22話 日常の場所は突然戦場となる その3
透は階層の壁を蹴り、縦横無尽に駆け回った。
高所から低所へ、柱から壁へ。まるで稲妻が跳ね回るような動きだ。
その姿に、テロリストたちの視線が一斉に集まる。そして銃声が轟き、
無数の弾丸が透を追い、床や壁を抉る。しかし当たらないのを見て怒鳴り声が飛ぶ。
「チッ、速ぇ! オイ、ちゃんと狙え!!」
雷の能力を応用した『電磁波レーダー』。
微弱な電磁波を周囲へ放ち、その反射から敵の大まかな位置と動線を把握する。
さらに雷で肉体を活性化させ、神経と筋肉の反応速度を限界まで引き上げた。
攻撃が届く間合いに踏み込まれる前に、すでに回避を終えている。
(……それでも、たまにギリギリだけどな)
そういう時は、雷撃で弾き飛ばしあるいは、黒いモヤのようなものが弾丸を呑み込み、跡形もなく消し去る。
「複重能力者か……クソ、うざってぇ!」
その瞬間だった。
「おおおりゃあああ!!」
透に意識を奪われた隙を突き、カイトが一階へと飛び降りる。
空中で体を捻り、そのままテロリストの顔面へ飛び蹴りを叩き込んだ。
「ぐほぉっ!?」
男は一言も発せず、床に崩れ落ちて動かなくなる。
飛び蹴りにしては異常な威力だった。
理由は明白――カイトの右脚が、発光する光に包まれている。
仲間が慌てて銃を向け、引き金を引く。
だが、弾丸はカイトの腕や胴体に触れた瞬間、弾き飛ばされた。
全身が光を帯び、反射している。
「なっ……!?」
動揺する間もなくカイトは距離を詰め、拳を叩き込む。
テロリストは壁に叩きつけられ、そのまま失神した。
「透! 遊んでねぇで、さっさと片付けろ!」
亮太の周囲には、すでに二、三人のテロリストが転がっている。
――透が囮になり、亮太とカイトが背後から無力化する。
最初から決めていた役割分担だった。
十分な数が倒れたのを確認し、透は動きを変える。
二本の刀型心器を展開。
壁を蹴り、空中で身を翻すと、瞬時にテロリストの懐へ。
一閃――、銃が一刀で真っ二つに断たれ、地面に落ちる。
怯んだ男を、そのまま殴り倒していく。
「なんだよ……こいつら、強ぇ……」
「邪魔だ、どけ。カスども」
怯む仲間を押し退け、アドレックスが前に出た。
「そうだ! やっちまえ、アド!!」
狂信サマは一瞬呆然としていたが、すぐに思い出したように顔を輝かせる。
「死にやがれ!! クソガキ!!」
アドレックスはガトリング銃を構え、能力を乗せた弾丸を放とうとする――だが。
「当たらねぇよ」
その声と同時に、透は消えた。
次の瞬間、アドレックスの目の前に現れ――
ガトリング銃は、真っ二つに裂けて床に落ちる。
「ちょこまか動くんじゃねぇ!!」
アドレックスは距離を取り、サバイバルナイフを抜く。
荒々しいが、無駄のない動き。元軍人らしい洗練された攻撃だった。
だが、透は軽々と避け続ける。
反撃の隙を、静かに待っていた。
「ハハッ……さすが元軍人。動きはいい」
ナイフが振るわれた瞬間、透は踏み込む。
右脚でグリップを蹴り上げ、ナイフを宙へ弾き飛ばす。
「真然流 格闘術 象珠 雷光」
雷が右脚に集束する。鳩尾へ、一直線。
「カハッ……!?」
雷を纏った蹴りが深く突き刺さり、同時に電撃が全身を駆け巡る。
アドレックスの体が痙攣し、力なく崩れ落ちた。
雷撃と、内臓への一撃に耐えきれず――血を吐き、意識を失う。
「な、言っただろ」
透は倒れ伏すアドレックスを一瞥し、淡々と言った。
「こいつの能力は、俺には大したことない。攻撃にギリギリ当たらない距離を保って、照準が定まりにくい速度で動けば使いづらい能力だ。なまじ威力だけは高い分、その欠点が致命的になる。……まあ、二流がちょうどいいレベルだな」
「お、おい……アド!? し、しっかりしろよ……聞いてるんだろ、このノロマ!!」
十五、六の少年が、大柄な男を圧倒的な差で叩き伏せた。
その現実を前に、狂信サマの顔には驚愕と恐怖が張り付いている。
――幹部。その肩書きが、ひどく場違いに見えた。
だが、何かを思い出したように、狂信サマは歪んだ笑みを浮かべる。
「……止まれ、少年」
その瞬間、彼の眼が禍々しく光った。
「そうだ……そうだ! 私の能力は悪魔の眼! 私が見た者の肉体を支配する能力だ!」
狂信サマの声は、次第に震えを帯びていった。
それは自信ではなく、恐怖を打ち消すための叫びだった。次第に声が大きくなり、熱を帯びていく。
「これが世界最強の力だ! あの朔夜千歳ですら操れる。この能力があったから、私は幹部になれた! こんなクソみたいな【地底門】の連中とはおさらばして、私は【虚空門】へ行く! そして、いずれは【天空門】になるんだ!!」
まるで自分に言い聞かせるように、何度も頷き、
「そうだ……私は最強なんだ。アハハハハ! ――自害しろ、このクソガキ!」
透は右手の刀を逆手に持ち替え、大きく振り上げた。
腹部へと、真っ直ぐに振り下ろす――
その光景を見て、狂信サマは勝利を確信した笑みを浮かべるが、
「……カハッ!?」
刃が届く直前、透の動きが止まる。
次の瞬間、刀を手放し、一気に距離を詰め――
狂信サマの体を掴み、床へと叩き投げた。
「ケホッ……ケホッ……! な、なぜだ……!? なぜ私の悪魔の眼が効かない!? あれは最強の力だ……私だけの、唯一無二の力なんだぞ!!」
その叫びを、透は鼻で笑う。
「最強? 唯一無二?」
冷たい声だった。
「その程度で調子に乗るなよ。目が合わなきゃ発動しない時点で、精々Cランクがやっとなものだ。しかも強制力も弱い。つまりカス能力だな。……正直、期待して損した。つまんねぇ」
受けた能力を理解して貶す透。その目は爛々と輝いているのを狂信サマは気づかない。
「な……何を言っている……! 私の能力がカスだと……!? Cランクがやっとだと!? ありえない……私は最強なんだ!!」
狂信サマは懐からサバイバルナイフを抜き、突進する。
だが動きは完全に直線的で、焦りが透けて見えた。
透は半歩だけ後ろへ下がる。
そして、手刀の形を作り――振り下ろした。
刹那。
狂信サマの右腕が、音もなく床に転がった。
「……ひぃっ」
狂信サマは必死に念じる。
これは幻覚だ、幻術だ、と。
だが、断面から伝わる激痛。
視界に映る、失われた腕。
それが現実だと、容赦なく突きつけてくる。
得体の知れない少年への恐怖。
腕がないという違和感。
そのすべてに耐えきれず――
狂信サマは、悲鳴すら上げることなく意識を失った。




