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第七話 八幡原

夜明け前の八幡原は、深い霧に包まれていた。




冷たい風が川中島を吹き抜け、兵達の鎧を静かに鳴らす。




武田信玄は、馬上から霧の先を見つめていた。




「……静かだな」




傍らに控える山本勘助が、ゆっくり頷く。




「だからこそ、恐ろしいのです」




霧の向こうには、上杉軍がいる。




越後の龍――上杉謙信。




幾度も刃を交えながら、決着のつかなかった宿敵。




今日こそ、雌雄を決する戦となる。




武田軍の兵達にも緊張が走っていた。




槍を握る手には汗が滲み、

誰もが霧の奥を睨んでいる。




その時だった。




「敵影!」




前方の兵が叫ぶ。




霧の中から、

無数の旗が浮かび上がった。




毘の旗。




上杉軍だ。




静寂を切り裂くように、

法螺貝が鳴り響く。




ブォォォォ――――ッ!!




その音と同時に、

霧の壁を突き破り、

上杉軍が姿を現した。




「来るぞ!!」




武田軍に緊張が走る。




先頭を駆ける白馬の武者。




上杉謙信。




軍神と恐れられる男は、

一直線に武田本陣を目指していた。




「車懸りか……!」




山本勘助が目を見開く。




上杉軍は次々と前列を入れ替えながら突撃する、

必殺の戦法――車懸りの陣を仕掛けてきたのだ。




武田軍先陣が激突する。




槍がぶつかり、

刀が火花を散らし、

八幡原は一瞬で地獄へと変わった。




兵達の叫び声。




馬の悲鳴。




飛び散る血。




霧に包まれた戦場で、

武田と上杉、

両軍の命運を懸けた戦いが始まった。

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