↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/66

16話 不穏な学園生活 その1

 次の日の昼。


 明星学園は、いつも以上に騒がしかった。


 昼休みの開始と同時に、生徒たちが一斉に校舎から溢れ出し、購買前には人の波ができている。弁当を持参しなかった者、限定メニューを狙う者、ただの冷やかし。理由は違えど、昼の購買はちょっとした戦場だ。


「いやー、今日の購買、戦争だね」


 茜は紙袋を両腕に抱え、列の後方でそう笑う。二人とも普段は弁当だが、今日の限定商品が気になり、早くから並んでいたのだ。


「茜ちゃん、後ろ。こぼれるよ」


 ゆかが心配そうに声をかける。


「大丈夫大丈夫。ボク、意外と器用なんだよ——?」


 軽い調子で返した、その直後。

 金属同士が触れ合うような、乾いた音が響いた。


「……?」


 耳慣れない音に茜の足が止まる。

 同時に、背筋をなぞるような嫌な予感が走った。


 そして次の瞬間――頭上から影が落ちてきた。


「っ!」


 ゆかが悲鳴を上げるより早く、茜は反射的に身体を横へ投げ出した。


 刹那、鈍い衝撃音が響く。


 鉄製の支柱が、購買前のベンチの背もたれに深く突き刺さっていた。


 まるで上から偶然落ちたというより、狙って落とされたかのように。


「……え?」


 一拍遅れて、周囲が静まり返る。


「な、何、今の……?」


「支柱……? 外れたのか?」


「危なっ……」


 他の生徒のパニックになる声が、轟いた。


「茜ちゃん……!」


 ゆかが青ざめた顔で駆け寄り、茜の腕を掴む。


「大丈夫? 怪我はない!?」


「あ、ああ……大丈夫」


 答えながらも、茜の視線は支柱に釘付けになっていた。


(……おかしくないか?)


 支柱は、本来そう簡単に外れる構造ではない。

 それに――。


(落ちた、って言うより……)


 『刺さっている』その言葉の方が、どうしても頭から離れなかった。


「先生を呼ばなきゃ!」


 ゆかがそう言った、その時だった。

 甲高い音が響き、すぐ近くの校舎二階で窓ガラスが外側に向かって割れた。


「きゃっ!?」


 遅れて、ガラス片が雨のように降り注ぐ。


「ゆか!!」


 茜は反射的にゆかを引き寄せ、細かな破片が二人の足元へ散らばった。


「な、何で……?」


 完全に異常だった。

 一つなら、まだ偶然で済む。

 だが、二つ、三つと続くのは、さすがに偶然では済まない。


(……狙われてる?)


 そんな考えが脳裏をよぎった、その時――鈍く重たい音が頭上から響いた。


 屋上に固定されていたはずの『新入生大歓迎』と書かれた看板が、大きく傾いでいる。


 金具が悲鳴を上げながら外れていく。


 そして次いで、看板が完全に外れ、重力に引かれて落下を始めた。


「……ッ!」


 二人の視界を、巨大な影が覆う。


(押しつぶされる――)


 茜の本能がそう告げた、直後。


 雷鳴にも似た轟音が空気を引き裂く。

 看板の中央に大きな穴が穿たれ、金属片が四散する。


 衝撃で吹き飛ばされた看板は軌道を逸らし、そのまま地面へと激しく転がった。


「「……?」」


(——衝撃が来ない)


 茜が恐る恐る目を開けると、そこには原形を失った看板の残骸だけがあった。


「大丈夫か? お前ら」


 気の抜けた声が、場違いなほど軽く響く。

 二人が振り向くと、校舎の陰から透が歩いてきた。


 片手をポケットに突っ込み、いつも通りの気だるげな表情を浮かべている。


 ――だが、そのもう一方の手には銃が握られていた。


「あ、透くん……!」


 その姿を認めた途端、ゆかは露骨に肩の力を抜いた。

 安堵が、隠しようもなく表情に浮かんでいる。


「何か騒がしいと思ったら……」


 透は視線を巡らせる。


 刺さった支柱。

 割れた窓。

 そして――自分で吹き飛ばした看板の残骸。

 それを見て、皮肉そうに、


「……派手にやってるな」


「ボクらがやったわけじゃないよ!?」


 茜が思わず声を荒げる。


「それより今のは絶対おかしかったぞ! 物が落ちてきたり、割れたり……!」


「ふーん」


 透は相槌を打つだけで、表情を変えない。


「怪我は?」


「ない、けど……」


 その一言を聞くと、透の視線がほんの一瞬だけ上へ向いた。


 屋上。

 校舎の影。

 当然ながら、何もない。

 だが――。


(……なるほど)


 透の口元が、わずかに歪む。


(今一瞬、能力が見えた。しかし、直接は出てこないか。遠距離で飛ばす能力か?)


 だが、それを口にすることはない。


「ま、運が悪かっただけだろ」


「「……え?」」


 茜とゆかが、同時に声を上げる。


「いやいや、どう考えても――」


「こんな学園だしな。変な能力者も多いし」


 透は軽く肩をすくめる。


「制御ミスとか、老朽化とか。そういうことで処理されるよ。だから、助けたお礼にその看板、俺がやったこと黙ってくれるかなー?」


「「……」」


 二人は言葉を失った。

 反論したい気持ちはあったが、この学園では、その理屈が通ってしまうのだろう。


「ほら、昼休み終わるぞ」


 透は踵を返し、そのまま二人を促す。


「教室戻ろうぜ」


「……うん」


 ゆかは小さく頷き、茜もそれに続いた。

 だが、歩き出しながらも茜は何度も背後を振り返る。


 当然、誰もいない。


 それなのに、視線を向けられているような気がしてならなかった。

 その様子を横目で見ながら、透は静かに確信していた。


(随分と分かりやすく来るな。今までも窓ガラスを割ったり、物が軽く落ちたりとさりげなかったが、随分と大胆だな。……焦っているのか?)


 透はそう考えながら、歩調を緩めることなく前へ進んだ。

 背後では、既に数人の生徒が集まり始めている。


 支柱を指差して騒ぐ者。

 割れた窓を見上げて眉をひそめる者。


「また設備トラブルか?」


「最近多いよなー」


 そんな軽口が飛び交い、空気は少しずつ日常へと引き戻されていく。

 だが、誰も襲撃という言葉を口にはしない。

 何故なら明星学園では、それが当たり前だった。


(……便利な場所だよ)


 透は内心で、皮肉に笑う。


 異常が起きても、誰かが怪我をしなければ事故で終わる。

 高位の能力者が多いというだけで、説明がついてしまう。


 だからこそ――。


(やりやすいってか)


 襲う側にとっても、だ。


「……ねえ、透くん」


 ゆかが小さな声で呼びかける。


「さっきの……本当に、ただの事故だと思う?」


「思わねぇな」


 透は即答する。


 だが、ゆかの表情が一瞬強張ったのを見て、少しだけ言葉を選び直した。


「ただ、今は証拠がない。騒いでも、逆に目立つだけだ」


「……」


 ゆかは唇を噛みしめ、小さく頷く。

 一方、茜はまだ納得していない様子で、刺さった支柱の方をちらりと見やる。


 透はもう一度だけ上を見た。

 風に揺れる校舎の影。

 人の気配は、ない。


(……確実に見ているな)


 それも、かなり近い場所から。


 昼休み終了のチャイムが鳴り響くと、生徒たちは散り散りになり、購買前の騒ぎもあっさりと収束していった。


 割れた窓には、ほどなく立入禁止のテープが張られるだろう。

 支柱は原因不明の落下物として処理される。


 だが、茜は教室へ向かう途中でふと立ち止まり、背後を振り返った。


 誰もいない。

 それでも。


(……見られてる)


 理由のない確信が、胸に残っていた。

 その少し前を歩きながら、透は心の中で静かに告げる。


(俺が近くにいる時には、決して手は出してこないな)


 それが意味するところを、透は嫌というほど理解していた。


「全く、めんどくさいなー。とっとと襲撃してこないかな。そうしたらラクなのに」


 二人には聞こえないほど小さな声で呟くのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。