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21話 日常の場所は突然戦場となる その2

「――まだ交渉に応じねぇのかよ。この国の警察は、頭でもイカれてんのか?」


 一階エントランスホール。

 テロリストと人質たちは、そこに集められていた。


 怒鳴り声を上げたのは、アドレックスと呼ばれる男だった。

 見上げるほどの巨体に、筋骨隆々の体躯。

 その肩には、まるで玩具のようにガトリング銃を担いでいる。


「ええ……警察からは、まったく反応がありません」


 報告した下っ端は、明らかに怯えていた。


「じゃあよぉ」


 アドレックスは口元を歪める。


「ここにいる人質、何人かぶち殺してもいいよな?」


「ひっ……! そ、それは……それをやれば、我々が狂信サマに――」


 その言葉が終わる前に、アドレックスは睨みつけた。


「……チッ。使えねぇ」


 吐き捨てるように言い放つ。


「じゃあ警察に伝えろ。とっとと決断しろ。じゃねぇと、悲劇が起きるってな」


 そう言い残し、アドレックスはその場を離れた。

 彼が苛立っている理由は明白である。

 例の狂信サマが別の誰かと取引中で、自分には一切、目もくれないこと。


 アドレックスは【地底門《グランド・ゲート》】の中でも、特に優秀と評される存在である。

 これまでに重ねてきた犯罪の数は膨大で、国際指名手配犯の中でも名の知れた男だ。


 その功績を認められ、上層部が幹部を寄越す――

 そんな噂が、組織内で広まっていた。

 そして今日が、そのはずだと思っていたが、

 だが実態はどうだ。

 やらされているのは、ただの資金集め。

 肝心の幹部サマは姿すら見せず、行方知れず。

 理解すればするほど、苛立ちは募った。


「……クソったれが」


 アドレックスは、近くにあった展示物を蹴り飛ばす。

 鈍い音とともに、それは無残に砕け散った。


「…………」


 白神アリスは、静かにその光景を観察している。


 彼女たちもまた、人質の一人だった。

 最初は抵抗も考えたが、茜の提案により、

何もしないで大人しく従うという選択をする。


 理由は明確だった。

 彼らの持つ銃火器は、拘束などせずとも、

能力を使うより早く引き金が引かれ着弾する。


 それを脅迫のためか見せつけられた一般人たちは、足が竦み動けなくなっていた。

 それが能力者だとしてもだ。

 日本人の大多数はEランクかFランクである。


 例え、能力操作に長けたとしても正式な訓練をしている警察や軍人には敵わない。

 ましてや暴力を是とするテロリストには、どうしようもない。

 結果として、逆らうことはできなかった。


 テロリストたちの会話から察するに、この施設にいた女子供はすべて集められ、男たちは脅され外へと追い出されたらしい。


 外に出された男の中には通報した者もいるようで、今頃は警察がこの近辺で待機している――そんな話も聞こえてきた。

 もしそれが本当なら、透たちも外にいるはずだ。

 だが、アリスは確信している。

 ――彼らは、まだこの施設にいる、と。


 その考えを裏付けるように、テロリストたちはどこか落ち着きがなかった。

 仲間の何人かと連絡が取れないらしい。

 それが事実なら、この状況は打開できるかもしれない。


 アリスは、そっと周囲を見渡した。


 ほとんどの人間は怯え、泣き出しそうな表情を浮かべている。

 だが――


 御沙希と茜は、驚くほど落ち着いていた。

 少し怯えているゆかに小声で何かを伝えたあと、ゆかは気を取り直し、その後二人は体育座りの姿勢で、静かに集中している。


 彼女はハーフで日本語も話せるが、つい最近まで母方の故郷であるイギリスにいた。

 だからこそ、内心では二人のことをジャパニーズ・ミコ、ジャパニーズ・ブシと、興味と関心をもって見ていたのは秘密である。


(……氣、を溜めている)


 アリスはそう判断した。

 あながち間違いではないだろう。


 実際、神無月家と武本家は、遡れば神職と武士の家系に行き着く。


(二人がこの調子なら……心配はいらない)


 そう判断し、アリスは視線を上げる。

 太陽の光が差し込む、天井のガラス。

 ――動くべき時に備えて。

 意識を研ぎ澄ませていた、その時。


 コツ……コツ……と、静かな足音が、近づいてくる。


「スマネーな、アド。ちょっとお客さんと取り込んじゃってさ。――お、獲物はちゃんと捕まってるじゃねぇか」


「……は? 獲物だぁ? 金ならまったく話になってねぇぞ」


「いやいや、金はついで。気にしなーい、気にしなーい……本命は、別にあるしね」


「ついでだと? じゃあ俺たちは何のために、こんなことをやらされてる?」


「それは上層部のお仕事。君ら下っ端には関係ないって」


 フード付きのローブを被った男が、どこかふざけた調子で言う。

 その態度からして、アドレックスたちが狂信サマと呼んでいた男に違いなかった。


 男は視線を巡らせ――

 茜、御沙希、アリスの三人を見つけると、指を差した。


「お、いたいた。そこの嬢ちゃんたち三人、ちょっとこっち来てくれない?」


 その瞬間、三人は一斉に警戒を強める。


「そんなに身構えないでよ。ほら、私はひ弱だから何もしないって。……まあ、他の怖いお兄さんたちは知らないけどさ」


 その言葉に呼応するように、テロリストたちが一斉に銃口を人質へと向けた。

 結局、目的は分からない。

 だが幹部の命令には逆らえないそう判断したのだろう。


「……ボクたちに、何の用かな?」


 茜が低く問いかけ、


「怖い顔しないでよ。ただ、私に付いてきてくれればいいだけだからさ」


「私たちが従えば、ここにいる人質は解放してくれますか?」


 御沙希の問いに、男は即答した。


「ああ、約束しよう。ここにいる人質は解放する。だから――余計なことはしないでくれよ?

 じゃないと、他の人たちが赤い花を咲かすことになるぜ」


 三人は抵抗するのを諦めて静かに立ち上がった――その瞬間。


「――水神壁」


 鈴の鳴るような、澄んだ声。


 ゆかの周囲から水が溢れ出し、人質たちを包み込むように、巨大な水のドームを形成した。


 突然の事態に動揺しながらも、テロリストたちは銃を乱射する。

 だが弾丸は、水の壁に弾かれるだけだった。


「チッ……銃火器じゃ通らねぇか」


 幹部が舌打ちする。


「アド。お前の能力を使うことを許可しよう」


「ハハッ! こんな水の壁、ぶち壊してやるぜ! ファイヤー!」


 アドレックスが能力を発現させた、その瞬間。


 ――バチバチッ!!

 雷鳴のような轟音が、二階から響き渡った。


「な――!?」


 全員が、反射的に音のした方向を見る。

 そこにいたのは――


「んじゃあ、ノッてきたみたいだから、そろそろやろーか。【滅神派】のみなさん」


 嬉々とした表情で立つ、黒神透だった。


 ・・・・・時間は少し戻る・・・・・


「あそこだな。人質が集められているのは」


 透は柱の影からエントランスホールを覗き込み、低く声を落とし、


「ああ、間違いない。ほら、武装した連中が何人か巡回してる」


 カイトが壁に背をつけたまま、慎重に視線を走らせる。

 三人は壁と柱を盾にしながら、互いに距離を保って身を潜めていた。


「……女子たちは無事みたいだな」


 カイトは安堵するように息を吐いたが、すぐに視線を鋭くする。


「だが、あの中に一人、とんでもないのがいる」


 亮太の声には、はっきりとした緊張が滲んでいた。


「アドレックス=フルバイザーだ」


「は? マジかよ!?」


 カイトが思わず声を上げそうになり、慌てて口を押さえる。


「国際指名手配犯だろ!?」


「マジも大マジだ。こんな場所で遭遇するとはな……」


 透は首を傾げた。


「誰だっけ? それ」


「お前、ほんとに知らねぇのかよ!」


 亮太は一瞬呆れた表情を浮かべたが、すぐに説明を続けた。


「あいつは元ロシア軍の精鋭だ。軍にいた頃から独断専行が多くてな、それだけじゃなく国内の有名な能力者を襲撃しては重傷を負わせる荒くれ者だった。そんなある日、突然姿を消して、行方不明になったと思ったら【電始と滅神の軍《デウス・エクス・マキナ》】の構成員として現れた」


 亮太はエントランス中央に立つ大男へと視線を向け、


「異名は〔焼却の悪魔〕……能力名は『焼却』だ」


「『発火能力《パイロキネシス》』とは違うのか?」


 透が静かに首を傾げ質問する。


「ああ。『火炎能力《パイロキネシス》』とは別物だ。対象そのものを《《燃やし尽くす》》。水をかけても消えない。燃え尽きるまで止まらない。不可燃物すら無視してな」


 カイトが眉を顰め、


「……それ、やばくね?」


「もしかしたら相性最悪かもしれねぇぞ、透。しかも、他にも強力な能力者がいる可能性が高い」


 だが透は、不敵に笑った。


「ハハッ。尚更上等だ」


 その時、エントランス奥からフード付きのローブを被った男が現れ、アドレックスに話しかける。距離があり、会話の内容までは聞き取れない。


「アイツ……アリスたちに用があるみたいだな」


 透の視線が、女子たちの方へ向いた瞬間――。


「水神壁」


 鈴の鳴るような声が響いた。

 次の瞬間、人質たちを包み込むように巨大な水の壁が出現する。


「……マジかよ!?」


 亮太が息を呑み、


「人質全員、覆いやがった!!」


 テロリストたちは動揺し、銃を乱射するが、水の壁はびくともしなかった。


「ゆかの防御だな。広域認識は御沙希……同調してる」


 透は淡々と状況を分析する。


「捕まった時から、ずっと集中してたんだろ。じゃなきゃ、あのタイミングでここまで完璧にはいかない」


「相変わらず便利だな、その眼」


「波動の流れが見えるだけのただの『魔眼』だ」


 能力の解説をぼそりと呟き、僅かに沈黙が訪れ、そして、


「……やるか?」


「おう」


「了解」


 透の全身から、黄金色の稲妻が走る。

 空気が震え、雷鳴がエントランスに響き渡った。


 そして、楽しげに告げる。


「んじゃあ、ノッてきたみたいだから、そろそろやろーか。【滅神派】のみなさん」

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