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探釣師 ――まだ誰も知らない魚を求めて  作者: ヤマト


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第8話 変わる流れ

 第三艇が昨日の石柱へ近づくころ、ルカはもう船縁から水面を覗いていた。


 リングスイマーを釣った場所だ。


「この辺だったよな」


「はい。記録ではここです」


 フィンが端末と湖面を見比べる。


 ルカは船縁から水中を覗いた。


 昨日は銀色の魚が輪を作っていた。


 今日は何もいない。


「……いない」


 それだけではなかった。


 昨日大きく回っていた渦そのものが弱い。


 水面に残るのは、崩れかけた小さな流れだけだった。


「渦も違う」


「昨日より流速が落ちています」


 フィンが記録する。


 ギルも湖面を見た。


「魚がいなくなったっていうより、場所ごと変わってんな」


 無線が鳴る。


『北側、魚影多い』


 シエナの声だった。


『第三艇、そっちへ回って』


「了解」


 操船員が艇を北へ向ける。


 石柱を二本越える。


 昨日はほとんど魚影のなかった場所だった。


 今日は違う。


「いる」


 小魚が水面近くまで浮いている。


 別の艇では、すでに竿が曲がっていた。


 ルカも投げる。


 すぐに反応が出た。


 小さな魚を寄せ、ギルが取り込む。


 針を外してそのまま戻した。


「昨日ここ、こんなんじゃなかったよな」


「はい」


 フィンが昨日の記録を開く。


「魚影も少なく、流れも今より弱かったです」


 ルカは竿を持ったまま、水面を見る。


 右から来る水が強い。


 石柱に当たり、斜めに抜けている。


「昨日と水が違うから?」


「まだ、それだけでは決められません」


「そっか」


 ルカはもう一度投げようとして、手を止めた。


 少し先。


 二方向から流れてきた水が近づいている。


「フィン、あそこ」


「はい?」


「水、ぶつかりそう」


 フィンが顔を上げた。


 二本の流れが交わる。


 水面が細かく乱れた。


 その周りへ、小魚が押し寄せる。


 何匹かが姿勢を崩した。


 次の瞬間。


 水面が爆ぜた。


「うわっ」


 大きな魚が小魚の群れへ突っ込んだ。


 暗い青緑の背。


 銀色の側面。


 大きく開いた口から、鋭い歯が見える。


「衝流牙〈クラッシュファング〉です」


 フィンがすぐに言った。


 魚は一度離れる。


 だが遠くへは行かない。


 また流れのぶつかる場所へ向きを変えた。


「流れがぶつかるとこに来るのか」


 ルカが竿を構える。


 魚そのものではなく、二本の流れが交わる少し手前へ投げた。


 ルアーが押される。


 流れの衝突点へ入る。


 クラッシュファングが反転した。


 食った。


「来た!」


 竿が一気に曲がる。


 最初の走りは速い。


 魚は流れへ戻ろうと何度も向きを変える。


「無理に止めんな」


 ギルが横で構えた。


 ルカがラインを出す。


 魚が流れの外へ出た瞬間に巻く。


「今!」


 距離を縮める。


 艇際でクラッシュファングがもう一度走った。


 ルカが耐える。


 ギルがタイミングを待つ。


「そのまま」


 魚体が横を向いた。


 ギルが取り込んだ。


「入った」


 六十センチを超えている。


 太い顎。


 口を開くと、犬歯のような歯が並んでいた。


 フィンが計測と記録を進める。


「流れが衝突する場所で、姿勢を崩した小魚を狙うことが多い魚です」


 ルカはクラッシュファングより、その後ろを見ていた。


 さっきまで何もいなかった場所。


 二つの流れがぶつかると小魚が集まり、その直後にクラッシュファングまで現れた。


「戻すぞ」


 ギルが魚を水へ入れる。


 状態を確認する。


 クラッシュファングは体勢を戻すと、一気に艇から離れた。


 また流れの交わる方へ消えていく。


 ルカはその先を見たままだった。


「……魚が勝手に場所を変えたんじゃない」


 フィンが振り返る。


「え?」


「流れが変わったから、魚も動いたんだ」


 昨日リングスイマーがいた場所。


 今日、小魚が集まっている場所。


 クラッシュファングが現れた場所。


 ルカの中で、それまで別々だったものがつながった。


 フィンが端末の記録を見直す。


「それなら、複数の魚で確認地点がずれていることにも説明がつきます」


「裂流魚も?」


「可能性はあります」


「昨日いた場所じゃなくて……」


 ルカは流れの先を目で追った。


「今、あいつが乗る流れを探せばいい?」


「その見方はできそうです」


 午後。


 第三艇は石柱群のさらに奥へ入った。


 水面の向こうで魚群が散る。


「いた!」


 大きな影。


 裂流魚だった。


 ルカがすぐに投げる。


 ルアーは魚影の少し前へ落ちた。


 だが遅い。


 裂流魚はすでに体を傾けていた。


 横から来た流れへ滑る。


 石柱の裏へ消えた。


「くそ」


 ルカが巻き取る。


「魚を見てからじゃ遅いな」


 ギルが言った。


「でも見えなきゃ投げられないだろ」


「魚が来てから投げるんじゃ遅い」


「じゃあどうすんの?」


 ギルは裂流魚が消えた方ではなく、水面を指した。


「次にどこへ流れができるか見ろ」


 ルカが見る。


 二本の流れ。


 石柱。


 その先で水が交わる場所。


「クラッシュファング」


「さっきと同じだ」


 ルカは水面を見た。


 裂流魚を探す。


 違う。


 流れを見る。


 石柱に当たる。


 二つに割れる。


 片方が曲がる。


 その先で、別の流れと重なる。


「……次、あそこに流れが来る」


 その時、別艇から無線が入る。


『中央寄り、流れが合わない』


 シエナだった。


『全艇、今の区画終わったら戻って』


◇


 夕方。


 各艇の記録が地図へ重ねられていた。


 シエナが一か所を指す。


 二本の巨大な石柱の間。


「ここ」


 過去の記録では、水が柱の間を抜けたあと二方向へ分かれていた。


「今は?」


「片方がほとんど流れてない」


 ルカも地図を覗く。


「止まったってこと?」


「そこまではまだ分からない」


 シエナが現在の記録を重ねる。


 片方だけが明らかに弱い。


 オーウェンが湖を見る。


 実際の石柱は遠くからでも見えた。


 二本の間。


 周囲では水が動いているのに、そこだけ水面が妙に静かだった。


「何であそこだけ?」


 ルカが聞く。


 オーウェンは答えなかった。


「明日はここを見る」


 ルカは地図から顔を上げた。


 二本の石柱。


 その間で、止まったような水だけが残っていた。

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