70 温柔と剛気
胸のざわつきを抑えながら、ソフィアは作り笑顔で、“公爵令嬢”のフリをしている。
まさか、あの人物と再び巡り会うことになるとは思いもしなかった。
四年後の未来で、ステファニーの護衛を担っていた武人。モンドヴォールの使用人とばかりに思い込んでいたが、クロエのお兄さんだったなんて!
そうなると気になってくるのは、彼がステファニーに付き従っていた理由だ。
フリオン侯爵家の跡取りが、亡命する一貴族を手助けした理由など、見当もつかない。
もしかすると、テオドールも“稀代の悪女”に心を奪われた一人だったのだろうか。
仮にそうだとしても、今世で“ステファニー”と彼が出会ったのは、幸いなことに今日が初めてのようだった。
だとすれば、彼の存在は今のところ、脅威とはならないはずだ。
きっと大丈夫よ! 半ば言い聞かせるように、ソフィアは心の中で繰り返す。
少年の部が終わった会場では、大会の関係者たちが、フィールド内に二つの正方形を描いているところだ。
剣術大会を円滑に進めるため、これからは二面のコートを用いて、次々に試合を行っていくらしい。
成人の部の決勝トーナメントは、勝ち抜き制がとられていた。大会に参加するのは、レオンを含めて十五人の騎士たちになる。
クロエの兄であるテオドールの出番は、すぐにやってきた。
「よく見ておくといい。勝負は一瞬で決まるだろうから」
モンドヴォール公爵がそう話したように、試合開始の掛け声とともに、テオドールの対戦相手が宙を舞う。
ソフィアは目を疑った。まだ、互いに剣を交わしたばかりだというのに。
あまりに重い一振りは、相手を堪えさせることすら許さなかったのだ。
試合終了の礼を終わらせると、テオドールはモンドヴォールの客席を見上げた。尖った視線は、真っ直ぐにレオンへ向けられている。
まるで、敵はただ一人だと宣言しているように見えた。
「おそらく、決勝戦では彼と戦うことになるでしょうね」
悠然とした態度で、レオンが話しかけてくる。
前回覇者のレオンは、第二回戦の最終試合から、大会に参加することとなるらしい。
第一試合に出ていた侯爵令息が、レオンと対戦するためには、トーナメントの組み合わせ上、互いに決勝戦まで進むことが最低条件となる。
連勝記録を誇るレオンは、決勝に出られるとしても、テオドールが決勝に残るとなぜ断言できるのだろうか。
「公爵様。当たり前ですけど、テオドール様の他にも、強い方々は大勢いらっしゃいますよね?」
こそりと尋ねると、彼は戦いから目を逸らすことなく答えた。
「いいかい、“ステファニー”。レオンが大会で優勝し続けているように、これまで彼は、何度もレオンへの対戦権を手に入れてきたんだよ」
心なしか、公爵の声は弾んでいるように聞こえる。
彼自身も英雄と呼ばれていたほどの実力者だ。若き才能たちに、興味が尽きないのだろう。
「昨年は留学に出たばかりで、参加を断念したようだったが、あちらでもランドサムス流の剣術指南を受けてきたはずだ。これまでとは違った戦い方で、挑んでくるかもしれないな」
彼はそのまま、第二回戦の相手も荒技で打ち倒した。気持ちのいい勝ちっぷりに、観客たちも盛大な歓声を送る。
あんなの、まるで獰猛な獣じゃない! 素人であるソフィアの目から見ても、圧倒的な力の差が存在しているのは明らかだった。
レオンはあの男に勝てるのだろうか? ほんの少しだけ、ソフィアは心配になった。
そうこうしているうちに、ようやくレオンの番がやってくる。
彼は用意されていた剣を受け取ると、目の前にスラリと掲げた。と同時に、場内で黄色い声援が響き渡る。
ハンカチーフを身につけていても、根強い人気があるらしい。
だが、集中しきっている護衛騎士の耳に、観客たちの声は届いていないようだった。
「始め!」
「っうおおおおぉお!!」
号令とともに、対戦相手はレオンに飛び掛かっていく。男は先手必勝とばかりに、両腕を大きく振り下ろした。
「危ないっ!」
会場中から悲鳴が上がったのと同じように、ソフィアも思わず叫んでしまう。
けれどもレオンは慌てることなく、わずかな体の動きだけで攻撃を避ける。
そのまま、体勢を崩した相手の武器を叩き落とすと、首元に剣を突き立てた。
場内が一気に湧き上がる。一切無駄のない、流れるような戦いだった。
レオンは頭を下げて、すぐにその場を後にする。数分もすれば、モンドヴォールの座席に姿を現すだろう。
「フリオンの長男坊と、正反対だとは思わないか?」
満足げな公爵が、ソフィアに尋ねる。
確かに、激しい力技で制圧するテオドールとは、対照的な剣技だった。
息をするように、剣が空を斬る。そしていつのまにか、相手のことさえ仕留めてしまっていた。
「幼いころから剣を交わしてきたが、レオンの柔軟さは天性の才能だ。鋭い剣先を巧みに受け流し、剛強な相手をねじ伏せる。それでいて、己の強さを鼻にかけることもないのだから、あいつを妬む対戦者も多いのだろうな」
公爵は寂しげな瞳で、ぽつりと漏らす。するとその時。
「ただいま戻りました!」
大急ぎでやってきた護衛騎士は、疲れを全く感じさせないほどの、無垢な笑みをのぞかせていた。




