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第24話:偽りのバズと、静かな監視
翌朝。
小松の低い雲から漏れる光が、散らかった床を照らしていた。
カナはベッドの中で、まだ熱をもった自分のお腹に意識を向けていた。
昨夜、彼に無理やり跨った時の、あの硬い感触が消えない。
触れられていないのに、奥の方がじくじくと疼いて、頭がおかしくなりそうだった。
「おはよ。ちょっとコウタ、潔癖症なの? パソコンのまわり、汚いけど」
「……何がだよ。べつにいいだろ」
コウタは淡々と答えながら、コップの縁を丁寧に拭っている。
だが、彼が向き合っているパソコンのまわりは、飲みかけの缶やコードが山積みで、埃をかぶっていた。
「ふふ、どの口が言ってるの? 足元のコード、埃まみれじゃない」
カナは重い体を引きずるようにして、ベッドから這い出した。
下着姿のまま、コウタの背後に忍び寄る。
彼女はわざと、自分の熱い肌を、彼の背中にべったりと擦り付けた。
「ねえ、昨日みたいに危ない橋を渡ると……身体の芯が、ずっと火照ってこない?」
カナは彼の耳元で、わざと甘く湿った声を漏らした。
「私はまだ、昨日の続きがしたくて……ずっと熱いんだけど」
コウタの肩が、ぴくりと跳ねた。
「……っ」
不意にコウタが振り返り、カナの手首を掴んでベッドへと押し戻した。
腕を強引に引き剥がされ、視界がひっくり返る。
シーツに沈む背中の感触と、上から覆いかぶさってくる彼の体温。
カナは期待して、脚を広げた。
もっと激しく、昨夜よりもひどいことを、彼がしてくるのを確信して。
「ちょっと、冷たっ! 何すんのよ、いきなり!」
だが、肌に触れたのは熱ではなく、刺すような冷たさだった。
カナが驚いて目を開けると、コウタは無表情のまま、保冷剤を彼女の足の付け根……もっとも熱い場所に、強引に押し当てていた。
「動くな。やっぱり捻ってる。熱持ってるぞ」
「いた、痛いって言ってるじゃない! 離してよ!」
「冷やさないと、次の仕事で歩けなくなるぞ。大人しくしてろ」
コウタは冷たい声で言いながら、逃げようとするカナの脚を膝で押さえつけた。
「アンタ、ほんと気持ち悪い。ずっと私を見てるのね」
「仕事だ。お前の動きのクセを全部わかってないと、いい動画は作れない」
コウタが手を離そうとした、その時。
カナは逃げるどころか、冷えたままの足で、コウタの腰をぎゅっと挟み込んだ。
不意を突かれたコウタの体が、カナの上に重なる。
「嫌よ。ねえ、そんなに私を監視してて楽しい? 飽きたら捨てて、もっと『扱いやすい女』でも探せばいいじゃない」
カナは挑発するように笑い、コウタの首に腕を回して、その耳たぶを甘噛みした。
「こうやって私のダメなところを見つけて、喜んで。アンタ、本当に最低の男ね。私の足なんかどうでもいいから……早く、昨日の続きをやりなさいよ」
足は離さず、自分の熱を彼に押し付ける。
「カナ、痛いって。もういいだろ」
コウタは、スルリとカナの脚から離れた。
拒絶というより、もう用は済んだというような、あまりに淡白な態度。
取り残されたシーツの冷たさが、カナを狂わせる。
「逃げるの? 本当に弱虫ね! アンタみたいな空っぽな男、私の道具でしかないんだから! 勘違いしないでよ!」
背中を向けて歩き出すコウタに、カナはさらに鋭い言葉をぶつける。
だが、その叫びを遮るように、トースターがチンと鳴った。
「……いや、お前、朝から元気すぎ」
コウタはいつものパーカーのまま、朝食をテーブルに並べた。
カナはその不器用な「日常」を前に、毒を吐くのを忘れて、椅子に座るしかなかった。
だが、黙って食べるのは癪だった。
「……ねえ、あんた。愛情が足りなくない?」
カナは並べられた安っぽいトーストを指先で突き、コウタを睨みつけた。
「こんなにかわいい彼女に、トースト一枚なんて。日本人ならカレー、寿司、焼肉でしょ! 朝から気合で用意しなさいよ!」
むくれた顔でまくしたてる。
自分を道具扱いする彼への、精一杯の抵抗だった。
しかし、コウタは視線すら上げない。
「……うるさい。朝から食えるわけだろ」
その時、再びトースターが「チン」と軽快な音を立てた。
香ばしい、脂の焼ける匂いが狭い部屋に広がる。
コウタが取り出したのは、絶妙な焼き色のカリカリベーコンだった。
「ほら。……文句あるなら食うな」
皿に放り出されたベーコンの熱気と匂いに、カナの喉が思わず鳴る。
カナは、目の前に並べられた朝食を睨みつけながら、さらに声を張り上げた。
「お腹すいたのよ! ……あんたのこと、食べちゃってもいいんだけどね!」
挑発するように身を乗り出すが、コウタは動じない。
彼は無言のまま、マグカップにインスタントの粉をさらさらと落とした。
沸騰したてのお湯が注がれると、甘いコーンポタージュの香りがふわりと立ち上がる。
続けて、適当に手でちぎられたレタスと、つるんと剥かれたゆで卵が皿に置かれた。
「……食え。それ以上は出ないぞ」
「ちょっと! 全部チンで作ってんじゃないわよ、この手抜き男!」
文句を言いながらも、カナの手は止まらない。
カリカリのベーコンを口に放り込み、レタスを噛み締め、スープを喉に流し込む。
昨夜、あれだけ体力を使い、今朝もひと暴れした後の身体には、その安っぽい味が驚くほど染み渡った。
結局、皿の上はあっという間に空になった。
カナは満足げにスープの最後の一滴を飲み干すと、ふぅ、と小さく息をつく。
だが、すぐにまたコウタの顔を見上げて、わざとらしくお腹をさすった。
「お腹すいた」
「……お前、さっき完食しただろ。底なしかよ」
コウタは呆れたように吐き捨てたが、重い腰を上げて再び冷蔵庫へ向かった。
彼がテーブルに置いたのは、500グラム入りの大きなプレーンヨーグルトのパックだった。
さらに、あのストレスを和らげると話題の、例の小さな乳酸菌飲料も一本添えられている。
「……これでも食ってろ」
カナはさっそくパックの蓋を引き剥がし、大きなスプーンで中身をすくって口に運んだ。
だが、一瞬で顔をしかめる。
「……っ、ちょっと! 砂糖入れてよ、甘くなさすぎ!」
「プレーンなんだから当たり前だろ。体にいいぞ」
「プレーンじゃないの! 私が求めてるのは、もっと甘くて、こう、愛情たっぷりのやつ! こんなの酸っぱいだけじゃない!」
カナは怒鳴りながらも、次のひと口をまた口へ運ぶ。
文句を言いながら、結局は彼が差し出したものをすべて胃に収めていく。
「ニンニク!」
コウタはため息をつきながらも、三度キッチンへと向かった。
冷蔵庫の奥から取り出したのは、新聞紙に包まれたニンニクの塊だ。
手際よく皮をむき、アルミホイルで包むと、手慣れた動作でトースターへ放り込む。
数分後、再び「チン」と音が鳴り、部屋中に強烈な香りが充満した。
「ニンニクぅ!」
カナは目を輝かせ、差し出されたホイル焼きを夢中でつつく。
ホクホクとした身を口に放り込み、満足そうに頬を緩めた。
「……お前、朝からニンニクかよ」
ここまで読んでくれてありがとう。
作者は今日もギャルゲーのせいで睡眠不足で脳のネジが飛びかけています。
感想・ポイント・お気に入りは、作者の現実逃避からです。




