10話 能力者の学園 その2
「じゃあ今日は、俺と一緒に部活動を見て回ろうぜ」
ホームルームが終わると同時に、亮太が当然のように肩を組んでくる。
「今日は早く帰って寝るって決めてる」
透はそう言って、鬱陶しそうにその腕を振りほどき、教室を出ようとした。すると——。
「昨日は校舎と室内系の部活動を見ました。ですので、今日は体育会系を見る予定です。なので、今日も一緒に見に行きませんか?」
淡々とした声で、アリスが会話に加わる。アリスの顔は『すぐ帰ろうとする透と一緒に行きたい』という意思が見えてとれた。
「じゃあ決まりだな。今日は三人で行くぞ」
亮太は満足そうに笑い、半ば強引に二人を引っ張る。
こうして透は、渋々ながらも亮太とアリスに連れられ、体育館やグラウンドにある部活動を見て回ることになった。
*****
能力者の身体能力は、能力を持たない人間の三倍から四倍に及ぶ。
その影響で、スポーツ競技の在り方も大きく変化した。
競技場の広さは従来の倍。
使用されるボールは重さが五倍に増し、強度も大幅に引き上げられている。
グラウンドの設備や校舎の家具、あらゆる施設は、能力者が全力で動いても壊れないよう、徹底的に頑丈に作られていた。
そんな学園のグラウンドには、学生たちの掛け声や勧誘の声に混じって、桜の花びらが舞っている。
まさに、青春の始まりを象徴するような光景だった。
――にもかかわらず。
芝生の坂の上で、一人だけ枯れたように黄昏れている少年がいた。
透は、グラウンドの喧騒を遠巻きに眺めながら、コンビニで買ったパンを齧っている。
最初は三人で部活動見学をしていたはずだった。
だが、亮太はというと、あちこちで声をかけられては盛り上がり、そのままどこかへ消え、
アリスはアリスで、あらゆる部活動の体験に参加し、丁寧に話を聞き、真面目に実技までこなしている。
昨日は透も部活動体験に付き合った。
しかし今日は、その気になれない。
結果、二人を放って、こうして一人で黄昏れているわけだ。
「……帰ってもいいけど」
透はパンの袋をくしゃりと潰しながら、ぼそりと呟く。
「亮太のやつ、絶対うるさいよな。……仕方ねぇ、どっかあともう一つくらい見に行くか」
ぼそっと独り言を呟く。何も言わずに帰れば、次に会ったときに亮太から長々と文句を言われるのは目に見えている。
想像しただけで顔をしかめ、せめて連絡だけでも入れておくかとスマートフォンを取り出した、その時だった。
「なら少し、ボクたちと話をしないか黒神クン」
背後から声をかけられ、透は振り返る。
そこに立っていたのは二人の女生徒だった。
そこに立っていたのは二人の女生徒だった。
一人は赤毛を一つに束ねたポニーテールの少女で、引き締まった体つきから鍛錬を怠っていないことが一目で分かる。しかしその表情や雰囲気には、まだ年相応の柔らかさが残っていた。
もう一人は肩口まで伸びた茶髪の少女で、華奢ながらも均整の取れた体つきをしている、一般的な女子高生と言うべき少女である。
「あぁ、すまない。ボクは武本茜」
「……水村ゆかです。よろしくお願いします」
茜の背後に控えていたゆかが一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「こちらこそ……あ、いや、頭を下げられると困るから。上げてくれ、水村さん」
慌ててそう言うと、ゆかは少し驚いたように目を瞬かせてから、素直に顔を上げる。
三人は芝生の坂に並んで腰を下ろし、
「早速だけど、キミが今年の実技試験一位なんだよね」
茜がそう切り出した。
唐突な問いかけだったが、その声音に冗談めいた響きはない。透の反応を確かめるように、茜はじっとその顔を見ている。
「さっきの射撃を見て確信した。あれは偶然じゃない」
射撃の場面を思い返しているのか、茜の目には先ほどまでとは違う真剣さが浮かんでいた。
「まあ……一位なのは事実だけどな」
透は特に気にした様子もなく答える。
「やっぱり……噂は本当だったんですね」
ゆかは感心したように声を漏らした。
驚きがそのまま声に出たような反応だった。透の実技試験での成績について、何かしら耳にしていたらしい。
「すごいです、黒神くん」
「ありがとう。でも、俺にとっては大したことじゃないよ」
透は照れたように視線を逸らす。
褒められることに慣れていないのか、それとも本当に気にしていないのか。本人の態度からは、そのどちらなのか判然としない。
「あと、名前は透でいい」
「うん、じゃあ透くん」
ゆかは素直に頷いた。
「それならわたしのことも、ゆかでいいです」
「それならボクも茜でいい」
二人が続けて、呼び方を変える。
呼び方が変わっただけで、二人の間にあったわずかな距離が少し縮まったように感じられる。
「そういえば」
ゆかが何かを思い出したように顔を上げる。
「鬼龍院くんとよく一緒にいますよね。同じ中学だったんですか?」
「いや、高校からだ。ただちょっとしたバイト仲間なだけだ」
「バイトですか?」
ゆかが聞き返す。
思いがけない言葉だったのだろう。先ほどまで穏やかだった表情に、わずかな興味が浮かんだ。
「能力を買われて、色々やらされる。そういうやつ」
「「ふーん……」」
二人の声が重なり、茜は透の横顔をじっと見つめていた。
その視線は、ただ興味を持っているというだけではない。何かを測るようでもあり、試すようでもある。けれど、透にはその意図までは読み取れなかった。
「それはどんなバイトなんだ?」
茜が尋ねる。
透は一瞬だけ黙り込んだ。
答えるべきかどうかを考えるような間だったが、やがて視線を茜へ戻す。
「守秘義務があるから無理」
それだけ答えた。
「なるほど」
茜はそれ以上踏み込まず、満足そうに頷いた。
あっさりと引いたところを見ると、無理に聞き出すつもりはなかったらしい。
「なら質問を変えよう。キミは、どうしてそこまで強くなった?」
「わたしも、気になります」
ゆかも身を乗り出す。
二人の視線が揃って透へ向いた。
「……アリスといい、みんな同じこと聞くな」
透は小さくため息をついた。
「よく質問されるな……」と聞こえない声で呟き、
「悪いけど、それもあんまり話せない」
「そうか」
茜は今回もあっさりと引いた。
「まあ、能力の伸ばし方なんて人それぞれだしな」
それ以上は追及しない。
透も余計な説明をする必要がなくなり、僅かに肩の力を抜いた。
しばらくの間、三人の間に会話はなかった。
遠くのグラウンドから聞こえてくる掛け声と、風が吹き抜ける音だけが静かに響いている。
「……しかし」
沈黙を破ったのは茜だった。
「しかしこの学校、思ったより広いな。歩くだけでいい運動になる」
「分かる」
透は芝生に寝転び、空を見上げながら答える。
仰向けになったまま、透は広い空をぼんやりと眺めていた。
「昨日も校舎見て回っただけで、脚が重かった」
「え、透くんでもそうなんですか?」
ゆかが意外そうに首を傾げる。
「透くんなら平気なのかと思ってました」
「どんなイメージだよ。まぁ平気だけど、面倒くさい」
透の返事に、ゆかの口元が緩む。
「それは……理由としてどうなんですか」
くすっと、ゆかが小さく笑った。
「でも、安心しました。透くんみたいにすごい人でも、ちゃんと人間らしいところがあるんだなって」
「初対面で人間扱いされてなかったことに驚きなんだが!?」
透が思わず身を起こす。
あまりにも予想外の言葉だった。
「あ、ごめんね。そんなつもりじゃなくて」
「ゆか、からかわれているぞ」
茜が半目になって指摘する。
ゆかは一瞬きょとんとしたあと、ようやくその意味に気づいたらしい。
「……あ」
顔が赤くなり、頬が膨らむ。
そんなゆかの様子を見て、透は呆れたように息を吐いた。
「だが、意外と親しみやすいな、キミは」
茜がそう口にする。
「あー、自分から誘っておいて置いてかれたからな。キャラ変して友達を作ろうと思ったんだが、失敗したな。もうやめよう」
透は投げやりに言いながら、再び横になった。
そのまま芝生に身体を預け、二人から顔を背ける。
あまりにも分かりやすい態度に、茜とゆかは顔を見合わせた。
そして、どちらからともなく苦笑する。
先ほどまで漂っていた緊張感は、いつの間にかすっかり薄れていた。
静かな風が吹いた、その時。
「——!?」
それまで気の抜けた様子だった表情が、一瞬で変わる。
透は顔を上げ、時計塔の近くへ視線を向けた。
「な、なに?」
急に雰囲気が変わった透を見て、ゆかも戸惑ったように声を上げる。
茜もまた、透の視線を追うように時計塔の方へ目を向ける。
そして、すぐに表情を引き締めた。
「キミ……感覚が鋭いんだね」
「そういう茜こそ。よく分かったな」
二人の視線が、時計塔の方へ向いたまま重なる。
すると、その方向から数人の生徒が走ってくるのが見えた。
息を切らしながら駆けてくる彼らは、こちらへ近づくにつれて速度を緩めるどころか、むしろ急いでいるようだった。
そして、透の顔を確認した瞬間、先頭の男子生徒が声を上げる。
「黒神って、お前のことだよな」
「そうだけど……」
透は立ち上がりながら、男子生徒を見る。
すると、派手めな女子生徒が焦った様子で、
「アンタの名前を叫びながら暴れてるヤツがいて大変なのよ。ちょっと来て!」
「はあ?」
あまりにも突然の話に、透は思わず眉をひそめた。
思い当たる相手がすぐには浮かばない。
一体誰だよ、とぼやきながら、透は生徒たちの後を追った。




