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夜明けの拒絶、刻印の代償

 

カーテンの隙間から差し込む朝の光。

カナは、割れるような頭痛と共に目を覚ました。

肌に触れるシーツの感触、そして隣にいるコウタの体温。

昨夜の記憶が、濁流となって脳内にフラッシュバックする。

(――「大好き」「ずっと私の家にいて」……)

酒に任せて吐いた、重すぎる愛の言葉。

そして、その「報酬」としてコウタを貪り、カメラの赤ランプの下で彼を解体・記録した自分の醜い熱量。


「……っ!」


カナは跳ね起きると、隣でまだ眠っているコウタの腰を、躊躇なく思い切り蹴り飛ばした。


「……何、寝てんのよ。……さっさと起きて、顔洗ってきなさいよ」


床に転げ落ちたコウタが、寝ぼけ眼で自分たちの状況を確認する。

背中には、昨夜カナが刻み込んだ無数の爪痕。


「……おはよ。……約束通り、朝飯食ったら帰るから。そんなに怒るなよ」



「……黙れ。昨日のこと、一文字でも覚えてたら殺すから。全部、酒のせいだから。……勘違いしないでよね」


カナはシーツを胸元まで引き上げ、鋭い視線でコウタを射抜く。

だが、コウタがよろよろと立ち上がり洗面所へ向かおうとした瞬間、彼女の体が反射的に動いた。

すれ違いざま、彼の首筋に顔を埋め、深く、肺が痛くなるほどその匂いを吸い込む。


「……っ、ふぅ。……よし。行っていいよ」


本能的に「マーキング」を済ませ、満足したように彼を突き放す。

コウタが苦笑しながら洗面所へ消えると、カナは即座に隠しカメラを回収し、布団の中に隠した。

ふと、テーブルに残っていた「ストゼロ缶」が目に入る。

一口残っていた液体を口に含むと、喉を通り抜けたのは、アルコールではない無味乾燥な「水」だった。

(……水。……あいつ、私にこれ飲ませて……)

騙された、という屈辱。

だがそれ以上に、泥酔して暴走する自分を否定せず、ただ優しく「水」で介抱しようとしたコウタの温度が、冷たい水を通じて胃に染み渡る。

(……ズルいよ、コウタ。そんなふうに優しくされたら、私……余計に、あんたを壊したくなっちゃうじゃん……)

気遣いの純粋さに、カナの強情な心がトポトポと甘く溶けていく。

彼女は空になった缶をギュッと握りつぶし、今度は吸い寄せられるように、コウタが寝ていた側の布団へと完全に潜り込んだ。


「……っ。いい匂い。私の、コウタの匂い……」


物理的な本人が目の前にいる時は「回避」が勝ってしまうが、その「痕跡」だけになった瞬間、彼女の独占欲は最も純粋な形で暴走する。


「……好き。……大好き。……あーあ、もう。……私、本当にどうしちゃったんだろ」


洗面所の水音が止まる。

カナは慌てて布団から這い出し、不機嫌な顔を作って台所へ向かった。


  朝食のテーブル

キッチンから不機嫌そうな包丁の音が響く。

テーブルには、昨日買ったマグロの残りと、少し焦げた目玉焼き。

カナは背中を向けたまま、乱暴に味噌汁の椀を置いた。


「座れば。

 食べて、さっさと帰りなさいよ」


コウタは言われるがまま椅子を引き、箸を取った。


「いただきます。……なあ、カナ。なんか機嫌悪くね? どうしたんだよ」



「別に。機嫌なんか悪くないし。

 ……っていうか、あんた。

 昨日、あれ。水だったでしょ」


核心を突かれたコウタが、箸を止めて苦笑いする。


「ああ。気づいたか。流石に飲みすぎだったからさ。

 怒ってる?」



「別に」


カナはそう言い捨てて、プイと顔を背けた。

だが、その耳たぶは隠しきれない熱を帯びて、真っ赤に染まっている。


「今日も泊まれるよね」


唐突な問いかけ。

帰したくない、離したくないという本音が、乾いた声で漏れ出す。

しかし、コウタはマグロを口に運びながら、いつもの調子で答えた。


「分かった分かった。

 これ、うまいな。ありがとなカナ」


受け流されたのか、肯定されたのか。

カナは「負けた」ような気分になり、慌てて白米を口に詰め込んだ。


「うるさい。黙って食べて。

 食べ終わったら、一秒でも早く私の家から消えて。

 あんたの匂い、臭いのよ」



「へいへい」


「掃除したい」というのは、もちろん嘘だ。

彼がいなくなった瞬間、その残り香に溺れ、隠し撮りした映像の「研究」を始める準備をしたいだけ。

カナは食事の間、一度もコウタと目を合わせなかった。

だが、その視線は常に、コウタが動かす箸や、咀嚼する喉元を、獲物を観察するような執拗さで追い続けていた。


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