14話 平穏な学園生活 その2
ある日の昼休み。
透はいつも通り、コンビニで買ったパンとおにぎりを持って何処かへ向かおうとする。
食堂の喧騒も、購買の行列も好きじゃない。
屋上か、人の少ない木陰で大体いつも一人で食べている。
「そういやさ」
隣から声が飛んできた。
「お前って、いつもどこで飯食ってんだ?」
「人気のない場所。基本一人」
「相変わらずだな……」
淡々と即答する透に亮太は呆れたように言いながらも、少し考えて明るく提案する。
「じゃあさ、今日は一緒に食わね?」
「……いいぜ」
悩むことなく間髪を入れず答える透。あっさり了承され、亮太は一瞬きょとんとした。
「……断ると思ったんだけど」
「別に断る理由ないし」
透は半目で返す。そんな透の態度を見てニヤニヤと笑いながら、亮太は気を取り直して、教室を見回した。
「なあ、他のやつも呼んでいい?」
「……好きにしろ」
視線を一周した後、首の動きが止まる。亮太の視線の先には、机で一人静かに昼食を取っているアリスがいた。
「あれ? アリスちゃん一人じゃん。誘っていいかな」
透は少し悩んだ。この三週間で、二人の気まずさは時間とともに薄れていった。
少なくとも、表面上は。
だが、変わらないこともあった。
アリスは相変わらず、透のことをじっと見ている。
教室でも、廊下でも、視線を感じない時の方が少ないくらいだった。
それを何とかしようと、透は何度か話しかけた。
だが返ってくるのは、聞こえなかったふりか、露骨な無視だった。
そんな状態を変えようと、亮太の誘いに乗る。
「本人が良ければな」
面倒そうに言う透を残して、亮太は駆け足でアリスのもとへ向かった。
その背中を眺めていると、肩を軽くつつかれる。
「……ん?」
振り向くと、赤毛のポニーテールと茶髪の少女――武本茜と水村ゆかが立っていた。
「彼女がオーケーなら、ボクたちも混ぜてもらえないかな」
「俺は構わないよ。それに亮太は女の子のお誘いは基本断らないからな」
二人は顔を見合わせて、くすっと笑った。
そこへ、亮太が満面の笑みで戻ってくる。
意外だった。
「オーケーだってさ!」
「そうかい。じゃあ、この二人も一緒でいいか?」
「えっ、マジで、やったー」
茜とゆかは軽く頭を下げた。律儀なやつらだな、と透は思う。亮太はテンションを上げながら指をある場所へ刺した。
「よし、それじゃ――中庭行くか!」
こうして、いつもは一人で過ごす昼休みは、少しだけ賑やかになった。
*****
一体どこから持ってきたのか分からないレジャーシートを中庭に敷き、五人はそれぞれ腰を下ろしていた。
「そういえばさ、アリスちゃんって普段、誰と昼飯食ってるの?」
「そうですね。普段はクラスメイトや、別のクラスの女子生徒が代わる代わる声をかけてくれるので、その方々と一緒に食べています」
その美貌と可憐な雰囲気から近寄りがたいと男子の間ではもっぱらの評判だが、女子相手だと事情は違うらしい。
「なあなあ、今週の土曜日さ。みんなでどっか行かね?」
唐突に、亮太が切り出す。
「ボクは構わないよ。キミたちと一緒なら楽しそうだし。ゆかはどうかな?」
「私もいいよ。それなら、もう少し誰か誘ってもいいんじゃない?」
「でしたら、それはこの後、個別に誘ったほうがよろしいでしょう」
アリスが淡々と提案する。確かに大人数で声を張り上げるより、そのほうが現実的だ。
ふと、話題を変える形でアリスが伏し目がちに透と亮太の手元を見る。
「それより……二人の食事、コンビニのものですよね。栄養が偏ります」
「まあな。一人暮らしだし、それに料理もろくにできねぇし」
透は遠い目をした。
一方、亮太は興味津々といった様子で三人の弁当を見る。
「三人は弁当だけど、自分で作ってるの?」
「私は一人暮らしなので自分で作りました。母が病気がちで……自然とやる流れになったんです。最初は失敗ばかりでしたけど」
「ボクは母が作ってくれるよ。正直、そういう女性的なことはあまり得意じゃなくてね」
「わたしはお母さんと一緒に作ってるよ」
それぞれの答えが、そのまま性格を表しているようだった。
三者三様の答えに満足する亮太と、無言で食べ進める透。
「ちなみに、私は自分で作れますよ」
すると割り込む形で、背後から声をかけられる。全員が振り向くと、そこにいたのは神無月御沙希だった。
「すみません。よろしければ、混ぜていただけますか」
少し申し訳なさそうに言う御沙希に、透は周囲の様子を一瞥してから頷く。
「ああ、構わないよ。どうぞ」
「ありがとうございます。委員長の仕事で色々忙しくて……意外と藤林先生は、人使いが荒いです」
小さく愚痴をこぼしながら靴を脱ぎ、正座する。
その作法は美しいの一言だった。
「鬼龍院さん。先ほどの発言、場合によってはセクハラと受け取られかねませんよ」
「えっ、マジで?」
亮太は露骨にげんなりしたが、すぐに気を取り直す。
「まあまあ、それは置いといて。御沙希ちゃん、今週の土曜日このメンツとあと何人かで出かける予定なんだけど、一緒にどう?」
「今週の土曜日ですか……その日は巫女としての仕事や修行もありませんし、門限は十八時三十分なので問題ないです。そこまでの時間までに帰宅できるのでしたら」
その瞬間、空気が微妙に変わった。
亮太は分かりやすく顔を輝かせ、小さくガッツポーズ。
その様子を見て首をかしげるアリスと御沙希。
事情を察して感心したように微笑む茜。
顔を赤らめるゆか。
そして、呆れる透。
「そういえば最近、窓ガラスよく割れるよね」
茜が、思い出したように口にした。視線は中庭から見える校舎に向かっている。
「ボクが廊下を歩いていると、割れた跡をよく見かけるんだ。最近は、上から物が落ちてくることも多いし」
「能力の制御ミスじゃね? ちゃんと気をつけろよ。あっ、そうだ何なら俺が教えてやろうか?」
亮太がいつもの軽い調子で茶化す。何故か両手をわちゃわちゃと動かしながら。
「俺、教えるの得意だし。なにより俺得だろ?」
「制御ミスとは考えにくいですよ。それに頻度が多すぎますし、場所も広範囲です」
「……え?」
静かに口を挟むようにそう言ったのは、御沙希だった。
亮太が間の抜けた声を出す。
「個人の能力失敗で説明できる範囲を、明らかに超えています」
「いやいや、そこまで言い切る?」
「はい」
御沙希は冷酷に冷ややかな瞳で、即答した。
「それに――鬼龍院さん。今の発言は、場合によっては気色が悪いと受け取られます」
「ぐっ……」
胸を押さえて、亮太が露骨に落ち込む。
その一連の行動に、みんなが小さく笑った。
「そんな……そこまで言われるほどだったか……?」
その様子を見て、透は小さく息を吐き、立ち上がった。
「……どこ行くんだよ、透」
「コーヒー買ってくる」
「じゃあついでに俺のも。もちろん奢りで」
「は? なんでだよ」
そう言って立ち去ろうとした瞬間――
投げられた財布が、透の頭に直撃した。
*****
透は中庭から少し外れた場所で、自動販売機の前に立っていた。
「……無糖。ここもか」
自動販売機を見て、項垂れる。
三台目。ようやくコーヒーを見つけたと思ったら、無糖だけがぽつんと表示されている。
「マジかよ……」
微糖派の透にとって、これはかなりの痛手だ。
もう一台探すことも考えたが、校舎は広い。
これ以上歩けば昼休みが終わる。
無糖にするか、別の飲み物にするか。
そんなことで真剣に悩んでいると、背後から声がした。
「あら、透君。何してるの?」
振り返ると、生徒会長の七瀬涼菜が立っていた。
「ああ……ちょっと飲み物を」
「そう?」
「いえ、なんでしたら先にどうぞ」
一歩引くと、涼菜は少し困ったように首を振った。
「職員室に用があってね。通りがかったら、透君が難しい顔してたから気になって」
そう言われて、もう一度自販機に向き直る。
透は小銭を入れ、覚悟を決めて無糖コーヒーのボタンに指を伸ばした。
その瞬間。
「えいっ」
横から伸びた指が、ミルクティーのボタンを押した。
……ガタン。
「……」
「あっ、ごめんなさい! でもミルクティーも美味しいわよ? たまには趣向を変えるのも――」
透がゆっくり涼菜を見ると、彼女ははっとして青ざめた。その瞳には、涙が滲んでいる。
「ご、ごめんなさい……! お金返します、それ私が――」
「……もういいです」
項垂れながら、制服のポケットからティッシュを取り出し、それを差し出す。
「泣かないでください。俺がいじめているみたいになるんで」
「……ありがとう」
受け取った涼菜はティッシュで目元を拭いた。
透はその姿を尻目にため息を吐きつつ、仕方なくミルクティーを口にする。
「……美味」
思わず漏れた一言に、涼菜の顔がぱっと明るくなった。
「でしょう! 私ね、小四の時に初めて飲んでからずっと好きなの」
身振り手振りで語られ、その変わりように透は軽く圧倒される。
そしてたじろぎながら、視線をあさっての方向に向けて、
「……気が向いたら、また買います」
「ええ、ぜひ」
涼菜は満足そうに微笑む。その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「じゃあ、またね透君」
涼菜は元気そうに第一校舎へと走って行こうとする。その後ろ姿を見て透は、この辺に詳しそうな彼女に尋ねた。
「あ、会長! この辺で、学生向けのショッピングモールってありますか?」
「うーん……この近くはちょっと高い店が多いわね」
足を止めて、どこがいいか真剣に考える涼菜。すると——
「だったら、東区のショッピングモールとか、どうですかね」
急に音もなく横から声がした。
二人が視線を声の方に向けると、透の担任の藤林亜刀だった。
「あそこはこの辺の学生向けで、うちの生徒もよく行きますよ」
「そうなんですね、ありがとうございます」
軽く頭を下げる。涼菜と藤林はお互いに会釈をしたのち、その場をから去った。その二人の背中を見てふっと、何かを思い出す。
「あ! アリスに話しかけるの忘れてた。まぁいいか、今週の土曜日にはみんなと遊ぶし、そん時までにはいけるだろ」
ちなみに亮太の分はおしることなり、財布から抜き取った千円札がバレちょっとした喧嘩となった。




