
武田信玄は、攻撃特化型の車懸りに対し、防御特化型の鶴翼で対抗。
まるで鶴が翼を広げたように、
左右へ大きく部隊を広げる陣形である。
敵軍を中央へ誘い込み、
左右から包み込む事を目的としていた。
武田軍は、
騎馬隊と歩兵を連携させ、
敵の動きを封じながら圧力を掛けていく。
一方で、
陣形が広がる分、
中央突破には弱いという危険も抱えていた。
第四次川中島の戦いでは、
上杉軍の猛烈な車懸りによって、
武田軍は激しい攻撃を受ける事となる。
戦国時代を代表する名将、
武田信玄の知略が詰まった陣形である。