↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探釣師 ――まだ誰も知らない魚を求めて  作者: ヤマト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/52

第6話 七つの極境

 クリア・スプリングスでの調査を終えたルカは、ブルーリーチへ戻っていた。


 湖へ続く水路の脇で竿を振る。


 浮きが小さく沈んだ。


 一度。


 少し間を置いて、もう一度。


 今度は横へ走る。


「よし」


 竿先を上げると、水面がぱしゃりと弾けた。


 銀色の小魚が、水滴を散らしながら上がってくる。


「お、でかい」


 手のひらより少し大きい程度だった。


 珍しい魚ではない。ブルーリーチの水路なら昔からいくらでもいる。


 ルカは手を濡らして魚を持ち、腹のあたりを眺めた。


「今日のはちょっと太いな」


「帰って早々、何してんだ」


 後ろから声がした。


「ジェイス」


「いつ戻った?」


「さっき」


 ジェイス・ローワンが水路を覗き込む。


「何釣った?」


「いつもの」


「いつものをそんな嬉しそうに見るやつも珍しいな」


「太かったから」


「そこ?」


 ルカは針を外し、魚を水へ戻した。


 銀色の体が水草の奥へ消える。


「そういや聞いたぞ。ミラーウイング」


「もう知ってんの?」


「一メートル半って本当か?」


「本当」


「写真は?」


「記録は残ってる」


「お前は撮ってないのか?」


「釣ってた」


「そうじゃねえよ」


 二人は水路沿いを歩き出した。


 その先に木造の大きな建物がある。


 壁には何本もの竿。横には小型艇。入口には魚と湖をかたどった古い紋章。


 レイクフォード釣査隊。


 ブルーリーチと周辺水域の調査を請け負う地域釣査隊だ。


 ルカは隊員ではない。


 ただ、幼い頃から何度も出入りしてきた場所だった。


「ただいまー」


「お前ん家じゃねえぞ」


「似たようなもんだろ」


「違う」


 中では何人かの隊員が道具を整備していた。


 エリン・ケイドが濡れた網を広げている。


「ルカ」


「ん?」


「ミラーウイング、元気なまま戻せた?」


「戻せた」


「ならいい」


 それだけ聞くと、エリンは網へ戻った。


 奥からハロルド・ヴェインが出てくる。


 レイクフォード釣査隊の隊長だった。


「帰ったか」


「帰った」


「面白かったか」


「面白かった」


「そうか」


 その時、ルカの端末が震えた。


「ん?」


 画面を開く。


 国際探釣機構の紋章。


 その下に案件名があった。


『石柱湖・合同釣査参加通知』


「石柱湖?」


 ハロルドが近づいた。


「見せろ」


 ルカが端末を渡す。


 国際探釣機構は、世界各地の探釣記録や水域調査、保全、遠征に関わっている。


 個人探釣師や地域釣査隊、生態記録局など、現場に関わる人間の所属や役割はさまざまだ。


 大きな案件では、必要に応じてそれらを横断した合同釣査が組まれる。


「お前、呼ばれてるぞ」


 ジェイスが横から覗く。


「なんで?」


「ミラーウイングの記録だろうな」


 ハロルドが答えた。


「釣ったから?」


「釣って終わりなら、それだけだ。生きた状態で記録を残して、戻すところまで成立させた」


「へえ」


「勘違いするなよ。実釣担当はお前だけじゃない」


 添付された参加者一覧には、何人もの探釣師、調査員、操船員、記録局員が並んでいる。


「こんなに?」


「合同釣査だからな」


 次の資料を開いた。


 巨大な湖の航空写真。


 その中央を埋めるように、何十本もの巨大な石柱が立っている。


「何これ」


 北から。


 東から。


 西から。


 複数の河川が湖へ流れ込み、石柱群の中へ消えていた。


 映像に切り替わる。


 艇が石柱群の間へ入る。


 一方向へ流れていた水が柱に当たり、二つに裂けた。


 片方は前へ。


 片方は柱裏へ回り込み、逆方向へ戻っていく。


 さらに奥では大きな渦。


「湖ってこんなんだっけ」


「石柱湖は特別だ」


 ハロルドが言った。


「でも、七大極境じゃないよな」


「ああ」


 ルカもそれくらいは知っている。


 世界には、七大極境と呼ばれる七つの水域がある。


 長い探釣史の中で幾度も挑まれ、それでもなお全貌の見えない、世界でも別格の水域だ。


 探釣師なら誰もがその名を知っている。


 だが、誰もが自由に入れる場所ではない。


 現地の許可と十分な遠征計画が整って、初めてその水域へ向かうことができる。


「一回行ってみたいんだよな」


 ルカが何気なく言う。


 ジェイスが横を見る。


「一人でふらっと行く場所じゃないだろ」


「分かってるよ」


「本当か?」


「ちゃんと行けるなら行きたいってこと」


 ハロルドが小さく笑った。


「まず目の前の石柱湖を見てこい。極境じゃなくても、知らない魚はいくらでもいる」


「それもそうだな」


 ルカはもう一度、石柱湖の航空写真を見る。


 今回、合同釣査が組まれた理由も記載されていた。


 ここ数週間。


 石柱湖で、魚のいる場所が過去の記録と合わなくなっている。


 以前多かった場所から魚が消える。


 逆に、ほとんど確認されなかった場所へ魚が集まる。


 大型魚の目撃地点もずれている。


「じゃあ今、どこに何いるか分かんないってこと?」


「場所によってはな」


 ジェイスが資料を送った。


「魚も出てるぞ」


 水中映像。


 細かな魚の群れ。


 その向こうから、大きな影が現れた。


 長い体。


 石柱の横へ入った瞬間、魚体が傾く。


 尾を激しく振ったようには見えない。


 それでも魚は横へ滑った。


 次の流れへ乗る。


 渦の外側を抜け、別の柱の陰へ消えた。


「……何今の」


 映像の横に名称が出る。


 裂流魚〈スプリット・カレント〉。


「いいな、こいつ」


 ルカがもう一度映像を戻した。


「参加者もすげえぞ」


 ジェイスが一覧を開く。


 世界には、名の通った釣査隊がいくつもある。


 大型捕食魚や大物案件で名を上げる、ダンテ・ロッソ率いるタイタン釣査隊。


 観測と解析に強いヴェイル釣査隊。


 到達困難な水域を得意とするフロンティア釣査隊。


 そして、危険水域や大型案件で実績を重ねてきたオーウェン隊。


「オーウェン隊も来るのか」


 ルカが一覧を覗き込んだ。


「やっぱ知ってるか」


 ジェイスが言う。


「そりゃ知ってるだろ」


 ハロルドが鼻を鳴らす。


「世界でも指折りの釣査隊だ」


「石柱湖なら呼ばれてもおかしくないか」


 ジェイスが続けて一覧を見る。


「タイタンは?」


「今回はいない」


「ヴェイルもフロンティアも?」


「入ってないな」


「有名な隊、全部集めるわけじゃないんだ」


「当たり前だ。水域と仕事に合った人間を呼ぶ」


 ルカはもう一覧を見ていなかった。


 裂流魚が流れへ乗って消える映像へ戻っている。


「これだけ広いなら、他にもいるよな」


「そりゃいるだろ」


 ジェイスが言う。


「裂流魚狙うのか?」


「分かんない」


「じゃあ何狙うんだよ」


 ルカは石柱群の航空写真をもう一度開いた。


「行って、何がいるか見てから」


 画面いっぱいに、石の柱と水が広がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。