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79 追い求める理由

 見送りを終えたマルクスは、不機嫌な様子で邸宅へと戻っていく。


「ちょっと待ってよ、マルクス!」

「待たない! 気分が悪いんだ、僕は」


 目を釣り上げながら、彼は苦々しく言い放つ。


 玄関ホールで出迎えてくれた家令も、魔導士長の感情的な姿に、驚きの表情を見せている。


 ソフィアは後を追いながら、いつもとは違う、マルクスの態度に戸惑っていた。


「ねえ、どうしてそんなに怒ってるのよ? それに“秘術”ってなんなの?」


「なんで君に、そんなこと教えなきゃいけないわけ!?」


 食い気味な怒鳴り声が、高い天井に響いた。


 振り返ったマルクスを見て、ソフィアは口をつぐむ。こちらをにらんでいるはずなのに、その瞳は寂しげに揺らめいていた。


 まるで手負いの猫が、必死に毛を逆立てているようだ。


 マルクスにとっては、触れてほしくない話題だったのかもしれない。


「ごめんなさい。家族の話に、首を突っ込むべきではなかったわね」


 ソフィアが素直に謝ると、魔導士長はばつが悪そうに顔を背けた。


「いや、僕こそごめん。少し言いすぎたかもしれない」


 マルクスは再び歩き始めたが、ソフィアを遠ざけるつもりはないらしい。自分の部屋に向かって、ゆっくり進んでいく。


 先に口を開いたのは、魔導士長のほうだった。


「お師匠様が探されているのは、死者をよみがえらせる聖魔法だ」

「……え!?」


 ソフィアに構わず、マルクスは淡々と話し続けていく。


「お師匠様がまだ、神殿に入る前。僕と一緒に暮らしていたころの話だ。本当なら、僕にも母親ができるはずだった」


 どうやら、唐突な昔話が始まったらしい。ソフィアは困惑しながらも、黙って耳を傾けていた。


「お師匠様の婚約者は、決して目立つような人ではなかったけど、穏やかで気配りができて、そして、とても優しかった。僕にも、ずいぶんと親切にしてくれたよ。『本当の親子になりましょう』なんて言っちゃってさ。まぁこぶ付きだってのに、お師匠様を選んだ時点で、変わった人だったのかもしれないけど」


 ケタケタと笑いながら、マルクスは遠い目をしている。


「でも、あと数日で結婚式って時に、あの人は消えてしまった。当時の僕は幼かったから、詳しくは教えてもらえなかったけども。どうやら、物取りの仕業しわざだったらしい。鞄を盗まれ、服も奪われ、ぼろぼろになったあの人だけが、裸のまま川辺に打ち捨てられていた」

「なんてこと……」


 壮絶な話に、ソフィアは言葉を失ってしまう。


 上機嫌でマルクスと談笑していたニコラス神官に、そのような過去があるとは思ってもみなかった。


「きっとお師匠様も、本気で死者が生き返るだなんて思ってはいないよ。でも、奇跡に頼りたくなるぐらいには、受け入れ難い光景だったのだろうね」


 そして彼は足を止める。気づけば二人は、マルクスの部屋の前に立っていた。


「だからお師匠様は、僕を残して大神殿に入ったんだ。家族を取り戻せる、そんなわずかな可能性にすがるために。それで僕らは、もうずっと会えてなかったんだから、本末転倒って感じだけどさ」


 そう言い切った彼の顔には、普段とちっとも変わらない、にやけた笑みが張りついている。


「“秘術”の話はおしまい! なにか、他に聞きたいことでもある?」


 ソフィアは胸が締めつけられる思いだった。嘘っぽい笑顔が、本心を隠すためのものだということは、明らかなのだから。


「なに、同情でもしちゃった? なんなら、慰めてくれてもいいんだよ?」


 にやにやと両腕を広げながら、マルクスはおどけてみせた。


「馬鹿! なんて冗談言ってるのよ」


 でも、目の前に立つ相手が、エリアス兄さんやケビンだったなら。ソフィアはきっと、思いきり抱きしめていただろう。


 せめてもの思いで、マルクスの手を強く握りしめる。


「ねぇ、マルクス? もしかして、なんだけれども。あなたが“流星の禁術”を研究しているのは、神官様のためなの?」

「え?」


 そう尋ねられた彼は、意外そうな表情を浮かべた。


 前世のソフィアが、死の間際にかけられた“流星の禁術”。

 使用こそ禁じられているが、この魔術がなければ、ソフィアは四年前の世界に転生することはできなかった。


「だって、“流星の禁術”を使っちゃいけないのは、術者が死んでしまう理由が分からないからでしょ? それさえ解決できれば、自由に過去へ戻れるじゃない」


 前世のマルクスが、安全性の担保されていない禁術を行使したのは、一か八かの賭けだったはずだ。


 もし、なんのリスクもない転生術を、マルクスが手に入れられれば。


 過去に戻って、神官様の婚約者を、悪漢あっかんから救い出すことだってできるかもしれない。


「さあ……だとしたら、なんだって言うの?」


 蜂蜜色の瞳が、ツルつき眼鏡の奥からじっとこちらを見つめている。

 発言の真意を引き出そうとするような、真剣な眼差しだった。


「もしそうだとすれば。私は、マルクスの力になりたいって思っただけよ」

「……はあ?」


 魔導士長はぽかんと口を開け、それからせきを切ったように笑い出す。


「本気で言ってるの? 僕の話が、本当かどうかも分からないのに!?」


 マルクスはひとしきり笑い転げたあとで、目尻の涙をぬぐい、ソフィアの手を握り返した。


「相変わらず、君はお人よしだね」


 それは今までに聞いたことのない、柔らかな声だった。


 えっと、声の主は、間違いなくマルクス……よね?


 目をまん丸くさせたソフィアの耳に、次に飛び込んできたのは、とある男性の叫びだった。


「マーケル魔導士長様ー!」


 廊下を駆けてきたジラール家の騎士は、肩で息をしながら敬礼する。


「どうしたんだい、そんなに慌てて?」


 マルクスは、さり気なくソフィアから離れていく。


 あまり交流のない騎士に対しても、気兼ねなく話しかけていく姿は、いつも通りのお調子者らしく見えた。


「先ほどモンドヴォール邸から、早馬が着きました。モンドヴォール公爵様からの伝言をお伝えいたします」


 呼吸を整えた家来は、姿勢を正してから口を開く。


「ご息女であらせられるステファニー様より、ふみが届いたとのこと。魔導士長様には、魔術の痕跡があるかどうか、急ぎ分析してほしいとのことです」


「……へぇ。じゃあ、ちょっと顔を出してくるから、ソフィアのことお願いね」


「あの、お願いとは一体……わぁ!?」


 マルクスは指先を一つ鳴らすと、ソフィアと騎士を残したまま、モンドヴォール邸に瞬間移動したのだった。

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