から、大太刀の刀身だけが伸びてくる。
気づくのがほんの一瞬、遅れた。
結果――“I”の身体は大きく斬り裂かれる。
「ぐわぁっ……!? な、なんで……!」
叫びながら痛みに耐え、柱を見た。
だが、柱には一切の傷がない。
「どこに隠れようと関係ないよ。ボクの能力はね、斬りたいものをボク自身が選べるんだ」
茜は静かに告げた。
大太刀を軽く振り、構えて続ける。
「だから隠れるなら――この刀の届かない距離にだね」
「ぐっ……!」
“I”は歯を噛み締め、跳躍した。
柱、壁、天井へと跳び移りながら距離を取る。
逃走の最中、短刀を何本も投擲し、撹乱しながら退避していく。
(あの女……絶対に許さねぇ。だが、どうする。短刀じゃ予測と反射神経で通じねぇ。考えろ……)
“I”は走りながら思考を巡らせ、周囲を素早く見渡す。
(……あった。ここならアレが山ほどある)
何かを発見して、ニヤリと口角を歪める。
そしてその方向へ向かった。
*****
一方、茜は焦らず、ゆっくりと歩を進めている。
床に残された血の跡――それを辿っていたからだ。
急ぐ必要はない。
冷静に、慎重に、確実に。
だが、その血の跡は――途切れていた。
(止血したか。随分と余裕だね)
「さて、困ったな。ガサツな奴だと思ってたから、焦らずにいたのに」
思わずそう呟いてしまう。
すると低く、嘲るような声がけたたましく響いた。
「随分舐めたこと言ってくれるじゃねーか、嬢ちゃん」
離れた位置から、“I”が姿を現す。
その目は濁り、歪んだ笑みを浮かべていた。
「決めた。殺す前に、お前の尊厳を壊す。姦して、犯してやる。そのために一回、寝てな」
“I”が、無造作に近くの物体へ触れる。
次の瞬間。
何かが、音速を超えて飛来した。
茜は即座に視線を走らせる。
(……家電量販店コーナー)
飛んできたのは、大型モニターだった。
茜は一歩も退かず、大太刀を振るう。
――真っ二つ。
だが、間を置かず次が来る。
今度は冷蔵庫、質量が違う。
茜は刀身に波動を纏わせる。
切断能力を極限まで引き上げ斬った。
続けざまに、洗濯機、電子レンジ、空気清浄機。次々と飛来する家電製品。
“I”は叫ぶように誇示する。
「ちょっとでも触れりゃあ、音速以上で飛ばせる能力なんだよ! 質量も形も関係ねぇ! どうだ、この物量の嵐、いつまで耐えられる!?」
茜はその場にとどまっていてはキリがないと悟り、“I”に向かって突撃を仕掛ける。
その間にも家電製品は飛んでくるが、構わず斬り伏せた。
“I”は冷や汗を掻きながら、動揺する。
(コイツ……ビビらねぇ。どうする? 隠れても意味がない。場所を特定された瞬間、斬られる。しかも波動を纏わせているだけじゃない。質量も大きさも関係なく、選んだものだけを斬っているッ!?)
鬼神のごとく、茜は迫って来た。
その雰囲気は、別人に感じられるほどだ。
飛来する家電も、瓦礫も、空気ごと断ち切りながら、歩みを止めない。
殺し屋は退く。
だが場所が悪い。
開けた売り場、障害物だらけの通路――
音速で動いても、身軽に跳べる空間ではない。
ついに、刀身の射程へと踏み込まれる。
「――はぁぁあああ!!」
一刀両断。戦いは決した。
茜は刀を振り抜いた姿勢のまま、静かに息を吐いた。すると、
「はぁ……はぁ……殺さ……ないのか? 俺を殺さないと……ここから出られないぞ……」
恨めしそうに途切れ途切れに話しかける。瀕死ではあったが、まだ生きている。裏返った虫のように蠢ている。
「ボクは殺さないよ。この空間が解除されるまで君が生きているなら、その後、警察にでも捕まっていればいい。ボクは……何とか脱出してみせるよ」
そう言い残し茜は振り返ることなく、その場を立ち去った。




