20話 日常の場所は突然戦場となる その1
短機関銃が火を噴く。
おかげで、トイレのドアは穴だらけである。
この時代の銃は、能力者対策として作られたものだ。
霊獣には致命打にならないが、人を殺すには、あまりにも効率がいい。
「おい、やりすぎだ」
怒声を上げる。恐らく短機関銃を乱射した仲間のひとりだろう。
「いいじゃねえか、そうすりゃ目撃者はゼロ。
狂信サマからの命令で女子供を人質にしろ、という命令だろ、男のことに関しては何も言ってねえじゃねえかよ」
「それはそうかもしれねぇーがよ、男のガキがいたらどうするつもりだよ」
「わかったよ、確認すりゃいいんだろう」
そう言ってドアを無理やり強く蹴飛ばしこじ開け、
「んだよ、誰もいねーじゃねぇーかよ!」
中に何人か入ると周りには何もなかった。
あるのはせいぜい穴だらけになった壁やトイレの破片ぐらい、そうして男はつまらなそうに、後ろを向く。
そしてドロップキックを喰らい、全員目を疑う。
全員トイレの中を確認したが人らしい気配がなかった。
「どっから、沸いてきたこのガキ!」
そして全員、銃火器を構える。
霊獣に通じなかった近代兵器たちはその性能を対能力者用に改良されていった。
そして対能力者用に造られた兵器を、彼らは惜しみなく人殺しに使える。目の前の少年の命など、簡単に奪えると確信していた。
だが、その兵器は火を噴くことはない。
黒いモヤのようなのが短機関銃の周りに現れ、すぐ消え去る。
男たちは気にせず引き金を引いたが弾丸は発射しなかった。
どうやら黒いモヤのせいで弾丸が消え去ったのだ。
動揺し慌てる男たちに向かって、真っ黒な拳銃型の心器を突き出す。
「銃を置け。じゃないと、お仲間がどうなっても知らないぞ」
ドロップキックを叩き込み、そのまま床に転がって動かなくなった仲間へ。
少年は、もう一丁――形状の異なる拳銃型の心器を向けた。
弾丸を消し去った能力の正体は分からない。
だが、ひとつだけはっきりしたことがある。
――目の前の少年は、桁が違う。
仲間意識など、最初からない。
生き残るため、男たちは一斉に銃を床へ落とした。
「オーケー。じゃあ質問に答えて」
その変わりように、男たちは寒気を覚える。
なぜなら、さっきまでの脅迫の方が楽しそうに見えたからだ。
「亮太。とりあえず、こいつら拘束しといて。あぁカイトも、手伝え」
呆れた顔の亮太と、唖然としたカイトがトイレの奥から姿を現して、男たちは、再び目を疑う。
「じゃあまず、お前たちは何者だ?」
少年——透は目の前にいる男たちを見回した。
先ほどまで銃を向けてきた連中だ。だが、透の表情に恐怖はない。むしろ、彼らの正体を確かめるように、冷静な目で一人ひとりを観察していた。
「…………我々は【滅神派】だ」
男はしばらく沈黙したあと、低い声で答えた。
「【滅神派】……?」
聞き慣れない名前に、カイトが眉を顰める。
「なんだそれ。聞いたことねえぞ」
透は小さく鼻で笑った。
「表に出る名前じゃないからな」
「どういう意味だ?」
カイトが聞き返す。
透は男たちへ視線を向けた。
「【滅神派】ってのは、【電始と滅神の軍】の中にある一つの派閥だ」
透が問いかけるように続ける。
「【電始と滅神の軍】ってのは知ってるだろ?」
「ああ……ニュースでやってる、デカいテロ組織か」
カイトは腕を組む。
その名前なら聞いたことがある。ニュースでたびたび報道される、大規模なテロ組織だ。
「その中の一派だよ。【滅神派】はな」
「一派って……それ、どれくらいヤバいんだよ」
カイトの表情から、さっきまでの軽さが少しずつ消えていく。
目の前にいるのは、ただの武装したチンピラではない。世間を騒がせているテロ組織。その内部に属する人間なのだ。
「二つのある派閥ある内の過激な連中だ」
「は……?」
短い言葉が、重く響いた。
カイトの表情が固まる。
「おい、それ普通にマズイんじゃ――」
「まぁ、落ち着け」
透はカイトの言葉を軽く遮った。
焦りを見せるカイトとは対照的に、透は冷静だった。男たちを見ながら、何かを確かめるように視線を走らせる。
「コイツらは違う」
「違うって、何がだ?」
カイトが問い返す。
透は答える代わりに、男の腕を掴んだ。
その腕をカイトの目の前へ持ち上げる。
衣類の隙間から露わになった腕には、異様な形をしたタトゥーが刻まれていた。
「このタトゥーを見ろ。【地底門】だ」
「……【地底門】?」
カイトは目を細め、タトゥーを見つめる。
何を意味しているのか分からず、首を傾げた。
「それが何だ?」
「滅神派の連中は、所属する階位に応じたタトゥーを刻む。そいつは【地底門】。つまり、コイツらが滅神派のテロリストだって証拠だ」
「階位……?」
「ああ。この組織は三つに分かれてる」
「三つ……?」
カイトが聞き返す。
「下から【地底門】、【虚空門】、【天空門】。これがコイツらの組織の階位となっている」
二人の会話に挟み込むように、亮太が淡々と説明する。
亮太は男の腕に刻まれたタトゥーを確認しながら、淡々と言葉を続けた。
「へえ……で、コイツらが一番下?」
カイトは男たちへ視線を戻す。
さっきまで銃を向けられていたことを思い出し、警戒を解かないまま、その姿を改めて観察する。
「そういうこと」
透は足元に転がっていた銃を軽く蹴った。
銃は地面を擦りながら転がり、乾いた音を立てる。
「入ったばっかのゴロツキか、能力の低い連中。だから、改造銃火器頼りの雑魚ども」
「なるほどな……」
カイトは周囲を見回し、納得しかける。
確かに、目の前の男たちは強力な武器こそ持っているものの、戦い方は荒い。連携も取れておらず、高位の能力者を相手にするには頼りない。
しかし、相手が【電始と滅神の軍】の一派であることに変わりはない。
「じゃあ今回のこれも――」
「人質取って金を要求ってところだろ」
透が先回りする。
「【地底門】のいつもの仕事だ」
「……じゃあ、そこまでヤバくはないってことか?」
「雑魚連中ばっかりの場合は、な……それで、これ給料出る案件だっけ?」
「おいおい……!」
カイトが引き攣った声を漏らす。
「まさか、お前ら……本気でやる気か?」
「怖いなら無理しなくていいぜ。ここから先は、一般人が首突っ込んでいい話じゃねえしな。嫌なら逃げろ。手伝ってやる」
透は、恐怖そのものには同情できても、理解はしなかった。
――なぜなら、この状況を選んでいるのは自分自身だからだ。
それが伝わったのか、いなかったのか。
少し間を置いて、カイトが口を開く。
「なあ、一つ聞いていいか。お前ら……やけに冷静だけどさ。もしかして、いつもこんなことに巻き込まれてるのか?」
「いつもじゃないが……まあ、時々な」
「巻き込まれてるじゃなくて、自分から突っ込みに行ってる、の間違いだろ」
その言葉に亮太が呆れ、カイトは一瞬考える素振りを見せ、そして――ニッと笑った。
「なるほどな。……OK、俺もやってやろうじゃないか」
その時だった。
――ハハッ、と低い笑い声が響く。
声の主は、拘束していた男の一人だった。
「やめとけよ、ガキども。……まだ言ってなかったがな、俺たちの狂信サマは幹部だ。一度だけ見たことがあるが……あの人の力も権力も、本物だぜ」
男は歪んだ笑みを浮かべる。
「残念だったな。ここまで来たって、どうにもならねぇよ。ハハハッ……!」
その言葉に、亮太は言葉を失った。
一方でカイトは、獰猛な笑みを浮かべる。
そして――
透は何も言わず、ただ静かに男を見た。
その瞳は、爛々と光を帯びている。
「……とっとと終わらせるぞ」
次の瞬間。笑い続ける男に電撃が走り、身体が跳ね、床に崩れ落ちる。
気絶するその瞬間まで、笑い声は止まらなかった。
「で、どうする?」
移動しながら、透が亮太に問いかける。
「さっきの話だと、正面入り口に人質を集めてるらしい。……たぶん、女子たちもそこだ」
「俺たちみたいに、対処してる可能性は? それに、なんで正面なんだ?」
カイトの疑問に、透はスマートフォンを見せた。
画面には『留守番電話サービスに接続します』の文字。
「連絡は一切つかない。人質と金の受け渡しを考えりゃ、正面入り口が一番都合がいいんだろ」
「でもよ……ここまでやったら警察沙汰じゃねぇか? 下手すりゃ過剰防衛とか――」
「心配すんな」
透は楽しそうに、薄く笑った。
「俺たちがいる組織の力で、だいたい何とかなる。それに……幹部が本当にいるなら、上等な情報だ」
その言葉に、亮太が小さくため息をつく。
「……お前、ほんと危ねぇ思考してるよな」
「今さらだろ」
透は歩みを止めずに言った。
「正面は避ける。人の動き的にも、二階から回り込む方が安全だ」
「了解」
そうして三人は、二階へと向かう。




