78 意外な関係性②
「なぜお師匠様が、ジラール邸に?」
戸惑う息子を、神官は勢いよく抱きしめた。
「なんだっていいじゃないか。それよりも、ずいぶんと久しぶりだね。こんなに大きくなって!」
「もう! 子ども扱いはやめてくださいと、何度お伝えすればいいんですか!?」
父親の体を引き剥がそうとしながらも、マルクスの口元は、わずかにほころんでいる。
ソフィアの視線に気がついたのか、魔導士長は言い訳をするように口ごもった。
「勘違いしないでよ。お師匠様は、あくまで育ての親! ちょっと距離感がおかしいだけで、これは別に、父親とじゃれ合ってるわけじゃないからね!?」
「ええ、分かっているわよ」
ソフィアは微笑みながら、優しく告げる。
いつも余裕綽々としているマルクスが、こんなふうに照れている姿を見るのは、なんだか新鮮だわ!
二人の関係については、帰りの馬車の中で、ニコラス神官からも説明を受けていた。
かつて貧民街で暮らしていた一人の孤児は、その膨大な魔力量から存在自体を危険視され、魔塔に幽閉すべきだという話が出ていたらしい。
そこで救いの手を差し伸べたのが、ニコラス神官だった。
彼は幼子が力をコントロールできるようになるまで、責任を持って成長を見届けると誓い、実の子同然に育て上げたそうだ。
その孤児が、ここにいるマルクスだという。
「たまたま会場に居合わせていた私が、警護も兼ねてお見送りさせてもらったんだ。いやあ、楽しかったよ! なんせ、マルクスにとっては初めての弟子だろう?」
ニコラス神官が盛り上がっている間に、ようやくレオンが馬車から降りてきた。
彼はふらつきながらも自分の力で歩いて行こうとしたが、使用人たちに押し切られ、しぶしぶ担架で運ばれていく。
「ところで。聖魔法と魔術の関係性については、ステファニー様へお伝えしていなかったのかい? 基礎中の基礎じゃないか」
「彼女に聖魔法は不要だと判断しましたので」
師匠からの問いかけに、マルクスは平然と答えた。
「駄目だよ、物事は順序立てて説明しないと」
神官は浮かない表情で、こちらに向き直る。
「申し訳ありません、ステファニー様。マルクスは優れた魔導士ですが、優秀すぎるが故に、常識から外れているところがありまして」
彼は弟子の代わりに頭を下げたあとで、再び口を開いた。
「魔術も聖魔法も、呼び名こそ違いますが、やっていることは全く同じです。人体に宿る神秘的な力を用いて、想像もできないような結果を導き出す。その根源となる力のことを、魔導士たちは『魔力』と呼び、神殿の者は『神聖力』と呼んでいるわけです」
ソフィアはなるほど、と手を打つ。
だからニコラス神官は、ソフィアの行った魔力操作を、『神聖力を用いた聖魔法』と捉えたのか。
「ではどうして、同じ力を異なる名前で呼んでいるのですか?」
ソフィアの素朴な疑問を受けて、神官は真面目な顔つきになる。
「あくまで推測になりますが、魔塔と神殿の方針の違いが、別の名で呼ぶようになった要因ではないでしょうか」
「魔塔と神殿の違い……ですか?」
真剣に話し合う二人の横で、マルクスは心底興味がなさそうな、間の抜けた顔をしている。
「体内に備わっている不思議な力を、どのように行使すれば、己とは異なる存在にまで影響を及ぼせるのか。それを追究し始めた人々が、やがて魔導士と呼ばれるようになっていきました。もともと学術的な研究の要素が強い派閥から、彼らは生まれたとされていますね」
ニコラス神官は講師のように、流暢な解説を続けていく。
「新しい魔導具が、魔塔で作られ続けている点からも、魔導士たちが勉強熱心な面々であることは明らかでしょう。それに比べて、神官たちは自己の精神を鍛えることで、神と対話するための能力を磨くのが、当初の目的でした」
彼は目を輝かせながら、楽しげに話している。
ふと、ソフィアは気づく。だんだんと早口になる点も含めて、マルクスが“流星の禁術”を語る時と、そっくりな口調だわ!
「やがて神聖力により、他者の病を癒せることが明らかになると、神官たちは神に与えられた奇跡だと大いに喜びました。そうして、信者たちに救いの手を差し伸べるべく、力の使い方を学んでいくことになります。ですので、今でも聖魔法は、治癒魔法に属するものがほとんどなのですよ」
「あのさぁ、お師匠様? 立ち話にしては、さすがに話が長すぎるんじゃない?」
弟子から指摘を受け、ようやく神官の長話が止まった。
「これは失礼いたしました! 部外者が、長々と話し込んでしまいましたね」
「いいえ! 勉強になります、ありがとうございます」
恐縮している神官へ、ソフィアは慌てて言葉を返す。
すると、人懐っこい笑顔がこちらに向けられた。笑った表情も、なんだかマルクスに似ている気がするわ。
「治癒魔法は、様々な場面で役に立ちますよ。大神殿に所属している私たちの場合は、挙兵の際に現地へ同行して、傷病人の一次対応に当たったり、時には王族方の治療に協力することもあります」
「あーもう、また始まった! お師匠様が一人で話し続ける癖は、いまだに直っていないのですね」
マルクスの呆れ声に、吹き出してしまいそうになる。
そんなところこそ、二人はそっくりだというのに。ちっとも自覚がないのね!
「分かったよ、マルクス」
ソフィアの考えが、神官にも伝わっていたのかもしれない。彼は息子の頭を撫で回すと、微笑んだまま、姿勢を正した。
「ではステファニー様。夜も更けてまいりましたし、そろそろ神殿に戻ろうと思います。王太子妃候補でなければ、ステファニー様にも神殿入りを勧めたいほどですが……残念ですね」
「まさか。“お嬢様”が神に仕えるなんて、さすがに冗談でしょ?」
マルクスの苦々しい表情は、『ありえない』とはっきり告げていた。
「いいや。聖魔法を習ったわけでもないのに、体から有毒物質だけを取り出せたんだ。ステファニー様には素質があるし、神殿へ招き入れたいと考えるのは、当然だと思わないかい?」
神官は息子からの問いかけへ、熱心に答えた。対するマルクスは、信じられないといった面持ちで、声を絞り出す。
「やはり、変わってしまわれたのですね。神殿がどれほど過酷な場所か、誰よりもお師匠様が知っているはずなのに」
「そうかな。でも、聖魔法にしかできないことだってあるだろうしね」
その瞬間、マルクスの表情がはっきりと変わった。
「では、ついに見つけられたのですか? 長年探されていた、あの秘術を」
切迫した様子に、ソフィアは圧倒される。
“秘術”とはなんなのだろう。“流星の禁術”とは違う話のようだが、軽々しく口を挟める雰囲気でもなさそうだ。
「……いいや。残念だけど、あれは夢物語だったんだよ、きっと」
「あっ、神官様! もう一つだけ、お伺いしてもよろしいでしょうか!?」
馬車に乗り込もうとしていた神官を、ソフィアは急いで引き留めた。
「どうぞ。私に答えられることであればいいのですが」
こちらに向き直った神官は、穏やかな表情で、続く言葉を待っている。
「では、ええと……。神殿の皆さまは、王族方の治療にも関与されているとおっしゃいましたよね。先王陛下は、今もお元気でいらっしゃいますか?」
すると、なぜか神官の瞳に、鋭い光がギラリと宿った。
「……ステファニー様は、先王陛下と交流がおありでしたか?」
「え? ええ、その通りです!」
ソフィアはどもりながらも答える。
ステファニーと先王がどのような関係だったのか、ソフィアは全く知らない。
しかし、嘘でも吐かなければ、神官の口を割らせることはできないだろう。
前世の記憶によると、先王は近いうちに命を落とすはずだ。そして国民達には、長年患っていた病の末に亡くなったと周知される。
けれども、実際は長期間の薬物投与による計画的な暗殺だったと、秘密警察の男が語っていた。
さらにその裏では、アンヌによる連続殺人事件も動いていたとされている。レオンが毒を盛られたことも、一連の事件に無関係とは思えなかった。
この世界に転生してから二ヶ月近く、病床に伏しているはずの先王の情報は、一切表に出ていない。
けれども、大神殿の神官である彼なら、国王の現状を知っているのではないか。
ソフィアはわずかな期待を込めて、上目遣いで神官を見つめた。
「困りましたね」
彼は、一段と低い声で呟く。
「王族の健康状態は、国家機密です。いくらあなたが、先王陛下と親しい間柄であろうとも、お話しすることはできません」
ソフィアは肩を落とす。残念だが、そう告げられるだろうとは思っていた。
「分かりました。不躾な質問にも関わらず、お答えいただきありがとうございます」
「ですので、ここからは私の独り言だと思ってください」
「え?」
ソフィアが顔を上げると、神官は背を向けたまま、ぽつぽつと話し始める。
「今年は酷暑が予想されています。その暑さに、お身体が耐え切れるかどうか……もし、お見舞いを希望されているのであれば、なるべく早い方がいいでしょうね」
ということは、現時点で先王は、まだ存命なのだろう。そして、夏が本番を迎えるまでには、ひと月ほど猶予がある。
手詰まりになっていたソフィアにとって、これは有力な情報だった。
「あの、ニコラス・マーケル神官様……ありがとうございます」
ソフィアは『貴族』らしく、丁寧に頭を下げる。
「いいえ。私はなにもお答えできておりませんので」
寂しげな笑みだけを残して、一人の神官は屋敷を後にした。




