46 謎の招待状①
ソフィアは馬車に揺られながら、招待状を何度も見返している。
送り主の名はクロエ。当然のごとく、カードはステファニーに宛てられたものになる。
それが届けられたのは、つい先ほどのことだった。
怒涛の舞踏会から一夜が明け、公爵へ事のあらましを話しているところに、一人の侍女が、クロエからの便りを持ち込んだ。
封を開けたモンドヴォール公爵が、なんとも歪な表情を浮かべたのが印象に残っている。
「クロエ嬢が主催する茶会へ、ステファニーを招きたいという書面が届いた。それも、今日の午後に開催されるそうだ」
「ええっ!?」
急いでメッセージを見せてもらったところ、公爵から聞いたとおりのことだけが、簡潔にしたためられていた。時刻はすでにお昼前で、すぐにでも支度を始めなければ、茶会には間に合わないだろう。
「本来こういった集まりは、当日にお呼ばれをするものではない……ですよね?」
「もちろんだ。おそらく、もともと予定していた集まりに、ステファニーを加えようとしているのだろう。そうでなければ、あまりに急すぎる」
公爵は深く息を吐きながら、こめかみを押さえた。
「君の話から考えると、やはり娘の家出には、クロエ嬢が関係していると思えてならない。であればこの茶会も、なんらかの意図を持ってステファニーを招いているはずだ。今回は断りの連絡を入れよう」
「分かりまし……」
そこでソフィアは、はたと気づく。
昨日の舞踏会では、クロエからなんの情報も得ることができなかった。これはステファニーの話を引き出す、絶好の機会かもしれない。
「どうしたのだ?」
「閣下。私が代わりにフリオン邸へ向かうというのは、いかがでしょう」
ソフィアの提案を聞き、公爵の眉間のしわが、より一層深くなる。
「事の重大さが分からないのか? 足も踏み入れたことのない侯爵邸で、急に襲われたとしたら、君はどう対処する。それに茶会で出される飲食物が、安全だという保証もないのだぞ」
「ですが、そのようにあからさまな悪行を、クロエ様が自分の屋敷でなさるとは考えにくいのです。昨日の騒動は、王太子様も目撃されていますから、万が一私の身になにかあれば、真っ先に彼女が疑われるでしょうし」
「……確かに一理あるが」
そうは言いながらも、納得のいかない様子でこちらを見つめている。
「私は、この機を逃すべきではないと思います。ステファニー様の失踪の要因を、クロエ様がご存じであるならば、一刻も早くそれを聞き出さなければなりません」
「だが昨日とは違い、レオンを連れていくことはできない。あいつは近衛の一員として、すでに登城しているはずだ。身代わりの事実を隠しながら、たった一人でなにができるというのか」
こちらに投げかけられる言葉は、どれも厳しく聞こえるが、公爵の不安げな面持ちから、ソフィアを案じての発言だということが、ひしひしと伝わってくる。
「決して無理はしません! ですから、もう一度だけステファニー様のフリをさせてください」
ソフィアの強情な態度に、最後は公爵が折れたのだった。
そうして今は、フリオン家のサロンにて、クロエの向かいに腰掛けている。ソフィア以外の客人らは、まだ到着していない。
このお茶会に参加するにあたり、公爵は決してクロエと二人きりにならぬよう念を押し、心強い味方をつけてくれた。
屈強な騎士たちに加え、そばに立つ妙齢の侍女は、薬の知識を持ち合わせているらしい。万が一、口に含んだものに毒物が仕込まれていた場合、いち早く事態に対処できるようにするための人選だろう。
ソフィアは警戒しながらも、少しだけ心を弾ませていた。同年代の女性たちとのお茶会は、これが初めてになるからだ。
目の前にはすでに、紅茶の注がれたカップが用意されている。ティーポットと揃いの、スミレの繊細な絵柄が美しい。
呑気に茶具を見つめていたソフィアは、そこでようやく違和感を覚えた。普通は参加者が集まっていない段階で、お茶を提供したりしないわよね?
今のところ、令嬢たちがやってくる気配は感じられない。
ソフィアは勇気を出して、正面でうつむくクロエに問いかけた。
「他の方々は、いつごろいらっしゃるのでしょうか。すでに時間は過ぎているようですけれども」
びくりと肩を揺らしたクロエは、顔を伏せたままの状態で、ぼそぼそとなにかを呟いている。
「クロエ様。申し訳ありませんが、もう一度お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「き、今日ここへお招きしているのは、ステファニー様だけです!」
今度はつんざくような声が、部屋中に響き渡る。背後に控える騎士たちが、緊張感を高めたのが伝わってきた。
「いきなりステファニー様をお呼び立てしては、失礼だとも思ったのですが、どうしてもお伝えしたいことがありまして」
「では、お話をお聞かせ願えますでしょうか」
「あ、あの……!」
彼女は短い叫びのあとに、再び顔を下げてしまう。
「クロエ様?」
「私、ステファニー様に酷いことをしました。昨日のドレス、あれがもともとステファニー様のために仕立てられたものだと知りながら、無理やり横取りしたのです。打ち合わせの際、指定された時刻よりも早くに王城へ向かい、私の体に合うよう、職人にサイズを直させました」
そういえば昨晩も、彼女の連れが似た話を語っていた。ということは、ダンス中に王太子が漏らしていたように、クロエと意図的にデザインを合わせる予定はなかったのだろう。
「時間通りにこられたステファニー様が、私のドレス姿を見て、激しく動揺されていたことには気づいておりました。ですが私は、ステファニー様が心を痛めて、あわよくば舞踏会を欠席してしまえばいいと……」
クロエはがばりと立ち上がり、ソフィアを強く見据える。
「私が愚かでした! ドレスの件も、ステファニー様や亡き公爵夫人を侮辱したことも、到底許されることではないと理解しております。それでも、謝罪の言葉だけはお伝えしたくて。……心よりお詫び申し上げます」
そしてそのままひざをつき、深々と頭を下げた。
「おやめください、クロエ様! すでに終わった出来事を、これ以上責めるつもりはありません」
慌てて彼女の身を起こすと、こちらを涙目で見つめ返してくる。ソフィアは震える指を優しく握って、ゆっくり続けた。
「私は舞踏会へ参加できたのですし、クロエ様が気に病む必要はありません。むしろ、そのおかげで自分に似合うドレスに出会えましたから、感謝したいくらいです。それに、あの時は私も言い過ぎましたね。本当にごめんなさい」
「そんな、ステファニー様が謝られる必要など……!」
繰り返される応酬に、周りの使用人たちは不可解な顔をしている。
「お互い様ということで、この話はここまでにしませんか。クロエ様もお疲れでしょうし、私たちはこのあたりでおいとまさせていただきます」
ソフィアがそう告げると、目の前の少女は表情を暗くした。
「もう少しだけ、お話しをさせていただけませんか!? ここのお菓子も、ステファニー様にご満足いただけるまで毒味をさせますし、そのままお残しいただいても問題ありませんから!」
クロエの哀訴に、今度は隣に立つ侍女がうろたえる。おそらく彼女は、このままモンドヴォール邸へ帰るつもりで構えていたのだろう。
ここまではっきりと、ステファニーに対する仕打ちを聞かされたのだから、侯爵令嬢をなおさら危険視するのも理解できる。
けれども、あれほど強気だったクロエが、言葉を尽くして非礼を詫びたのだ。ここで疑ってかかるのは、彼女の誠意を踏みにじる行為に思えた。
ソフィアに見つめられた侍女は、しぶしぶそれを了承したのだった。
「では温かいうちに、お茶を楽しみましょう」
「ありがとうございます、ステファニー様!」
クロエは涙を拭いながら、ようやく笑みを浮かべる。
それから席に戻った二人は、広いサロンの中央で、静かにティーパーティーを始めた。
フリオン侯爵が外務卿を務めているだけあってか、テーブルには珍しい異国の菓子も並んでいる。
気を揉む侍女に見守られつつ、ソフィアがひとかじりしたアルファホールは、ほろほろとした軽い生地にドゥルセ・デ・レチェがたっぷり挟まっていて、なんとも幸せな気持ちになる。
それにしても、クロエからさほど新しい話は出てこなかったわね。
ドレスを盗まれた件は、ステファニーが自分の立ち位置を考え直すきっかけにはなったかもしれない。けれども、クロエの所業を目の当たりにしただけで、婚約者候補の立場を退こうとまで思い詰めるものだろうか。
しばらく無言でお茶を嗜んでいたクロエが、次に口を開いたのは、ソフィアがスコーンに手を伸ばしたころだった。




