24話 日常の場所は突然戦場となる その5
全員の意志が固まったのを確認し、透が口角を上げ、
「じゃあ、次の段階だな」
拘束されたまま転がる幹部へと歩み寄り、指を鳴らす。
指先で、バチバチと雷が弾けた。
「まずは、取引相手の居場所を聞き出そうか」
「……っ」
微かな反応とともに、幹部が目を覚ます。
「……チッ」
「ビィイイイイ」
目の前にいるのは、もはや少年などではなかった。
恐怖そのもの――そう錯覚するほどの存在に、幹部は驚愕と恐怖で顔を歪め、涙を浮かべながら無様に背を向けて逃げ出す。
「逃がすか!」
一瞬で銃型の心器を展開し、透は幹部へと照準を合わせる。
だが、能力が発動するよりも早く――異変が起きた。
無数の剣、無数の槍。
金属の奔流が雪崩のように、透たちへと襲いかかる。
「っ――!」
亮太は即座に判断した。
透ではなく、人質を守ると。
「–縛術式–硬化障壁」
重厚な波動が収束し、人質と仲間たちを丸ごと包み込む、厚い壁が出現した。
「亮太くん……透くんが……!」
ゆかが不安そうに声を上げる。
「大丈夫だ、ゆかちゃん」
亮太は視線を前に向けたまま、確信を込めて言い切った。
「あの程度でやられるヤツじゃねぇ。……それに、あいつは一回死んだくらいじゃ終わらねぇ男だ」
「で、でも……」
数秒。それは永遠のようにも感じられる。
やがて、金属音が止み、衝撃が途切れたのを確認して――亮太は能力を解除した。
そこに立っていたのは、無傷の透。
そして、見るも無残な姿をした幹部とテロリストたちの姿だった。
「……ひっ……」
ゆかは言葉を失い、息を呑む。
亮太は、その光景を見て理解した。
――相手は、今までの連中とは次元が違う、と。
「チッ……」
亮太は歯噛みし、即座に指示を飛ばす。
「早く行け! もたもたしてたら、人質ごと殺されるぞ!」
「う、うん!」
ゆかと御沙希は即座に判断した。
人質を連れての撤退――それが最優先だ。
水のドームが再び展開され、逃げ惑う人々すべてを包み込む。
そのまま二人は人質を守る形で戦線を離脱した。
だが、それを逃すほど敵は甘くない。
無数の武器が宙を裂き、御沙希たちを狙って殺到する。
「人質を狙うには、遅すぎるな」
透が一歩踏み出し刹那、空間を切り裂くように刀が閃く。襲いかかる武器のすべてを叩き落とした。
「“F”のせいで逃げられたじゃないか」
「黙れ、“I”。だったら、お前がやれ」
「え、いいの? やったー!!」
その瞬間――黒装束の小柄な男が、透のすぐ横を音もなく駆け抜け透は声を漏らす。
「……速いッ!!」
だが、御沙希たちに追いつく前に、進路を塞ぐ影があった。
「行かせない」
茜が構えたのは、刀型心器の中でも大太刀と呼ばれる大型の刃。
黒装束の男は二本の短刀を抜き、刃と刃が激しく噛み合う。
鍔迫り合い。一瞬の静止。
「チッ」
舌打ちと同時に、黒装束の男は跳躍して宙で一回転し、元の位置へと戻った。
「止められた、止められた」
「うるせぇな、“G”」
“G”と呼ばれた男は、手を叩いて楽しそうに笑う。
「無駄口を叩くな。馬鹿ども。そもそも――【滅神派】に期待した我々が愚かだった」
奥から、黒装束の者たちが姿を現す。
先ほどの小柄な男を含め、計五人。
「ずいぶん余裕そうだな、殺し屋さん」
透が嘲るように言う。
「暗部慣れした高位能力者が二人。なるほど。お前たちは【蠍】か。だが。所詮は子供だ。侮らず。確実に殺す。それだけだ」
“E”と呼ばれた男の声は淡々としていた。
感情がなく、拒絶だけが滲む。
「人質は【滅神派】が勝手にやったことだ。興味はない。神無月の巫女が逃げたが。それも問題ない。我々の目的は――あの学園の有力能力者全員の殺害。そして最終目標は朔夜千歳だ」
「エー、“E”、人質見逃しちゃうの? つまんなーい」
軽薄な声で小柄な男が口を挟み、亮太も軽い調子で返した。
「人質を見逃すなら。俺たちも、今回は見逃してくれないかな」
「愚かな。それでは人払いをした意味がない」
淡々と事務的に返す。透たちは言葉を失った。
「……これだけのことをして、ただの人払いだと……」
あまり衝撃で、思わず声を漏らす茜。
「場所と時間を設定したのは【滅神派】だ。目標をここに集めてヤツらが始末するはず。そういう手筈だったが失敗した。だから我々が直々に殺しに来た。それだけだ」
男は首を傾げた。
「ついでに。事情を知る連中も始末するつもりだったが。惜しいな」
「待て」
茜が鋭く問いかける。
「それだと、ボクたちがここに来ることを最初から知っていたことになる」
違和感。
今までの出来事が一本の線で繋がる。
透の中で、ある人物の顔が浮かんだ。
一人の男がフードを外す。
「当然です。穏便で、自然にここへ誘導できました。だから安心してました」
「……藤林先生」
アリスが小さく呟く。
眼鏡をかけたスーツ姿――
それは、彼らのクラスの担任、藤林亜刀だった。
「あんたか? 裏でコソコソ襲撃ごっこをやっていたのは?」
「はい。雇い主から、直接手を下さず、事故に見せかけて始末しろと命じられました」
淡々とした口調。
だが、その奥にわずかな苛立ちが滲んでいる。
「準備も裁量もほとんど与えられず、こちらとしても不本意でしたが……」
藤林は一度だけ肩をすくめ、
「結果的に、荒くなってしまいました。その事を報告したら最終的に、【滅神派】を使うと言われまして。そしたら、彼らは荒い荒い。勝手に大暴れをして、人質をとって金稼ぎ。困った連中ですね」
藤林は淡々と語っていたが、その言葉の端々には、取り繕えない怒りが含んでいる。
透はそれを聞き流しながら、すでに背後の気配へと意識を切り替えていた。
「しかしまさかここで、アルファベットのコードネームで呼び合う殺し屋集団に会えるとはな。随分と堕ちたな」
そんな言葉を意に介さず、透は挑発を投げかける。“G”と“I”が、フード越しに鋭く睨み返した。
「挑発はいけませんよ、黒神君。彼らは囮です。
雇い主の指示で動いてもらっただけで」
藤林はずれた眼鏡を押し上げ、淡々と続ける。
「それに目的は変わりません。――最終目標は朔夜千歳です」
「へー、んじゃあ、やってみろよ。なんなら俺一人で、五人まとめて相手してやるぞ」
空気が一気に張り詰め、
「挑発に乗るな」
その空気を変えるように“E”が低く言い放つ。
「この状況のために、お前たちを連れてきた。
――手筈通り。始める」
五人が散開し、透たちの前に立ち、“E”が小さく呟いた。
「因果切断界」
次の瞬間、空間が歪んだ。
視界がねじれ、現実そのものが狂い始める。




