表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/59

22

22話:アイアン・パイン号の暗室

外はすっかり暗くなっていた。巨像のシルエットが、夜空に黒く浮かんでいる。


「カメラ、切ったぞ」


アイアン・パイン号の重厚なドアが閉まった瞬間、車内は密閉された静寂に包まれた。

外ではまだ、巨像の咆哮が遠く地鳴りのように響いている。

コウタは運転席に深く身を沈め、ハンドルを握る手の震えを抑えるために力を込めた。

全身を、猛烈な倦怠感と吐き気が襲う。


「貸しなさいよ、それ」


助手席のカナが、泥に汚れた手でコウタの腰からストロングゼロの缶を奪い取った。

プルタブを弾く乾いた音が、静かな車内に異様に大きく響く。

彼女は一気に半分ほどを喉に流し込み、熱い吐息と共に背もたれに頭を預けた。

先ほどまで「枷奈」として叫んでいた傲慢な仮面は、もはや影も形もない。


「……ねえ。さっきの、撮れてた?」


「ああ。ドローンは最後まで回ってた。光線がショップを焼き払うところも、お前が魔石を欲しがって、俺が引き摺り下ろしたところも。……全部な」


カナは窓の外、遠ざかっていく巨像の黒いシルエットを見つめた。

暗い車内のモニターに映し出される未編集の映像。

そこには、圧倒的な死の光を背に、互いに縋り付くようにして泥を這う二人の姿があった。


「…………カットね」



「え?」



「私がアンタに『実家なんて頼らなくて済む』って言ったところ。あそこ、全部カットしなさい。音声も、私の顔が映ってるところも」


カナの指先が、空き缶のアルミをミシリと歪ませた。

ビジネスとしての「不仲」を守るためではない。

あの一瞬、巨像の光に焼かれそうになりながら、コウタを失う恐怖で剥き出しにしてしまった自分の「内面」が、世界中に晒されることに耐えられなかったのだ。


「わかった。あそこはカットする。『無能な助手のせいで魔石を取り損ねた』って、お前が俺をなじるテロップに変えとくよ」


「そう。それでいいわ。完璧。完璧なゴミ動画の出来上がりね」


カナは力なく笑い、残りの酒を飲み干した。

コウタはエンジンをかけ、軽トラを小松へと走らせる。


「……それにしても、やっぱあの巨人、最強だわ。……あんな光線、掠っただけで即死だぞ」


コウタがハンドルの振動を感じながら、恐怖を吐き出すように言った。

あんな「絶対的な正解」を突きつけられたら、人間の努力など砂上の楼閣にしか見えない。


「……何よ。3分あるんでしょ? 次のチャージまで。……その間に、懐に潜り込んで倒せばいいじゃない。……私ならやれるわよ」


カナは強がって、空き缶を指先で弾いた。


「……無理だよ。……そもそも、基本スペックが違いすぎるらしい。……光線なしでも、あの像には誰も勝てない。……ギルドの記録でも、生存率が絶望的なんだ」


コウタはふっと、視線を前方に戻した。

その横顔には、恐怖とは別の、どこか救われたような色が混ざる。


「……でも、ちょっとな、嬉しいんだよ。……姿はあんなんなっちゃったけど。……あの像が最強なのがさ」


「……はぁ? アンタ、頭焼かれたの?」


カナが不審そうに眉を寄せ、酒の回った瞳でコウタを睨む。

コウタは小さく笑った。


「子供の頃、好きだったからさ。……俺にとって、ずっと最強のヒーローだったんだ。……だから、誰にも勝てないくらい強くなって、あの場所に君臨してるのが……少しだけ、誇らしいんだよ」


その言葉に、カナは黙り込んだ。

自分を殺しかけた存在を「誇らしい」と呼ぶコウタの歪み。

自分たちを拒絶し、焼き払うほど強大な存在に、幼い日の記憶を重ねて安らぎを得ているコウタ。

その「自分には入り込めない領域」があることに、カナは激しい嫉妬と、それを上回るほどのやりきれなさを感じた。


しばらくの沈黙の後、カナがぽつりと呟いた。


「……ねえ、もしさ。……二人で、あの光に焼かれてたら」


「……何言ってんだよ、縁起でもない」


コウタは眉をひそめ、チラリと彼女を見た。


「あれ、結構人、死んでるぞ。魔石に目がくらんで、逃げ遅れた奴ら」


「……そうなんだ」


カナは窓の外、遠ざかる巨像の影を見つめたまま、静かに言った。


「……だから、足下にあんなにあったんだよな」


「……ねえ、コウタ」


カナの声が、車内の暗がりに溶ける。


「今が、一番私たち、輝いてる?」


「……はぁ?」


コウタは呆れたように息をついた。


「輝くも何も、汚れまみれだよ。泥と酒と、あんたの汗の匂いで、この車中ヤバいことになってる」


「……ハンターなんて、どうせ」


カナは呟くように続ける。


「何にも、ないしね」


「一緒に死ぬとか、考えてないからな、俺は」


コウタのその一言に、カナの唇が微かに歪んだ。

コウタはその笑みの意味に気づかないまま、アクセルを踏み込んだ。

暗い車内で、カナの指がそっと、自分の手首——さっきまでコウタの手が乗っていた場所——をなぞっていた。


「……コウタ。……手、貸して」


カナが、暗闇の中で左手を差し出した。

コウタは一瞬躊躇し、それから自分の手を彼女の掌に重ねる。

泥と、酒の匂いと、冷え切った体温。

最強のヒーローにも救い出せない二人の夜が、ゆっくりと小松へ向けて動き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ