9話 能力者の学園 その1
入学式から一夜明けた。
透は四月の初めに引っ越しを済ませ、学園からおよそ五百メートルほど距離にある学生寮で生活している。
徒歩でも十分で通える距離になったため、眠たげな足取りで朝の通学路を歩いていた。
「あ、透君。おはよう」
背後から自分の名を呼ぶ声が聞こえ、透は振り返る。
そこに姿勢の整った、清楚な雰囲気の女生徒――生徒会長の七瀬涼菜が立っていた。
「おはようございます、会長」
「うん、おはよう」
にこやかに微笑みながら挨拶を返される。そして、自然な流れで隣に並び、二人は並んで歩き出す。
「透君は徒歩通学なんだね」
「ええ。学園に通うことになったので、最近この近くの寮に移ったんです。それより、七瀬家ってこの辺りでしたっけ?」
その問いに、涼菜は少し困ったように首を振った。
「本家は京都なの。でも朔夜家とは代々付き合いがあってね。千歳さんがここにこの学園を建てたでしょ? それで、私たちも近くに別荘を建てよう、って話になったの」
楽しそうに続ける。その時のことを思い出したのか、熱を籠って話し続けた。
「私がこの学園に入学する時、本家が『送り迎えをつける』って言い出してね。でも私、生徒に『おはよう』って言いながら登校したかったから断ったの。そしたらちょっとしたケンカになったけど、最終的には向こうが折れて、今は自由に通ってるの」
「……じゃあ、一人暮らしですか?」
「ううん。お手伝いさんが三人いるから問題なし。それに今は、妹も弟も京都にいて、妹は中学校、弟は高校に通っているけど……」
そう言って、少しだけ胸を張る。
彼女の話す姿は、【十帝能力者】の孫娘でなく、ただの長女のようであった。
そんな姉らしい態度に、透は微笑んで耳を傾けた。
「来年は妹がここに入学するって言って聞かないのよ。だから全然、寂しくなんてないんだから」
そんな会話をしているうちに、二人は曲がり角へ差しかかる。
視界の先に、学園の校舎群と、その中央に立つ時計塔が見えてきた。
そこで涼菜が、ふと思い出したように声を上げる。
「あっ、そうだ。今日から生徒会役員が集まる日だったんだ」
「そうなんですね、それなら急いだほうがよろしいでしょう」
「うん。じゃあ透君、先に行くね。また学園で会ったらお話ししよ」
そう言うと、軽く手を振り、駆け足で校門の方へ向かっていった。
忙しい人だな、と思いながら、透は少しペースを落として学園へ向かう。
*****
朝のホームルームにて藤林亜刀は大量のスマートフォンが入ったダンボールを持ってきた。
「はい、じゃあまずこれ配ります。みんな回してください」
クラス全員に、スマートフォンが配られる。
特段、変わった機種ではなくごく一般的なモノであった。
「それが学園指定端末です。教科書も資料も全部そちらに入ってます。連絡や宿題の提出もそれでやりますので、失くさないでください。弁償代や補充に時間がかかるので、気をつけてください」
藤林は集中してない生徒たちに視線を向けるためパンッと手を叩く。その音に生徒たちは、気を取り直し視線を真っ直ぐに藤林に向けた。
「それじゃあ次です。このクラスの委員長を決めます。やりたい人いますか?」
少しの間の後、一人の少女が静かに手を挙げた。
「他にいないですね。じゃあ委員長は、神無月御沙希さんとなりました。挨拶と、この後のことよろしくお願いします」
名前を呼ばれた神無月御沙希は立ち上がり、丁寧に一礼する。その流れる作法は、厳しく教わったのか、鮮やかで美しかった。
「この度、委員長を務めさせていただくことになりました。神無月御沙希です。よろしくお願いします」
腰まで届く長い紺色の髪。巫女装束が似合いそうな、清楚で大和撫子然とした少女だった。
「それではこの後は、委員会とか学校行事の説明します。それの後、レクリエーションをやりますので第四校舎に集合です。本日は二限目までなので、最後まで集中してください」
*****
レクリエーションの内容は三メートル先の的に向かって、能力の源である波動を撃ち込む射撃テストである。
能力者が生成するエネルギーは総称して《波動》と呼ばれる。
その波動を形状やイメージによって変換して操作する、誰にでも習得可能な基礎操作を『無系統型』という。
一方、波動を特定の性質へと変換し、個人固有の力として発現させるものを『有系統型』と呼ぶ。
火を操る者、雷を放つ者、未来を視る者など、その内容は千差万別だ。
今回のテストは、無系統型波動を弾丸状に圧縮し放出する基本技術――〈砲撃〉の精度を測るものである。
測定項目は、能力発動速度、波動弾の速度、威力、精密性。
ここは、それらを測定及び訓練するための専用射撃場である。
こうしたテスト結果をもとに、能力者にはランクが与えられ、
ランクはSSからGまで、九段階。
最高位であるSSランクは、世界に百人しか存在せず、称号と序列を与えられる名誉の階級だ。
だがさらにその上――
国家すら凌駕する人外として扱われる存在。
《EXランク》
現在確認されているEXランクは五名。
そのうちの一人が、この学園の理事長――朔夜千歳である。
「では復習も兼ねて、まず私がお手本を見せますね」
藤林は右手の人差し指を的に向ける。
直後、空気を切り裂く音が響き、
的の中央に、小さな穴が穿たれている。
「発動速度二秒。弾速二メートル毎秒。威力三七〇〇。精度誤差〇.四ミリ。結果、S」
委員長となった御沙希が、冷静に数値を読み上げる。
『おお……』
生徒たちから感嘆の声が漏れる。
平均発動時間が四秒であることを考えれば、かなり優秀な数値だ。
「では、出席番号順でお願いします」
こうしてレクリエーションは始まる。
「発動速度五秒。弾速二.五メートル毎秒。威力三六〇〇。精度誤差十三ミリ。結果、Aマイナス」
「ありがとうございました」
測定を終えた生徒は、丁寧に一礼した。
「次、鬼龍院亮太」
「はーい」
気の抜けた返事とは裏腹に、亮太の動きは無駄ない。
右手を突き出した瞬間、波動弾が放たれる。
「発動速度二.五秒。弾速二メートル毎秒。威力三六〇〇。精度誤差〇.七ミリ。結果、Sマイナス」
軽薄に見えるが、亮太は筆記五位、実技四位のエリートだ。
「次、黒神透」
「うーす」
透は他の生徒と同じ動作で右手を突き出し、〈砲撃〉を展開する。
「発動速度一秒。弾速三メートル毎秒。威力三九〇〇。精度誤差〇.四ミリ。結果、Sプラス」
結果、Sプラス。
一瞬、射撃場から音が消えた。
次の瞬間、遅れてざわめきが爆発する。
「今、Sプラスって……」
「このテストで!?」
「Sランク上位でも滅多に出ない成績だぞ……」
「フッ…」
何やら満足気の様子の透を亮太は慌てて連れ出しその場を去る。
ただ一人――。
白神アリスだけが、冷静で強い興味を宿した視線で、透を追っかけていた。
「では、気を取り直して、次。白神アリス」
「はい、了解しました」
その後、白神アリスは藤林亜刀と全く同じ成績を叩き出す。
本来なら教師級と称される結果だったが、クラスメイトの興味は未だ、透の話で盛り上がっており、その事実はほとんど話題にすらならなかった。
ただ一人、アリス自身だけが、その状況を静かに受け止めている。




