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21話:断絶の編集点


「……カナ! しっかりしろ、まだカメラ回ってるぞ!」


コウタの鋭い声が、巨像の地鳴りに震えるショップ内に響いた。

その一言で、カナの瞳から混濁した熱がスッと引く。

彼女は自分がコウタの頬に触れていた手を、まるで汚らわしいものを見るかのように乱暴に振り払った。


「……わかってるわよ。アンタに言われなくても、この『無能な飼い犬』をどう演出するかくらい考えてるわ」


カナは荒い息を整え、わざとらしく冷笑を浮かべてドローンのレンズを睨みつけた。

後でコウタが編集しやすいように、「不機嫌な枷奈」という記号をカメラに刻み込む。

だが、その指先はまだ小刻みに震えていた。

巨像の重圧というよりも、先ほど自分が口走った「一緒に飼われよう」という、ビジネスの枠を超えた本音が録画されたことへの動揺だった。


「ほら、さっさと立ちなさいよ! ……今の、撮り直しはしないからね。アンタが情けなく膝をついたシーン、スローで使ってやるんだから」


「……ああ、わかったよ。……いい素材シーンになっただろ」


コウタは魔法の反動の倦怠感を、視聴者には「無能ゆえの虚弱」に見えるよう自嘲的な笑いで隠した。

巨像の咆哮が、今度はショップのバックヤードを直撃する。

檻が砕け、魔力汚染された獣たちが一斉に牙を剥いた。


「……チッ、しつこいわね! コウタ、モタモタすんな、逃げるわよ!」


カナは【絡め取る残火エモーショナル・バインド】を広範囲に展開した。

だが、それは魔物を撃退するためではない。

「コウタを安全に誘導する」という目的を隠し、あたかも「逃げ遅れそうなコウタを無理やり引き摺って歩く」という横暴なポーズで彼を確保した。


「離せ、自分で走れる……っ!」


「黙りなさい! アンタが死んだら、誰が私の荷物を持つのよ!」


ショップの天井が轟音と共に崩れ去る。

背後の巨像が、すべてを塵に変える絶対的な沈黙のまま、その巨大な足首をゆっくりと持ち上げた。

アイアン・パイン号のライトが、土煙の向こうで微かに瞬いている。


「……死なないわよ。……私がアンタを、捨てると決めるまでは」


カメラには「道具としての執着」にしか見えないよう、彼女は低い声で、毒を吐くように、だが祈るように囁いた。


「……カナ、伏せろ!!」


コウタの叫びが、錆びついたショップの屋根を突き抜けた。

次の瞬間、頭上の巨像の腕が、不自然な角度で十字に組まれる。

キィィィィン、という鼓膜を裂くような高周波。

巨像の右手首付近から放たれたのは、白銀の破壊光線――「神罰の閃光」だった。

光が通過した軌道上にあるものは、すべてが原子レベルで分解され、ショップの半分は一瞬にして赤黒い焼け野原と化した。


「……は、……ぁ……っ」


コウタに押し倒されたカナは、砂を噛みながら目を見開いた。

鼻を突くのは、焦げた鉄とオゾンの匂い。

光線の余波に巻き込まれた魔物たちは、悲鳴を上げる暇もなく消滅していた。

だが、その跡地には、高熱で精製された純度の高い「魔石」が、星屑のように無数に転がっている。


光線の余波に巻き込まれた魔物たちは、悲鳴を上げる暇もなく消滅していた。

だが、その跡地には、高熱で精製された純度の高い「魔石」が、星屑のように無数に転がっている。


「……見てよ、コウタ。……すごい。あれ全部拾えば……私たち、もう一生、泥を啜らなくて済むじゃない」


カナの瞳に、極限状態の昂ぶりと、剥き出しの強欲が宿る。

普段の攻略数ヶ月分に相当する輝きが、焼けた土の上で彼女を誘惑していた。


(あれさえあれば……)


彼女はふらふらと立ち上がり、魔石の海へと手を伸ばそうとする。


(あれさえあれば、私は……私はあんたを、もっとうまく飼えるのに)


頭の中に、鮮明な映像が浮かぶ。

新しい機材。もっと広い部屋。コウタ専用の椅子。そして――彼の首に付けた、見えない首輪を握る自分の手。


(あんたはいつも「実家」とか「正しさ」とか、そういう見えないものに縛られてる。……でも、目の前にあるものほど確かなものはない。金よ。金があれば、あんたを縛ってる見えない鎖を、全部私の手に変えられる)


カナの指先が、震えながら魔石の方へ伸びる。


(実家なんて、もう来なくていいようにしてあげる。あんたの親が与えられなかったものを、私が全部与える。……そうしたら、あんたはようやく、私だけを見るようになる。外の空気なんて吸わなくていいように、私の匂いだけを吸って生きるようになる)


その妄想に、彼女の口元が歪んだ。


(人生、変わるんだよ。私も、あんたも。……一緒に、変われるんだ)


「バカ、やめろ! ……まだ来るぞ! 次のチャージが始まってる!」


コウタがカナの腰を強引に抱き寄せ、無理やり引き戻した。

現実に引き戻されたカナの耳に、巨像の「核」が警告灯のように赤く明滅する音が聞こえる。


「……離してよ! あれがあれば、アンタだって実家なんて頼らなくて済むでしょ!? ……私がアンタを、誰にも文句を言わせないくらい稼がせてあげるのに!」


その叫びの奥には、届かなかった本音が渦巻いている。


(私があんたを、飼う側になれるんだ)



「死んだら金も酒もねえんだよ! ……いいから走れ!!」


コウタは自身の脚に溜まった100m全力ダッシュ後のような疲労を、アドレナリンで強引に麻痺させた。

背後でカウントダウンが始まる。

ドローンは、火柱と魔石の山を見捨てて逃げ惑う二人の「惨めな敗走」を、最高に皮肉な映像として記録し続けていた。


「……っ、クソ、車まであと少しだ……!」


「……待って、……あ、あはは! 見てよコウタ、カメラ回ってるわよね? ……『無能な助手が魔石を拾い損ねたせいで、大損した』って……そうテロップ入れなさいよ……っ」


カナは震える声で笑いながら、コウタの腕の中で「枷奈」としての毒を吐き続けた。

そうでもしなければ、かつてのヒーローの成れの果てに、心が焼き切れてしまいそうだったから。

二人は火の粉が舞う中、アイアン・パイン号の荷台へ倒れ込むように滑り込んだ。


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