26話 孤独な戦場にて 〜透編 その2〜
足音を完全に殺し、透は索敵に集中する。
だが、藤林の姿は――先ほどまでいた位置には、すでになかった。
(当然いないよな……)
透は呼吸を落とし、空間そのものを探るように神経を張り詰める。
――ビュン。
風を裂く音が、死角から走った。
瞬時に身体をひねり、その方向へ向き直ると
同時に、銃型の心器を展開。
引き金を引く。
だが、弾丸は発射されなかった。
飛来した剣は、黒いモヤに包まれ、そのまま飲み込まれる。
「対雷処理を施した剣で串刺しになっているはずでしたが……無傷、ですか」
姿は見えない。
だが声だけが、空間に反響する。
「なるほど。複重能力者でしたか。プロフィールでは『雷属性』のみと記載されていましたが――嘘はいけませんよ」
(喋る必要はないはずなのに、わざわざ声を出す……)
つまり、ここにいるという主張か。
それとも、逆方向への誘導か。
透は一瞬で思考を巡らせ――結論に至る。
(……ッ!)
藤林が息を呑む。
なぜなら透は、剣が飛んできた方向ではなく――その正反対へもう一丁、銃口を向けたからだ。
「超雷砲」
極太の雷光が放出される。
同時に透は身体を一回転させ、雷撃を薙ぎ払うように走らせた。
――轟音。
壁も、柱も、構造物も。
すべてが消し飛び、一階エリアは跡形もなく消失する。
支えを失った二階層は、地面へと崩落した。
「面倒くせぇ」
瓦礫の中に視線を走らせながら、透は吐き捨てる。
「これで消し炭ならそれで良し。足場が崩れりゃ――出て来るしかねぇよな!」
瓦礫の隙間から伸びる腕を捉え、即座に照準を合わせる。
だが、その瞬間――透は違和感を覚えた。
藤林は、瓦礫に半身を埋めたまま、伸ばした腕で――ぎゅっと、拳を握りしめた。
刹那。透の周囲に、黒いモヤが噴き出し、包み込む。
「チッ……」
藤林は思わず舌打ちをする。
「……無茶苦茶なことをしますね、あなたは」
瓦礫の中から藤林が姿を現し、
スーツに付着した砂埃を払いつつ、忌々しそうに吐き捨てた。
「ですが、まさかと思っていましたが――見えていましたか」
その視線は、透の眼に向けられている。
「分子レベルで生成した刃すら視認できる魔眼……。そして、あの黒いモヤ」
藤林は、周囲に散乱する破壊された武器と、消え失せた微細な刃の残滓を一瞥し、
「なるほど。これで、あなたの二つ目の能力にも、おおよその見当がつきました」
透には見えていた。
破壊された武器も、新たに生成された分子レベルの刃も。
そして、それらを黒いモヤが確実に飲み込んでいたことも。
「俺の眼はな、波動そのものを見る眼だ」
黒いモヤが霧散し、透が姿を現す。
その双眸は爛々と輝き、藤林を射抜いていた。
「だから、あんな見え見えの攻撃――意味を成さない」
消えかけの黒いモヤを掴み取り、透は口角を吊り上げる。
「で? これの正体に見当がついたって? だったら――やってみろよ」
銃型の心器を藤林へ向け、引き金を引く。
瞬間、藤林の周囲に黒いモヤが噴き上がり、包み込もうとした――が。
次の瞬間、それは切り裂かれた。
霧散する黒いモヤ。
藤林の手には、光を放つ黄金の剣が握られていた。
その剣が触れた箇所から、黒いモヤは跡形もなく消滅していく。
「……やはり。あなたのもう一つの能力は『闇』。そしてその魔眼は、闇属性能力の副産物でしょう」
黄金の剣を一度軽く振り、
「闇属性能力者の中には、魔眼を得る者がいると聞きます。もっとも、魔眼を主能力とする者には劣るそうですが」
視線を透に戻し、淡々と続ける。
「ならば対抗策は単純です。闇を断つ『光』の剣を作ればいい」
一瞬、藤林は自嘲するように肩をすくめた。
「本当は聖剣を生成したいところですが……長年の暗殺者稼業のせいか、どうしても作れなくてね。これが限界です」
黄金の剣を構え直し、冷ややかに言い放つ。
「ですが、この程度の光剣で霧散してくれるなら――十分でしょう」
藤林の周囲に、無数の光が生まれる。
光り輝く光剣、光槍、光斧――数え切れぬほどの武器が宙に浮かび、その全てが透を指し示していた。
その姿は、もはや暗殺者ではない。
それはまるで――神の裁きだった。
次の瞬間、裁きは一斉に降り注ぐ。
透は歯を食いしばり、再び最大出力の放電を解き放つ。
雷光が空間を埋め尽くし、迎撃する。
「……チッ」
舌打ちが漏れた。
黄金の武器たちは、雷を通さない。
「私の作った武器には、複数の能力を付与できます」
藤林の声は冷淡であった。
「まだ手札があるのなら、とっとと出したほうがいいですよ。でなければ――死にますよ」
透は数メートル跳躍し、近くの店舗へと飛び込む。
ドアを閉め、衣服店の中にあった椅子やテーブル、マネキンを引き寄せ、即席のバリケードを築いた。
その最中も、ドアや壁に武器が突き刺さる音、剥き出しになった刃が軋む音が、絶え間なく響く。
(……一呼吸、つけるか)
壁に背を預け、短く息を吐く――が。
次の瞬間、その壁そのものから剣と槍が生える。
魔眼が生成の兆候を捉え、透は反射的に跳び退く。
続けざま、床から刃が伸びるのを視認する。
透は即座に能力を行使し、天井を撃ち抜く。
瓦礫と共に上階へ脱出した。
(数十本の武器を、数十メートル先まで操作……しかもこの速度と精度か。化け物だな)
本来、能力は能力者の近傍でしか発動しない。
離れた位置での発動は、上位能力者でも時間を要し、心器による範囲指定を行なってからでないと発動しないのだ。
――だが藤林は違った。
手元で生成するのと、何ら変わらぬ精度で遠隔生成を行っている。
「……チッ、理論上、心器を通さなければ高速発動が出来るワケか」
上階に着地したそのとき、床から刃が突き出した。
開けた穴からは剣が追いすがり、さらに上の天井へと突き刺さる。
構造が限界を迎え、床が軋み、崩れ始めた。
「……チッ」
再び舌打ち。
進行方向――部屋の入口側には、すでに複数の武器が宙に浮いていた。
透は即座に反転し、入口とは反対側の窓へと最高速で走る。
ガラスを突き破り、
(……ッ!?)
出た先は、外ではなかった。
最初にいたはずのエントランスホール。
(クソ……誘導されたか)
足場はなく、四方は虚空。
そしてその虚空から、黄金の剣が次々と現れる。
逃げ場はない。
そのまま、透の身体は無数の光剣に貫かれた。
力を失い、串刺しとなったまま、彼の身体は墜落していく。




