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12話 能力者の学園 その4

 風紀委員会《ふうきいいんかい》取り調べ室にて、


「つまり……君の入学を気に食わない彼が大暴れをして、彼が君を発見次第、攻撃を開始したと」


「そうです。襲われたので、応戦《おうせん》しただけです」


 淡々と答える透に対し、先ほどまでタブレットに視線を落としていた背の高い風紀委員の女生徒が顔を上げる。


 周囲の委員たちが彼女を『委員長』と呼んでいるのを見て、どうやら彼女がこの風紀委員会の委員長らしい。


 短く整えられたボブヘアの奥で、鋭い目が透を射抜いた。


「風紀委員会としては、本来なら応戦せず逃げてほしかったところだが」


 責めるでもなく、しかし規則としては譲れない――そんな口調。委員長は端末を操作しながら続け、


「もっとも、応戦内容は体術のみ。能力の使用は一切なし……正直、体術だけであそこまでやるのも少々問題だがな」


 先に聴取《ちょうしゅ》された白神アリスの証言と照らし合わせ、内容に齟齬《そご》がないかを確認しているようだ。


「それで、俺はどうなりますか」


「君については、ほぼお咎《とが》めなしだ。能力を使わなかった点が大きい。しかし一方で、彼――森荒については、ほぼ停学処分《ていがくしょぶん》になるだろう」


「……そうですか。ああそれと、この制服なんですが」


 透は特に感慨もなく相槌をうって、視線を自分の格好に向ける。

 そして、自分のボロボロになった制服を見せつけながら言う。


「あぁ、それならば職員室に行けばいい。この学園では……まあ、珍しくない。同じものを用意してもらえるはずだ」


 淡々としたその言葉が、この学園の日常の歪《いびつ》さを物語っていた。

 透は無意識に口角を上げながら答え、席を立つ。


「分かりました。ありがとうございます」


 事情聴取を終え、丁寧にお辞儀をして部屋を出た。

 帰ろうと一歩踏み出した直後、背後から声を掛けられる。


「帰り道、途中までよろしいでしょうか?」


「……いやだ」


 気を抜いていた透は思わず足を止め、振り向きもせず心底嫌そうに即答した。


「……」


 返事はない。

 だが、その沈黙がやけに長かった。


 視線を感じて、透は仕方なく振り向く。


 そこにいたのは白神アリスだった。

 表情一つ変えず、ただじっとこちらを見ている。


「少しの間だけだ。それにまずは職員室に行ってからでいいか?」


 普段なら、この程度の威圧も沈黙も意に介さない。

 だが、この時だけは違った。


 理由は分からない。

 ただ、無言の視線が妙に逃げ場を塞いでくる。


「……はい。ありがとうございます。そして、分かりました」


 そうして二人は、並んで取り調べ室を後にし、職員室へ向かった。


*****


 新しい制服に着替えた後。

 通学路を、日が傾き始めた時間帯に二人で歩く。


「俺が挑発《ちょうはつ》し返したことと、最後のアレ。なんで言わなかった」


 問い詰めるような声だったが、そこに怒気は薄い。確認に近い問いだった。


「別に、どちらも言う必要がないと思ったからです」


 アリスは即座に答える。視線を逸らすことも、言葉を選ぶ素振りもない。


「特に最後のは、一瞬だけ能力を使ったようでしたし。それに挑発していたとはいえ、どちらにしても先に攻撃したのは、元々あちらですし。……それに、向こうは既に暴れていましたから」


 淡々とした声。

 感情を排したというより、最初からそこに存在していないかのような口調だった。


(やっぱり最後の、見えていたのか。……少し遊びすぎたな)


「で、俺が終わるまで待ってて。一体何が聞きたいんだ?」


 先に帰っていると思っていた相手が、わざわざ待っていた理由。

 先ほどの戦闘について何か言われるのは分かりきっていた。


「はい。先ほどの戦闘を見て、やっぱりどうやってそこまで強くなったのかを知りたくなりました」


 アリスはしっかり透の方を見て答える。

 それに対してやっぱりか、と露骨《ろこつ》に呆れた表情を浮かべた。


「だったら、その辺の武術教室にでも行ってろ。教えたところで俺に得はないし、何より面倒くさい。それでも納得しないなら、一般人には想像もつかない内容だ。諦めろ」


 意図的に冷たく突き放す。鋭い視線で、詰め寄った。だがアリスもその威圧に屈さず、質問してくる。


「一般人には……? ということは、貴方は普通の能力者ではないのですか?」


 透の表情がほんの一瞬だけ固まり、感心する様子で見据えた。


(そこを突いてくるか。さらりと言ったつもりだが……口を滑らせたな)


 わずかに冷や汗が滲む。

 アリスが、こちらの言葉を聞き逃すまいと目を細める。


「人を化け物みたいに言うな。……ああもう、面倒くさい。単に俺は【蠍《スコーピオン》】に所属する軍人だ」


「【蠍《スコーピオン》】?」


「日本にある特殊部隊の通称だよ」


「学生が軍人をやる。つまり、極道や汚職政治家の息子、それとも闇の正義《ヒーロー》ですか?」


 アリスは首を傾げ、目を輝かせながら質問を重ねた。

 その妙に偏った例えに、透は深くため息をつく。


「……どちらかと言えば、最後だな。他の連中には言うなよ」


 この時、適当に誤魔化して帰ればよかった。

 だが、なぜかそうする気にはなれない。

 目の前の少女と、自分はどこか似ている――

 そんな感覚がふと胸をよぎる。理由は分からない。


(まあ、それはそれとして……)


「そんなことはどうでもいい。それより、お前はなんでそこまで力を求めている」


 透は視線を真っ直ぐに向ける。


「もう十分すぎるだろ。世界にたった百人しかいないSSランク。その中の一人、序列第百位〔聖域の戦姫(ロスヴァイセ)〕さん」


 アリスが息を呑《の》んだ。

 隠していたわけではない。

 だが、目の前の男の口からその名を呼ばれた瞬間、胸の奥が僅《わず》かに揺れた。


「昨日、調べただけだ。だから、大して偉そうなことは言えないがこの際、はっきり言う。俺に妙な期待するな。序列上げなら、尚更《なおさら》だ」


 そして、静かに続ける。


「言っておくが――俺はSSランクじゃない」


「……っ!!」


 アリスの目が、はっきりと見開かれた。

 そんな様子を気にすることなく、透は捲し立てるように続ける。


「強くなりたいなら、俺以外にも適任は山ほどいる。例えば、この学園の生徒会長とか。それに、SSランクの生徒もこの学園には、何人かいるだろ」


 世界に百人しかいない存在。

 その約三十パーセントが日本人である以上、学生に混じっていても不思議ではない。


「……私は、序列には興味がありません」


 アリスは俯き、静かに言った。

 その言葉を透は目を細めて、黙って聞く。


「強くなるため努力した結果が、それだっただけです。ですが、それでも……私は貴方に稽古《けいこ》をつけてもらいたいのです」


 今日の戦闘を思い出すように、言葉を選ぶ。


「貴方の戦いを見て、私は――何かを感じました。だから……お願いします」


 アリスは深く頭を下げた。

 数秒の沈黙。


 透は低く低く、冷たい声で呟く。


「……そうか、じゃあ試してやるよ」


 その言葉を聞いた瞬間、アリスの表情が僅かに明るくなる。


「……じゃあ、これを避けてみろ」


 透は感情の篭らない声で、そう言った。


 刹那――

 透の姿が視界から消え、次の瞬間にはアリスの目前に現れる。


 振るわれた刀は一直線に迫り、反応が一瞬遅れたアリスは身体を強張らせた。


 だが、刃は鼻先に触れる寸前で止まった。

 幸い、その場の周囲に人影はなく、騒ぎになることもない。


「……ふん」


 透は刀を下ろし、冷ややかな目でアリスを見る。


「これを避けられないなら、無理だな」


「……っ!?」


 アリスは言葉を失い、絶望したような表情を浮かべた。

 だが必死に絞り出した反論をする。


「いきなりそんなことをされたら、避けられるものも避けられません」


 だが、透の目はさらに冷たくなる。

 淡々と、事実を並べるように告げた。


「俺が生きている世界は、そういうもんだ。待ったはない。一撃《いちげき》で終わる。|死ぬか、生きるか《dead or alive》だ。それ以外の選択肢は存在しない」


 アリスを見下ろすその視線には、情もためらいもない。


「さっきの戦いを見て何かを感じたなら、それは死(・)だ。それを覚悟《かくご》だと勘違いするな」


 重い沈黙が落ちた。

 アリスは言葉を失い、ただ透の言葉を受け止めている。

 透はそんな彼女を前に、容赦なく問いを重ねた。


「その気がないなら、ここで終わりだ。それでも本当にこっちに来る覚悟は、あるのか?」


 アリスは答えられない。

 唇を噛み、視線を落としたまま立ち尽くす。

 そんなアリスの様子を尻目に透は、背を向けた。


「……そういうことだ。俺とお前は、住む世界が違う。じゃあな。また明日」


 そのまま歩き出し、振り返ることなく去る。


「それでも私は!!」


 普段は感情を表に出さないアリスが、珍しく声を荒げて叫んだ。


 だが、透は足を止めない。

 夕暮れの通学路に、彼の背中は遠ざかっていき――

 その場には、呆然《ぼうぜん》と立ち尽くすアリスだけが残された。

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