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第四十八話:『供物の簒奪、あるいは幸福の横取り』

 バスルームからシャワーの音が聞こえる間、カナは暗い部屋で一人、スマホの画面を執拗にスクロールしていた。


『食事の共有は、心の障壁を取り除く最短ルートです。美味しいという快楽を共に味わうことで、脳は相手を「生存に必要なパートナー」だと誤認するのです』


 「生存に必要なパートナー」。その言葉がカナの脳に心地よく響く。

 ふと視線を落とすと、床には先ほど自分が放り捨てた、実家の匂いがする紙袋が転がっていた。


「……これ、……うまいわね」


 カナは袋から銘菓の箱を取り出し、真っ白な饅頭を一つ、口に放り込んだ。上品なあんこの甘さが広がる。実家の、あの「まともな平和」の味がする。それが無性に癪に障り、カナは次々と饅頭を口へ運び、安酒で無理やり流し込んだ。


「……全部、……私が食べてあげる。あんたの幸せも、……思い出も、……全部私の胃袋で汚してあげるわよ」


 動画を見ながら、無感情に咀嚼を繰り返す。

 だが、甘いものばかりでは「共鳴」に足りない。カナはふらりと立ち上がると、冷蔵庫から賞味期限の怪しい冷凍のジャンクフードを取り出し、レンジに放り込んだ。

 ガタゴトと鳴る回転皿。漂い始める安っぽい油の匂い。その時、ガラリと脱衣所の扉が開いた。


「……おい。お前、何してんの。それ、俺が家族と食べてほしくて買ってきたやつ……」


 湯気を纏い、石鹸の匂いをさせたコウタが呆然と立ち尽くしている。

 カナはコウタの椅子に深く踏んぞり返り、口の端に饅頭の白い粉をつけたまま、ゆっくりと彼を振り返った。


「……家族? ……ああ、あたしのことね。そうよね、あたしに全部食べてほしくて買ってきたのよね。いいわよ、半分こしてあげる」


 カナは最後の一つを半分だけ齧り取り、残りの「半分食べかけ」を、指先でコウタの唇に押し付けた。


「……ほら、食べなさいよ。あんたの大事な思い出、あたしが綺麗に汚してあげたんだから」


 コウタは空になった箱と、カナの指先に残った無惨な食べ残しを交互に見て、深くため息をついた。


「……お前、……それ、本気で言ってんのか。……汚ねえな、マジで」


 その言葉を聞いた瞬間、カナの瞳がパッと輝いた。


「……えっ! ……今、なんて言った? 汚してほしいってこと!? ……ふふっ、そうよね! あんた、本当はあたしにめちゃくちゃに汚されたかったのよね! あたしの味がしないと、美味しくないもんね!」


 カナは立ち上がり、歓喜に震えながらコウタの首に腕を回した。動画の「共感」が、最悪な形で正解を導き出したと確信している。


「……嬉しい! やっぱりあたしたち、完璧にシンクロしてるわ! ……あ、そうだ。ちょうどいいわ。汚してほしいなら、もっと付き合いなさいよ」


 カナはチンと鳴ったレンジから脂の浮いた皿を取り出し、コウタに突きつけた。


「……ストゼロ、切らしたわ。……買ってきなさいよ。今すぐ。あんたのことも、あんたの胃袋も、あたしが全部汚し尽くしてあげるから」


 風呂上がりで清潔なコウタを、カナはギラついた執着の瞳で見上げた。

 


「……お前、マジで……。……あーあ、せっかく風呂入ったのに。一本でいいんだな?」



「……二本よ。あんたの分も、あたしが半分飲んで汚してあげるから。……早く行きなさいよ、コウタ」


「……わかったよ。その代わり、お前も風呂入っとけよ。酒臭くてかなわねえから。……行ってくる」


 コウタは少しだけ呆れたような、けれどどこか拒絶しきれない響きを声に残して、夜の街へと出て行った。

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