15話 平穏な学園生活 その3
午後の授業が始まった。
午前中は四限までで終わり、午後は二限だけ。
五限目は体育。
B組との合同で、男子はサッカー、女子はソフトボール。
「透、パース!」
亮太の声が飛ぶ。
能力が当たり前になったこの時代、学校の授業も様変わりしていた。
能力を使う授業と、昔ながらの身体だけで行う授業。その二つを使い分けるのが今の教育。
この学園は能力教育に力を入れているが、今日の体育は珍しく《《能力使用不可》》。
純粋な体力勝負だった。
亮太が必死にキープしたボールを、少し離れた透に高く放る。
透は胸で受け止め、体を入れて相手を遠ざけながら周囲を見渡した。
次の瞬間、右足を振り抜く。
ボールはゴールとは明後日の方向――右ポストの外側へ飛んでいった。
「……は?」
それを見た亮太と数人の男子が、一斉に透へ突っ込んでくる。
肩から、脚から、無茶苦茶な突進とドロップキック。
だが透は軽く身を捩って全て避ける。そしてため息混じりに言った。
「……何すんだよ、お前ら」
「それはこっちのセリフじゃボケェ!! なんで、あんな方向に思いっきり蹴ってんだよ!!」
亮太が代表するように怒鳴る。
興奮しすぎて、口調が完全に崩れていた。
「落ち着け、バカ」
透は肩をすくめ、顎で前方を示す。
「ほら、見てみろ」
透が指をさした先を見ると、狙い通りボールはゴールポスト右の柱に当たり、乾いた音を立てて跳ね返える。
――だが、それで終わりではなかった。
跳ね返ったボールの先、ゴール前には体格のいい少年が待ち構えていたのだ。
「ナイスパスだぜ、黒神」
少年はそう言うと、跳ね返ってきたボールに合わせて大きく足を振り抜いた。
強く蹴り込まれたボールは勢いを増し、そのまま一直線にゴールへと吸い込まれていく。
ピィィッ――。
得点を告げる笛の音が校庭に響いた。
*****
体育の授業は、着替えにかかる時間を考慮して、終了五分前になると切り上げられることになっている。
授業終了の合図がかかると、生徒たちはそれぞれ更衣室へ向かい始めた。
透と亮太も周囲の生徒たちに混じって廊下を歩きながら、先ほどまで行われていたサッカーの授業について話していた。
特に二人の話題に上がっていたのは、透が蹴ったボールを見事に受け止め、そのまま好プレーを見せていた一人の男子生徒についてだった。
「なあ、さっきの授業、能力を使ったか?」
「イヤ、普通に周りをみて、勘で蹴った」
「勘で蹴るなよ」
亮太は呆れたように言いながらも、先ほどのプレーを思い返していた。透が放ったパスは、決して偶然とは思えないほど絶妙な位置へ飛んでいたからだ。
「てか、お前の蹴ったボールを受け取った奴、体格のわりに反応とスピードも結構速かったな。確か名前は――」
「五十嵐だったはず。たく……女の子の名前はすぐ憶えるくせに」
透が半ば呆れたように言うと、亮太は「余計なお世話だ」とでも言いたげに顔を顰めた。
「五十嵐・L・カイトだったはず」
「あー、そーそー。そんな名前。そうだ、どんなやつか話してみようぜ」
名前を思い出した亮太は、先ほどのプレーを改めて振り返る。あれだけ動けるなら、単なる運動神経のいい生徒というだけではないかもしれない。
「了解。実は動きからして結構のやり手だと思ったんだ。だから俺も話しかけようと思ったんだ」
二人の意見はすぐに一致した。
そういうわけで、二人は更衣室へ入ると手早く着替えを済ませ、そのまま件の五十嵐を探しに向かった。まだ次の授業まで少し時間があるため、教室へ戻る前に話しかけるには十分な余裕がある。
やがて、他の生徒たちと話しているカイトを見つけると、亮太が真っ先に声をかけた。
「ナイスシュートだな、五十嵐」
「オウ、って言いたいところだがな――」
カイトは振り返ると、腕を組みながら二人を見た。少しだけ顎を上げ、その表情にはどこか自信ありげな笑みが浮かんでいる。
「正直言って、お前ら二人が一番凄いと思ったぜ」
まずカイトが視線を向けたのは亮太だった。
「なんせ鬼龍院は、周りを本当によく見てる。状況に応じて、あれやこれやって、明確で適切な指示を飛ばしてくるからな」
授業中の光景を思い出しているのか、カイトは楽しそうに笑いながら肩を竦めた。
自分がどこへ動けばいいのか迷った場面でも、亮太から飛んできた指示のおかげで迷わず動けたことをカイト話しながら思い出す。
「こっちも動きやすかったし、最後の方じゃ智将なんて呼ばれてたくらいだ」
そう言われると、亮太は少しだけ照れくさそうに鼻を鳴らした。普段なら調子に乗るところだが、今回は素直に褒められたことが嬉しいらしい。
カイトはそんな亮太の反応を横目に見ながら、今度は透へと視線を移した。
「それで黒神だ。お前はな、パスの出しどころが絶妙なんだよ」
指先で空中に線を引くような仕草をしながら、カイトは透のプレーを振り返る。
「ちょうどいいタイミング、ちょうどいい位置。だからこっちも自然といいプレーができた」
透は特に何かを言うでもなく、黙ってカイトの話を聞いていた。自分では大したことをしたつもりはないのだが、こうして改めて評価されると少し居心地が悪い。
カイトは一度言葉を切ると、今度は少し真面目な表情になった。
「正直言うとさ。中学の頃にそれなりに名のあるサッカー部の連中がいたろ?」
その言葉に、透は僅かに眉を動かした。
「あいつらが揃ってお前をマークしてたから、さすがに大丈夫かと思ってたんだが……」
カイトは苦笑しながら、先ほどの授業で透が何度も相手のマークを振り切っていた場面を思い出す。そして最後には感心したように笑った。
「よくあれを躱し切ったな。正直、見てて驚いたぜ」
「マジかよ。どおりで抜きにくかったわけだ」
透は納得したように呟いた。自分に向けられていたマークの数を考えれば、ボールを受け取ることすら苦労したのも当然だったのだろう。
「それ以前になんで俺なんだよ。他にいただろ。ホントに俺は、ただ中学まで道場で鍛えていただけなのに」
透は深々とため息をついた。
高校に入ってからというもの、こうして自分の知らないところで勝手に評価されたり、妙なことに巻き込まれたりする機会が増えた気がする。
そのせいか、入学してまだそれほど経っていないというのに、以前よりもため息をつく回数が増えたように思えた。
そんな透を見ていた亮太は、明らかに「何を言っているんだ」とでも言いたげな顔をしていた。
「ああ、あと俺のことは透と呼んでくれ。あまり名字で呼ばれるのが好きではないんだ」
透がそう告げると、亮太もすぐに続いた。
「あ、俺も亮太でいいぜ」
そのまま亮太は、親しみを示すように透の肩へ腕を乗せる。
「OK。よろしく、透、亮太。俺もカイトでいいぜ」
カイトは爽やかに笑った。
改めて近くで見ると、彫りの深い顔立ちがかなり目立つ。身長も二人より一回りほど大きく、制服の上からでも分かるほど筋肉質な体つきをしている。先ほどのサッカーで見せた反応速度や運動能力も含め、普通の高校生とは少し違う印象を受ける。
そのことが気になった透は、少しだけ間を置いてから尋ねた。
「失礼だけど、日本人離れした顔だよな。両親のルーツ、聞いてもいいか?」
「いいぜ。親父が日本人とロシア人のハーフで、母ちゃんがアメリカ人と日本人のハーフだ。だからオレは日本人が半分、アメリカとロシアがそれぞれ四分の一って感じだな」
カイトは特に気にした様子もなく、自分の家族について簡単に説明する。むしろこういう質問には慣れているらしく、軽い調子で答えていた。
「なるほど」
「ま、それよりさ。今度はオレが聞いていいか?」
「なんだ?」
今度はカイトの方から質問が飛んできた。
その目には先ほどまでとは違う、純粋な好奇心が宿っている。どうやら体育の授業だけではなく、以前から透について気になることがあったらしい。
「的当てゲームの時、まだ本気じゃなかっただろ。それに、入学式の次の日にケンカしたって話も聞いたぞ。そんで相手はSランク能力者だったって。実際、どうなんだ?」
カイトは興味を隠そうともせず、身を乗り出してくる。
透は一瞬だけ言葉に詰まり、助けを求めるように亮太へ視線を向けた。しかし、亮太はそんな透の視線に気づくと、すぐさま「知らねーよ」と言わんばかりに顔を背けた。
「……出来ればここだけの話で頼む」
結局、透は観念するしかなかった。
「ああ。本気じゃなかったのは事実だ。ケンカもしたけど、言うほど大した相手じゃなかった。能力はそれなりだったが、近接はチンピラレベルだ」
透は淡々と説明していく。本人にとっては大した出来事ではなかったらしく、話し方にも自慢するようなところはない。
「あと――」
そこで透は、ちらりと亮太へ視線を向けた。
「こいつも、レクリエーションの時だいぶセーブしてたけどな」
「てめぇ! 最後に俺を売るな!」
亮太が反射的に透へ掴みかかろうとする。
しかし、二人の間にいたカイトが笑いながら割って入り、亮太の勢いを軽く受け止めた。
「ハハ、やっぱお前ら面白えな」
「そうか、それは良かった」
透は特に悪びれる様子もなく答えると、ふと思い出したように口を開いた。
「あっ、そうだ。それはそうとなあ、今週の土曜日、暇か?」
「まあ、暇かつったら暇だな。部活動が本格的になるのは明日からだしな」
カイトは腕を組みながら少し考えたあと、特に予定がないことを思い出した。
「あ、ちなみに俺、サバイバル部に入る予定だから」
サバイバル部とは、その名の通りサバイバルをする部活である。
平日はサバイバルに必要な知識や、生き残るための技術を学ぶ。さらに夏休みには山や海へ出向き、現地で自給自足を行うという、普通の高校の部活動とは一線を画した過酷な活動内容になっている。
カイトはそんな部活動に入る予定らしいが、本人はいたって平然としていた。
「それで、なんで土曜日、暇かって聞いてきたんだ?」
亮太が尋ねると、透が答えるより先に、先ほどの話を思い出したように亮太が口を開いた。
「ああ、それはこいつと俺。あと女子何人かで、ちょっと出掛けようっていう話で、お前も一緒に来ないかっていう話」
「へー、ちなみにどこ行くんだ?」
「東区のショッピングモール」
透はそう言うと、制服のポケットから私物のスマートフォンを取り出した。画面を操作してショッピングモールの公式ホームページを開き、そのまま二人に見せる。
そこには衣料品店や飲食店、娯楽施設など、休日を過ごすには十分すぎるほどの店舗が並んでいた。
「ほほう。色々あるんだな」
カイトは画面を覗き込みながら、感心したように声を漏らす。
「お前がそういうのを知っているだと? ありえねー。一体何者だ、姿を現せ」
その様子を見て、透は呆れながら事情を説明した。
「藤林先生からココをオススメされたんだよ」
「へー。とりあえず、女子たちにここ勧めてみるよ」
カイトはスマートフォンの画面を見ながら頷いたが、その直後、廊下の時計へ目を向けた。
「うわ、やべえ。早くしねえと」
次の授業が始まるまで、残された時間はわずか三分。
三人はそれに気づくと、これ以上話している場合ではないと判断し、急いでその場を離れた。




