第9話 裂流魚
二本の石柱が見えてくると、ルカは昨日との違いを探すように身を乗り出した。
前日に見つけた、流れの止まる場所だ。
近づくほど違いがはっきりする。
周囲では水が走っている。
なのに、二本の柱の間だけが淀んでいた。
「ほんとに流れてない」
ルカが船縁から覗く。
「ダリオ」
オーウェンが無線で呼んだ。
『準備できてる』
別艇から水中カメラが下ろされた。
ダリオが映像を確認しながら、少しずつ深度を下げていく。
『もう少し右。……そこで止める』
画面の中を濁った水が流れる。
やがて、石柱の根元が見えた。
「何あれ」
ルカが画面へ顔を寄せる。
流木。
枝。
岩。
その隙間を土砂が埋めている。
本来、水が抜けていた場所に大量のものが溜まっていた。
「塞がってる?」
「かなり狭くなっています」
フィンが過去の記録と見比べる。
シエナも地図を開いた。
「以前はここから二方向へ流れてる。今は片方にほとんど抜けてない」
「じゃあ、これで流れが変わった?」
ルカが聞く。
「影響は大きいと思います」
フィンは断定しなかった。
「最近、北側の川が増水しています。その時に流木や岩、土砂が流れ込んだ可能性はあります」
「どかせば戻る?」
「勝手には触らん」
オーウェンだった。
「え?」
「今の状態も記録する。動かすかどうかはその後だ」
ルカはもう一度、水中映像を見る。
「原因分かったなら、もう終わり?」
オーウェンが振り返った。
「何しに来た」
「釣り」
「なら竿持て」
ルカの顔が上がった。
◇
『各艇、予定区画をもう一度釣れ。今の魚を残すぞ』
オーウェンの指示で、艇が石柱群へ散った。
ルカたちの第三艇も流れのある区画へ戻る。
フィンは記録機材を構え、ギルがランディング具を確認した。
ルカは水面を見る。
昨日とは違う。
魚影を探すより先に、流れを見る。
石柱に当たる。
割れる。
曲がる。
別の流れと重なる。
その時。
「いた!」
石柱の向こうに大きな影が出た。
裂流魚〈スプリットカレント〉。
ルカが反射的に投げる。
だが、また遅い。
ルアーが落ちた時には、裂流魚は別の流れへ入っていた。
「くそっ」
ギルが水面を見る。
「また魚見て投げたな」
「見えたら投げたくなるだろ」
「昨日何覚えた」
ルカは黙る。
裂流魚の姿は消えていた。
ルカは魚影から目を離した。
石柱の間を抜ける二本の流れが、少し先で近づいている。
まだ交わってはいない。
だが、このままなら。
ルカが竿を上げた。
「次、あそこ」
ギルが見る。
「魚いないぞ」
「まだ」
ルカが投げた。
何もいない水面。
ルアーが落ちる。
流れに押される。
一本目が曲がる。
もう一本が近づく。
二つが重なった。
次の瞬間。
石柱の陰から大きな影が滑り込んだ。
「来た!」
裂流魚がルアーを咥えた。
竿が深く曲がる。
「掛かった!」
裂流魚が走る。
正面。
ルカが竿を向ける。
次の瞬間、魚体が傾いた。
横から来た流れへ入る。
「右!」
ギルの声。
ルカが体を向ける。
だが裂流魚はそこにも居続けない。
数秒で次の流れへ移る。
「また変わった!」
力で引いているわけじゃない。
流れに入るたび、引かれる方向が変わる。
ルカの足元まで崩される。
『第三艇、その先狭い!』
ノーランの声が無線に入った。
前方の石柱間は艇一隻が通れる程度しかない。
『右側を空ける』
シエナが別艇を下げる。
オーウェンの艇も位置を変えた。
『船首を左へ。ルカのラインを柱から離せ』
「了解!」
操船員が艇を動かす。
裂流魚が再び向きを変えた。
ルカは魚を見る。
いや。
その前。
魚の先にある流れを見る。
右から一本。
柱に当たって曲がる。
このままなら魚は――。
ルカが先に竿を倒した。
次の瞬間。
裂流魚がその流れへ入った。
ラインの角度が合う。
「読んだ!」
ギルが笑う。
ルカが巻く。
魚が次の流れへ移る。
今度も先に竿を向ける。
一度。
二度。
少しずつ距離が縮まる。
「ギル!」
「まだ!」
裂流魚が艇際を走る。
大きな尾が水面を叩いた。
「次!」
ルカが竿を返す。
魚が横を向いた。
「今だ!」
ギルがランディング具を入れる。
一度外れる。
裂流魚が暴れる。
「もう一回!」
ルカが魚体を寄せる。
ギルが深く入れた。
「入った!」
魚体が保持具の中へ収まった。
「上げるな。そのまま水中」
オーウェンが言う。
ギルが魚を水に浸けたまま安定させる。
フィンがすぐ近くまで寄った。
「記録します」
裂流魚。
長い魚体が、水中の保持具の中でゆっくり揺れている。
フィンは魚体を傷つけないよう、手早く記録を進めた。
「ほんとに流れに乗ってたんだな」
ルカが言った。
フィンは記録を確認する。
「流れを利用すること自体は、これまでの記録でも知られています」
「でも?」
「流れが変わったあと、どの流れへ移るかまで追えた記録は貴重です」
計測を終える。
「状態、問題ありません」
ギルが保持具を開いた。
「行け」
裂流魚は一瞬その場に留まった。
次の瞬間。
横を通った流れへ体を傾ける。
そのまま滑るように石柱の向こうへ消えた。
ルカはしばらく水面を見ていた。
「面白かった」
「それだけか」
オーウェンが笑う。
「だって、また釣りたいし」
「そうか」
オーウェンは少し考えてから言った。
「次の釣査、来るか」
「何いるの?」
「行って見ろ」
「どこ?」
「砕岩大峡谷〈ブレイクキャニオン〉」
聞いたことのある名前だった。
七大極境ではない。それでも、世界でも指折りの難所として知られている。
「簡単な場所じゃないぞ」
「だから行く」




