25話 孤独な戦場にて 〜透編 その1〜
「……な、何とか……出られ……そうだね」
ゆかは安堵の息をこぼし、能力を解除して御沙希に声をかけた。
「ええ。奇襲もなく、助かりました」
そうして二人と、人質に取られていた人々はショッピングモールを脱出する。
外には、警察や軍人と思しき人影が整然と並んでいた。
「君たちは、明星学園の生徒ですね」
最初に声をかけてきたのは、軍服姿の若い女性だった。
「あ、あの……まだ中に……人が……」
気が緩んだのか、ゆかは急に息を乱し、言葉を詰まらせる。
その様子を見て、御沙希が一歩前へ出た。
「中に、私たちの友人が残っています」
御沙希は軍人から目を逸らさず、わずかに唇を噛む。
「全員、強力な能力者です。私たちを逃がすため、殿を務めてくれました」
軍人は表情を引き締め、部下数名と短く言葉を交わす。
――数分後。
部隊は即座に突入準備へ移り、作戦開始の合図が下された。
*****
視界の歪みが収まり、透は即座に状況を把握した。
そこは、つい先ほどまでいたショッピングモールのエントランスホールと寸分違わぬ空間。
壁の傷、床の模様、展示物の配置――完全に一致している。
だが、透の眼にははっきりと違いが見えていた。
空間全体を巡る波動が、外界と完全に断絶している。
流れは循環せず、閉じた箱の中で淀んでいた。
「……異空間だな」
友達も、テロリストも存在しない。
そもそも最初からこの空間には存在していないかのように、痕跡すらない。
中央の時計台に視線を向ける。
針は止まり、時間が完全に静止していた。
透はスマートフォンを確認する。
端末の時間は進んでいる――外界とは時間軸が切り離されている証拠だ。
天井のガラス越しに見える太陽も、光量こそ同じだが、揺らぎがない。
「空間を切り取って複製、隔離」
独り言の直後――
「――ッ!」
空気を裂く衝撃。
ミサイルのような速度で放たれた三本の剣が、一直線に透へと襲いかかる。
透は反射的に二本の刀型心器を展開し、刃に雷を纏わせた。
左胸を狙った一本を迎え撃ち、斬り伏せる。
次の瞬間、雷撃が走り、剣は砕け散った。
残る二本が迫る前に、透は大きく後方へ跳ぶ。
剣は空を切り、地面に深く突き刺さった。
「……油断はしていないようですね」
奥の通路から、眼鏡をかけた男が静かに姿を現す。
藤林亜刀。
「仮にも暗部慣れしている能力者。流石と言うべきでしょうか」
「なるほどな……。さっきの空間を丸ごと切り取って、複製して閉じ込めた。要するに観客なしの処刑場ってわけだ」
「ご名答です。見ただけで分かるとは感心しますね。ここは何もないコピー空間。外界とは完全に遮断されています」
透は刀を構え直し、警戒心を露わにする。
藤林はズレた眼鏡を直す仕草をしながら、淡々と答えてくれた。
反射した眼鏡によって、彼の目元がが隠される。
「そして、どちらかが死ぬまで、出口はありません」
「デスマッチか。悪くねぇ」
透は地面を蹴り、一気に距離を詰めた。
(真然流 刀剣術 竜狩 双刃)
右斜め上から左下へ、流れるように二本の刀が振るわれる。
藤林は一歩も退かなかった。
一本の剣で、その正確な軌道を寸分違わず受け止める。
(真然流 刀剣術 虎喰 雷牙)
今度は二本の刀に雷を纏わせ、下から上へ鋭く斬り上げた。
剣は耐え切れず、雷撃とともに粉々に砕け散る。
藤林は初めて、逃げるように一歩下がった。
(真然流 刀剣術 鮫閃 雷牙)
隙を与えない。
下がった藤林を追い、喉仏へ向けて突きの一撃を放つ。
しかし――
新たに生成された剣が、寸前でその一撃を受け止めた。
藤林の手には、いつの間にか別の剣が握られている。
同時に、無数の剣と槍が生成された。
それらが意思を持つかのように、連続して透へ襲いかかる。
透はすぐまさにバックステップ。
距離を大きく取ると、剣と槍は地面へ突き刺さった。
――だが、終わらない。
再び生成される無数の武器。
それらを刀で切り落とした。
しかし圧倒的数の暴力で雪崩のように、圧殺する勢いで迫る。
「放電」
切り落とすだけでは足りないと思ったのか、透の身体から、奔流のような雷が解き放たれた。
放電は剣と槍を包み込み、多くを砕き、焼き切る。
だが、すべてではなかった。
何本かの剣と槍だけが放電の嵐を突き抜け、透へと迫る。
(最大放出!!)
突き抜けてくる剣と槍を見て流石に焦り、自身が出せる最大電力を出したのだ。高電圧の雷に耐えきれず、武器は粉々に砕ける。
「はぁはぁ」
能力を大きく使えば、その代償は即座に現れる。
気力と体力がごっそり削られ、透の呼吸は荒くなった。
(久々に最大限を出した……だが、これはマズいな)
胸が上下し、全身が重い。その瞬間――
(……ッ!?)
再び、剣と槍の雪崩が押し寄せてきた。
今度は迎撃しない。
雷を放つ余力はないと判断し、透は瞬時に逃走へ切り替える。
壁、柱、階層。
視界に入る構造物すべてを盾に使い、剣と槍を突き刺させてやり過ごす。
金属音が連続して響き、床や壁に深々と突き立つ。
――だが、終わらない。
突き刺さったはずの剣と槍が、ひとりでに震え、宙へと浮かび上がる。
最初に突き刺さったものすら例外ではなく、すべてが再び刃先を透へ向けてきた。
「……チッ」
透はさらに加速する。
電気が身体をまとい、脚力と反応速度を極限まで引き上げ、
床、壁、手すりを蹴り、三次元的に跳び回りながら距離を稼ぐ。
その間も、頭は冷静だった。
(何本か……雷が通じづらかった)
先ほどの放電。
ほとんどの武器は砕けたが、確かにすり抜けてきたものがあった。
(つまり、ただ剣や槍を生成して操る能力じゃない)
しかし、ここはショッピングモールだ。
どれだけ三次元的に動こうと、構造上、逃走ルートには限界がある。
(――先読みされた!?)
透が踏み込もうとしたその進路の前方に、すでに剣と槍が待ち構えていた。
逃げ場を塞ぐように、刃先が一斉にこちらを向く。
「ッ……!」
全力で放電した。
身体の内側から雷を解き放ち、迎撃に出る。
だが――砕けない。
最大出力の雷撃を受けても、剣も槍も勢いを殺さない。
(しまった――!?)
突き刺さる。そう思った刹那。
剣と槍は、突如として現れた黒いモヤに呑み込まれる。
モヤが刃を包み込み、そのまま膨張した。
それは瞬く間に広がり、雪崩のように迫っていた武器の群れへと逆流する。
剣も槍も、抵抗することなく次々と呑み込まれた。
(チッ……。ただ剣や槍を生成する能力じゃねぇな)
透は舌打ちする。そして呼吸を整えながら、即座に結論へ辿り着く。
(異能を付与した武器を作れる能力ってところか……しかしコイツも、いずれ詳細が割れたら対策される)
霧散していく黒いモヤを見つめながら、冷や汗を掻く。
切り札は、長くは使えない。
この異空間で消耗戦に持ち込まれれば、不利なのは明らかだ。
透は刀を握り直し、視線を前に据える。
(仕方ないバレる前に奴をやるしかねぇ)
透が今立っている位置は、最初に対峙した場所からすでに数十メートルも離れていた。
この空間がどのような理屈で成り立っているのかは分からない。
だが一つだけ、はっきりしていることがある。
どれだけ距離を取ろうと、どれだけ立体的に位置を変えようと、この空間では――互いの存在が途切れることはない。
逃げ場も、死角もない。
あるのは、殺し合いだけ。
その事実を理解した瞬間、透の口角が、わずかに吊り上がった。
恐怖ではない。焦りでもない。
(なるほどな、逃げも隠れも無意味。だったら正面から叩き潰すしかねぇってわけか)




