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第八十六話:『賞味期限の残火、あるいは灰の未来予測』
アパートの六畳一間に、ストロングゼロの空き缶が転がる乾いた音が響く。
カナは座椅子に深く沈み込み、モニターの青白い光に照らされた自分の手を見つめていた。
戦いの中で刻まれた小さな傷跡。酒のせいで少しだけ浮いた血管。ハンター用のジェルで誤魔化している肌のくすみ――。
「ねえ、コウタ」
「なんだよ。今、動画の書き出し中だって言っただろ」
コウタは振り向かない。
その拒絶に近い無関心が、今のカナには鋭利な刃物のように感じられた。
「私たち、いつまでハンターできるのかな」
唐突な問いに、キーボードを叩くコウタの手がわずかに止まる。
「何言い出すかと思えば」
「だって、そうじゃん。いつまでも若くないし。綺麗でなんて、ずっといられない」
カナは自分の頬に手を当てる。かつては誰もが振り返った美貌も、酒と寝不足で衰えていくのが自分でわかる。
「あの仏御前だってさ、千年経ったらあんな化け物になってたじゃない。私だって、いつかあんな風に、誰にも見向きもされない化け物になるんだわ」
カナは新しい缶を開け、喉を焼くような炭酸を流し込んだ。
アルコールで麻痺させようとしても、心の奥底に溜まった澱のような不安は、むしろ鮮明に形を成していく。
「ねえ、コウタ。たまに、全部なくなる気がするの」
「何が」
「全部。あんたが言ったみたいに、私が『ちゃんとしてない』から。怪我してハンターができなくなったり、配信がオワコンになったり。そしたら、私、あんたに何を提供できるの」
カナは立ち上がり、ふらつく足取りでコウタの背中にしがみついた。
彼の体温を感じることで、かろうじて自分がこの世界に繋ぎ止められていることを確認する。
「そうなったら、どうしよう。私には何もない。あんたを繋ぎ止めておける『若さ』も『数字』もなくなったら、あんたはどこへ行くの?」
「…………」
「怖いんだよ」
声が震える。
「先のこと考えるのが、辛い。外に出れば、みんな当たり前に『明日』の話をしてるのに。私たちには、今日を燃やす燃料しかないじゃない」
カナの指が、コウタのシャツを強く握りしめる。
爪が食い込み、布地が軋む。
「幸せになりたいわけじゃない。ただ、終わるのが怖いの」
カナの声は最後、震える嗚咽に変わった。
未来を見据えて「ちゃんとした」準備ができるほど、彼女の魂は強くない。
ただ、今この瞬間の執着だけが、彼女を動かす唯一の動力源だった。
「ねえ、コウタ。未来なんて来なきゃいいのに。このまま、二人で灰になるまで、今が続けばいいのに」
カナは彼の背中に顔を押し付け、子供のように泣いた。
―――
コウタは依然として、暗いモニターを見つめたままだ。
だが、その背中に伝わるカナの震えを、彼は否定しなかった。
長い沈黙の後、彼は小さく息を吐いた。
「灰になったら、一緒に掃き溜めに捨てられるだけだろ」
その声は、相変わらず平坦だ。でも、そこには確かに、彼なりの「答え」があった。
「お前らしくて、いいじゃないか」
カナは顔を上げる。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、にたりと笑った。




