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19話 ショッピングモールへ

 休日の昼時にもかかわらず、その一角だけ空気が妙に澱《よど》んでいた。


 フード付きのローブを深く被った人物が、電話をしながら通路を歩いている。


「ん、あぁ……学園の襲撃《しゅうげき》はもう無理? これ以上動くと、朔夜千歳にバレる……しょうがねーな。流石に今、あの女とやるのは得策じゃねぇ。無駄な消耗《しょうもう》は避けるか」


 一拍置き、声の調子が変わり、


「それで――〔聖域の戦姫(ロスヴァイセ)〕だっけ? SSのガキはどうした? あ? 暗部慣れしてるガキの周りをうろついてるから、手が出せねぇって?」


 顔は影に隠れ、性別も年齢も判別できない。

 ただ一つ確かなのは、近くを通る主婦や学生たちが、視線を合わせぬよう自然に距離を取っていることだった。

 ――関わってはいけない。

 誰もがそう直感していた。


「じゃあ予定通り、今日決行するんでいいんだな」


 どこか愉快《ゆかい》そうに、電話を切る。そして何かに気がつく。

 ローブの人物は足を止めると、スーツ姿のサラリーマンの男とタイトスーツ女性の前に立った。

 そして、二人の前に立ち、小さく折られたメモを無言で差し出す。


「……?」


 女はそれを受け取り、中身に目を落とした。

 次の瞬間、表情が強張る。


「……分かりました」


 女はそう呟くと、二人は周囲を気にする素振りも見せず、早足で人混みの中へ消えていった。

 そして、ローブの人物の姿もいつの間にか、消えている。


*****


 五月での休日の土曜日、七人の学生がショッピングモール行きのモノレールに乗り込み、ほどよい賑《にぎ》わいの車内で談笑していた。


「そういえばさ、二人っていつも一緒だけど、同じ中学だったの?」


 ゆかたちに向かって、亮太が率直な疑問を投げかける。

 透から見ても、この約一ヶ月、二人が並んで行動している場面をよく見かけていた。


「うん、そうだよ。あの学園の中等部からずっと一緒だね」


「中等部からってことは、エスカレーター組ってわけか」


「エスカレーターって言っても試験があるから、それに落ちたら意味がないけれどね」


 茜はそう言って、アハハッと笑った。

 冗談のつもりなのだろうが、あまりにも現実的で、誰も素直には笑えない類のものである。


「中等部の入学式の時、校舎の前で彼女が転んだのを助けたのが始まりでさ。その時の彼女、今思い出してもなかなか面白かったな」


「ちょ、茜ちゃん! なんで今そんな話するの!」


 顔を真っ赤にしたゆかが、茜の肩をポカポカと叩く。

 叩かれている茜は一応謝っているが、まったく反省している様子はない。


「二人とも、ここは公共の場ですよ」


 埒が明かないと判断したのか、御沙希が静かに注意する。


「もう少し周りに気を配ってください。迷惑になります」


「「ご、ごめんなさい」」


 ここがモノレールだと思い出したのか、茜とゆかは顔を赤らめながら揃って頭を下げた。


「……仲、いいんだな」


 ぽつりと漏れた透の一言に、ゆかは一瞬きょとんとしたあと、少しだけ照れたように笑う。


「えっと……そう、かな」


「ま、悪くはないよね」


 茜が軽く肩をすくめ、


「いい関係だと思います」


 御沙希が静かに口を挟む。


「長い時間を共有しているのは、羨ましいことですから」


「…… 御沙希ちゃんはホント真面目だな」


 亮太が苦笑すると、御沙希は視線を逸らした。


「ただの感想です」


 そんなやり取りを聞きながら、透は小さく息を吐く。

 このメンバーで集まるのは、これがまだ数回目だ。

 茜とゆか以外は、つい最近になって顔見知りになったばかり。

 それでも――

 いつの間にか、誰も苗字《みょうじ》で呼ばなくなっていた。


「そういえば透」


 ふと思い出したように、今度は茜が透に視線を向ける。


「この前の戦いを見て思ったんだが、何か武術をやっていたのかい?」


「あぁ小学生の頃、近所に武術教室があってな。そこで一通りは」


「なるほど……それは真然流、かな?」


「お! よく知っているな。マイナーな武術らしいのに」


「まあね。ボクはわりと色々な武術に詳しいんだ。それで、もう少し聞きたいことが――」


「おお……!!」


「……結構デカいな」


 透を除いた男子二人が、思わず感嘆《かんたん》の声を漏《も》らし、会話を遮《さえぎ》った。

 どうやら、目的地はもう目の前らしい。


 その空気に、これ以上話を続けるのは少し気まずくなり、話題は自然と別のものへと移っていった。


 『ダンテモール』。

 透たちが向かっていた東区にあるショッピングモールの正式名称。


 学園の周辺にある店の多くは、理事長朔夜千歳のお眼鏡にかなった店ばかりらしい。

 その中でもここは、生徒向けの商品や施設が充実していて、値段も比較的良心的だ。

 放課後や休日になると、学生の姿で溢《あふ》れかえるのも無理はない。


「……デカいな」


 モノレールを降りて建物を見上げ、カイトが素直に呟いた。


「全国でも有数、って言われるのも納得だな」


 そんな会話をしながら中に入ると、


「あそこのアイス屋、行ってもいいですか」


 ゆかが目を輝かせ、指を差す。

 透でも名前を聞いたことのある、有名なアイスショップだ。


「いいぜ」


 亮太が即答する。

 なぜか女子の頼み事に対する返事だけは、いつも以上に歯切れがいい。


「ありがとう、亮太くん」


 その一言で、亮太の機嫌はさらに上がった。

 それなりに並んだあと、順番が回ってきて各々注文する。

 透は無難にバニラ、亮太はチョコ。

 カイトはメロン、ゆかとアリスはイチゴ。

 御沙希は抹茶、茜はオレンジだった。


 アイスを片手に、今度は女子主導で店を見て回る。

 服、雑貨、小物――

 気づけば、透は何度目か分からないため息をついていた。


 今は男子と女子で別れて、行動している。

 男子たちは一階のゲームエリアで遊んでいた。


「……なあ」


 耐えきれず、透がぼそりと漏らす。


「よく、あんなテンションで買い物できるな。

 御沙希まであんなに楽しそうだぞ」


「だよな……」


 カイトもげんなりした様子で頷く。

 体力には自信があるはずの三人だが、表情にははっきり疲労が浮かんでいた。


「女子って大変だな……」


 そう呟きながら、カイトは気晴らしとばかりにパンチングマシンを殴る。

 鈍い音とともに表示された数値は、その日の最高記録だった。


「八つ当たりすんな」


 透は呆れたように言いながらも、少しだけ笑う。


*****


 一方、女子たちはアリスや御沙希に似合いそうな小物やアクセサリーを探していた。


「みなさん、私のためにありがとうございます」


 アリスが丁寧に頭を下げる。


「君、こういうの全然持ってないって言ってただろ。だからちょっと教えてあげようと思ってさ」


「茜ちゃんも、最初の頃はひどかったくせに」


 ゆかが苦笑しながら補足すると、茜は分かりやすく赤くなり、


「言うなよ、ゆか……さっきのこと、まだ怒ってるのか?」


「怒ってないけど、忘れてもないよ?」


 そのやり取りに、アリスと御沙希が思わず笑った。


「お二人は本当に仲がよろしいですね」


 御沙希が微笑ましそうにそう言った、その直後だった。


 ――ぞわり。

 御沙希の視界が、一瞬だけ歪んだ。

 淡く、輪郭《りんかく》の曖昧《あいまい》な光景が重なり、胸の奥がひやりと冷える。


「……何かが、来ます」


 無機質な声が、彼女の口から零れ落ちた。


「え?」


 ゆかが不思議そうに振り返る。

 だが次の瞬間、御沙希ははっと我に返り、いつもの穏やかな表情に戻っていた。


「……何でもありません」


 そう言って、目の前のアクセサリーに視線を落とす。

 けれど、心は完全には戻っていなかった。

 胸の奥に残る、説明できない違和感。

 それに気づいたのか、茜とアリスがさりげなく彼女の様子を窺《うかが》う。


(――今のは、見過ごして良いものだったのでしょうか?)


 答えはまだ、誰にも分からない。

 ただその異変は、確かに起きていた。


 そしてその頃。

 同じショッピングモールの一階、男子トイレでその違和感は、決して錯覚ではなかった。

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