11話 能力者の学園 その3
「なんで俺がBクラスなんだよ!」
大柄な体躯。刈り上げた金髪に、焼けたような肌。そんな大男の怒号が響いた。
「黒神って奴をここに連れてこい! 早くしやがれ!」
「……うわ、マジで暴れてる」
人だかりの後ろで、誰かが小さく呟く。
暴れている人物への好奇心と次の標的が自分かもしれないという恐怖心が、野次馬たちをこの場に留まらせた。
「風紀委員でも止められなかったのか?」
「もう倒れてる。それに先生も」
野次馬の一人が、怯えながら答える。騒めきが広がり、距離を取るように人の輪が歪む。
「おい、近づくな! アイツ、波動を抑えてねぇぞ!」
野次馬の一人がそう叫んだ瞬間、呼ばれて到着した透は足を止めた。
「……なるほど。これは厄介だな」
背後から、同じくついて来た茜が低く言う。そしてこの後の起こる事が想像ついているのか、念の為に確認するように聞いてみた。
「透、これ、教師を呼んだ方がいいんじゃ……」
「いや、もう無理だろ」
透は暴れている人物を見据えたまま、口角を上げながら答える。
「あの感じ、誰の話も聞かねぇ」
男が地面を踏み鳴らす。
それだけで、空気が震えた。
「次は誰だ!! オレの邪魔すんのは!!」
野次馬たちが一斉に後ずさる。
「……仕方ねぇか」
透は一歩、輪の中へ踏み出そうとする。
その行動に茜は目を細めた。
ゆかは心配と透を静止しようとするが、茜に逆に止められる。
そんなやりとりを露つゆ知しらず、軽い調子で暴れてている男に近づき声を掛けた。
「おーい。黒神ってのは俺だけど」
その瞬間、騒めきが止まった。
男の視線が、ゆっくりと透に向けられる。
「……あ?」
「もしかして、先輩の方を呼んでいるなら、俺も探すぞ」
「あ? テメーが黒神って言う奴だな、テメェの事だよ!! テメェのせいでオレがBクラスに落ちちまったじゃねぇか。ふざけんじゃねぇぞ!!」
「ふーん、それでどちら様ですか」
どこか嘲笑めいた喋り方をする透に怒りを募らせる。
「森荒。それがテメェをブン殴る奴の名前だ覚えておけ」
「あっそっ。俺をブン殴れれば気が済むのなら、どうぞ」
透は肩をすくめ、挑発とも無関心とも取れる口調で続けた。
「まぁでも、俺を殴っても俺より上とは限らないがな」
相手の感情をさらに焚き付ける。
「そもそも順位を決めたのは教師陣だ。俺じゃねぇし」
責任転嫁でも弁明でもない。
ただ事実を並べているだけだ。
「そもそも口ぶりの内容的に、総合二十位とかだろ」
透は相手を一瞥し、わずかに鼻で笑う。
「そんなギリギリの奴が、何を今さら」
激昂している人間に容赦なく挑発する透。
そんな態度に更に怒りを募らせて叫ぶ。
「カンに触るやつだ。ブン殴るだけじゃあ、気がすまねぇ。テメェをボコボコにして俺の方が上だっていう事を証明してやるぜ!!」
透に向かって突っ込んで来る。
荒の手には戦斧が握られていた。
能力演算装置――通称『心器』。
波動の塊で構成され、能力を扱うための媒介として形成されるもの。
その形は一定ではなく、武器や装飾品など人それぞれ異なる。
(……斧か)
大振りで分かりやすい。そして、踏み込みが荒く直線的で分かりやすかった。
(……見えてる)
振り下ろされるが――遅い。
透は半身で躱す。
(扱いきれてねえな。……ただの脳筋か。所詮は雑魚だな)
挑発してた時とは違い、冷めた目で向かってくる荒を見ていた。
透は踏み込んだ。たった一歩。
だが距離の詰まり方が、明らかにおかしかった。
(――消えた?)
荒は、目を見開く。何故なら目の前にいた透が姿を消したからだ。
(真然流 格闘術 撃鮫)
乾いた衝撃音が鳴り、荒の身体が軽々と宙を舞う。
大柄な体格とは不釣り合いなほど、あっさりと壁へ叩きつけられた。
「……が、は……?」
自分が掌底で殴られたことを、理解するまでに一拍遅れる。
首を振り、気を取り直したのかすぐ立ち上がって戦斧を無造作に振り回した。
しかし、それらを透は全て、ギリギリのタイミングで避ける。
(コイツ敢えてギリギリで躱しやがる。ナメやがって)
荒は思わず、毒づいた。余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》な態度に苛立ちをさらに募らせる。
今度は透が接近して鳩尾に向けて、先程と同じ掌底を喰らわせた。
「カハッ」
そして再び、壁まで吹き飛ばされる。
「ゲホッ、ゲホッ」
まだ意識はあるものの咽せるしか出来ない。
(コイツ、心器どころか能力すら使う気がないのか?)
そのことを理解して、更に青筋を立てる。
「ふざけんじゃねぇ!! どいつもこいつもオレをナメやがって!!」
荒の周りの地面に散った桜の花弁や土埃が、ふわっと舞い上がった。
波動を周囲に拡散させると起こる現象だ。軽い物ぐらいは波動で、浮かせられる。
「イイ気になるなよ! テメェは試験が成績が良かったから一位なんだ! だがなオレの能力は試験向けじゃあねぇからな! だからテメェの下になっているだけだ! ならばコイツでブッコロス!!」
すると地面が隆起して、だんだんと人の形を形成していく。そしてそれは、四メートルほどの大きさとなる。
「土人形か」
ゴーレムは、その巨体とは思えないほど身軽で動いた。
拳の形を成した土の塊は、透を潰そうと腕が伸びる。
流石にマズいと思ったのか、ギリギリで躱すのではなく、大きく後退した。
躱した場所は、大きく陥没している。
「アハッ」
荒は透が少し、戦いに真剣になった姿を見て嬉しそうな声を上げ、
「死にやがれ!!」
もう片方の腕が透めがけて、飛んでくる。いわゆるロケットパンチと呼ばれる物だった。
そんな攻撃方法が飛んで来るとは思ってなかったのか、野次馬達は蜘蛛の子を散らすように逃げる。
透はジグザグのように逃げた。しかし、飛来物は透を追尾して撒けない。
(自動追尾弾か、意外と厄介だな)
途中で桜の木を見つけ、それを盾にして身を守る。着弾した腕は、爆発する。
木は燃え、木のあったところはクレーターが出来、その熱と衝撃波によって透は軽傷を負った。
(入学二日目にして制服がボロボロかー。しかし困ったな。あの土塊、最初に出来た場所から、全く動いてないんだよなー。ああいうのは、フツー能力者と引き離すのが常識なんだがな)
破れた袖を一瞥し、透は小さく息を吐き、
「……あーあ」
その声には、苛立ちよりも――
ほんのわずかに、楽しげな色が混じっていた。
(近接格闘はチンピラに毛が生えた程度だがあの能力は厄介だな。仮にもこの学園に入学出来るレベルの能力者か)
口角が上がっているのを透は気づかない。
(そんな奴に能力縛りは、ちとまずかったか。さてと、どうしますか)
そして透は周りを見渡し、ため息を吐く。
一方その頃、荒は焦っていた。
(今ので死なねーのかよ、クソッ)
ゴーレムは飛ばした片腕を再生させるため周りの土を吸収している。
荒はロケットパンチを追尾させるため、そして腕を再生させるために集中をしていて、動けずにいた。
数メートル先の透は刹那、姿が消える。
「ヤロー、どこ行きやがった」
さっきまで透がいた近くの木の枝が揺れた。
サッサッと壁から足音が聞こえる。
〈接続〉と呼ばれる無系統型。
波動を足に纏わらせて、壁や水面を立つ技術で、訓練された能力者なら誰でも出来る技術である。
そんな技術を使って、透は壁を伝って走っていき、
「速ェ」
ゴーレムを使って壁から撃ち落とすにも、速すぎて狙いが定められなかった。
瞬間、壁から飛んで荒の間合いに入る。
間合いにいきなり入られた為、ゴーレムを使って攻撃ができず、戦斧を振ろうにも透の攻撃より遅かった。
透の手が、荒の頭を鷲掴みにする。
すると荒は脱力して、倒れた。
*****
「風紀委員会だ。暴れている奴がいると聞いたぞ。一体どこだ」
ボブヘアの背の高い女生徒と数名の風紀委員の腕章をつけた生徒が駆けつける。
「あぁコイツです。ちょっと暴れていたので、少し制圧させてもらいました」
透は、意識を失って倒れている大男を指差した。
ボブヘアの生徒が面食らいながら、代表して声を掛ける。
「ん、そ、そうか。じゃあ多分、君が襲われたという生徒かね。すまないが、ちょっと同行してもらいたい」
面倒くさい、と言いたげな顔を露骨に出す透。
「すいませーん、この中に一部始終見ていた生徒はいませんか? その方も出来れば、お話しして頂きたいのですが」
風紀委員会の男子生徒がまだ残っていた野次馬の人たちに声を掛ける。
今さっきの戦いをどう説明すればいいか、自分たちも同行しないといけないのか、そんな感じで野次馬たちは騒めく。
まあ出るわけないよなと諦めた顔をして背の高い女生徒は諦めて、透に話しかけようとすると、一人手を挙げた。
「私が、一部始終見ていました」
その顔を透は見て、呆れる。
手を挙げたのは、白神アリスであった。
「はぁ……」
深いため息を吐く透。




