第50話 調査隊
星海地底湖〈コズミック・アビス〉への参加が正式に決まったのは、オーウェン隊の事務所を訪ねてから数日後のことだった。
「決まったぞ、ルカ!」
「本当!?」
「おう! 今回の調査には俺とギル、ダリオ、それからお前が参加する」
「やった!」
ルカは思わず拳を握った。
「シエナとノーランは?」
「今回は残ってもらう。こっちの仕事もあるからな」
「そっか。また今度、一緒に行こうぜ!」
「ははっ! 伝えとくよ」
オーウェンが机の上の書類をまとめた。
「出発は五日後だ。現地から詳しい条件も届いたし、準備を始めるぞ」
「おう!」
「そういや、フィンはどうなった?」
「記録局から返事が来るって言ってた!」
「そうか。なら、あいつにもいい知らせがあるといいな」
◇
その日の午後、ルカが待ち合わせ場所へ着くと、フィンはすでに来ていた。
「フィン!」
「ルカさん!」
「どうだった?」
フィンが一枚の書類を取り出す。
「派遣が決まりました!」
「やった!」
ルカが両手を上げた。
「一緒に行けるな!」
「はい!」
フィンも嬉しそうに笑う。
「現地から生態記録担当者の派遣要請があって、これまでの釣査経験も踏まえて任せてもらえることになりました」
「よかったな!」
「ええ。ルカさんの方は?」
「俺も決まった! 五日後に出発だって!」
「僕もです」
「じゃあ、行きも一緒に行こうぜ!」
「記録局には、オーウェン隊と同じ便で移動できるか相談してあります。調整できるそうですよ」
「おっ、さすがフィン!」
「ルカさんがそう言うと思ったので」
「ははっ! じゃあ決まりだな!」
「はい。あとは準備ですね」
「俺はこれからギルのところ!」
「僕も、用意するものがあるので行ってきます」
フィンは書類をしまい、ルカと並んで歩き出した。
◇
出発までの五日間、オーウェン隊の事務所では準備が進められていた。
「ルカ、そっちのリールを取ってくれ!」
「これ?」
「おう!」
ギルは受け取ったリールを作業台に置き、ラインを確かめた。
「今回は船からの釣査だからな。魚が走った時に、こっちが自由に動けるとは限らねえ」
「うん。船の向きや、ほかの機材の位置も考えないとな」
「そういうことだ。現地の艇を見なきゃ決められねえ部分もあるが、使える道具は揃えておきたい」
ルカは並べられた釣具を見回した。
「……どんな魚がいるんだろうな!」
「そればっかりだな、お前!」
「だって、気になるだろ!」
「俺も気になるさ!」
ギルが笑った。
隣では、ダリオが機材ケースを開いていた。
「こっちは持っていけるな」
「現地の電源でも使えるのか?」
オーウェンが尋ねる。
「変換機材を用意した。接続は向こうで最終確認する」
「頼むぜ」
そこへフィンがやって来た。
「ダリオさん、少しいいですか?」
「おう、どうした?」
「僕の記録装置も確認してもらいたいんです。現地の観測機材と時刻を合わせられるようにしておきたくて」
「見せてくれ」
フィンがケースを開く。
ダリオは接続部を確かめ、必要な機材を書き留めた。
「これなら大丈夫そうだ。向こうで一度試そう」
「ありがとうございます」
ルカはフィンの荷物を覗いた。
「結構あるな!」
「採集用品も持っていきますからね。ルカさんの釣具ほどではありませんけど」
「俺のも減らしたんだよ!」
ギルが振り返った。
「まだ減らせるぞ」
「えっ!」
「現地の船に何でも積めるわけじゃねえからな」
「うーん……」
ルカは並んだ釣具を見比べた。
「じゃあ、こっちは置いていこうかな」
ギルが目を丸くする。
「おっ、珍しく決断が早えな!」
「船の上で邪魔になったら困るだろ?」
「そりゃそうだ」
オーウェンが笑った。
「よし! あとは現地で調整だな!」
◇
出発の日。
シエナとノーランが見送りに来ていた。
「荷物はこれで全部?」
シエナが確認する。
「おう。点検も済ませた」
オーウェンが答えた。
「向こうでも無理はしないでね。地下じゃ連絡が難しい場所もあるんでしょう?」
「ああ。ノックスたちと確認しながら進める」
「それならいいわ」
ノーランは機材ケースを積み込むギルを手伝っていた。
「ずいぶん重いな。帰りは減ってるといいけどな」
「機材を置いてくるわけにはいかねえだろ!」
「ははっ、そうだった!」
ルカが笑いながら荷物を受け取る。
「俺も持つ!」
「頼む!」
最後のケースを固定すると、オーウェンが全員を見回した。
「よし、行くぞ!」
「おう!」
「気をつけて行ってきてね」
シエナが手を振る。
「帰ったら、どんな場所だったか教えてくれよ!」
ノーランも声をかけた。
「もちろん!」
ルカは大きく手を振った。
「行ってきます!」
◇
セレスティア諸島へ向かう船の甲板には、心地よい潮風が吹いていた。
ルカは手すりに寄りかかり、遠くの島々を眺めていた。
「アステル島って、どれだろうな?」
「まだ少し先ですよ」
隣へ来たフィンが航路図を広げる。
「ほら、この島です」
「おお! 結構大きいな!」
「この島の地下に、あれほど大きな湖が広がっているなんて不思議ですよね」
「ほんとだよな!」
ルカは水平線へ目を向けた。
「そういえば、最初にあの湖を見つけたのって誰なんだ?」
「ミラ・エストラーダですよ」
「ミラ?」
「二鱗の探釣師です。『世界地図を広げた探釣師』って、聞いたことありませんか?」
「世界地図を?」
「ええ。地図に載っていなかった湖や、誰も知らなかった水路をいくつも発見しているんです」
「すげえ! そんな人が見つけた湖なのか!」
「はい。未知の水域を見つけ出すことにかけては、世界でも指折りの探釣師ですよ」
「へえ……会ってみてえな!」
「俺も久しぶりに会いてえな!」
振り返ると、オーウェンが甲板へ出てきていた。
「オーウェン、ミラと知り合いなの?」
「おう。若い頃からの付き合いだ。あいつは有名だからな!」
「どんな人?」
「昔っから、こっちが気づかねえ道をひょいと見つけて、勝手に先へ行っちまうような奴だ!」
「ははっ! 面白そう!」
「しかも、大発見したと思ったら、もう次の場所の話をしてやがる。まったく、落ち着きのねえ女だぜ!」
そう言いながらも、オーウェンは楽しそうに笑っていた。
「じゃあ、今もどこか探検してるのかな?」
「さあな。あいつの居場所は、昔っから掴みにくいんだ!」
「会ってみたいなあ!」
「ははっ! そのうち会えるかもしれねえぞ!」
オーウェンは遠くの島影に目を向けた。
「それより、今回お前らが会うノックスも、なかなか面白え男だぜ!」
「ノックス?」
「ミラが見つけた湖を、今も奥へ奥へと調べ続けてる探釣師だ」
「へえ! どんな人なの?」
「会えば分かる!」
「何だよ、それ!」
ルカが笑った。
船は白い航跡を残しながら、島々の間を進んでいった。
◇
アステル島へ到着した一行は、港から輸送車に乗り換えた。
海沿いの町を抜けると、道は岩山の方へ続いていた。
窓の外には、ごつごつとした岩肌が広がっている。
「……この下に湖があるのか」
ルカが呟いた。
「外からじゃ全然分かんないな!」
「そうですね」
フィンは山肌を見上げた。
「僕も、どんな景色なのか想像できません」
「早く見てみたいな!」
前の座席からオーウェンが振り返る。
「ノックスなら、いくらでも話してくれるぞ!」
「どんな人なの?」
「会えば分かる!」
「何だよ、それ!」
ルカが笑った。
やがて、山の麓に調査施設が見えてきた。
資材置き場には大きな機材ケースが並び、作業員たちが荷物を運んでいる。
「着いたぞ」
オーウェンが言った。
星海地底湖の地上調査拠点だった。
◇
施設の中へ入ると、壁には大きな地下地形図が掲げられていた。
細く延びる通路の先に、巨大な湖が描かれている。
「……でっか!」
ルカは足を止めた。
「これ、全部湖なの!?」
「確認できている範囲だけでも、これだけあるんですね」
フィンも図面を見上げる。
湖の奥には、地形の記されていない場所が広がっていた。
「その先は?」
「まだ調べているところだよ」
背後から声がした。
振り返ると、作業着姿の男が立っていた。
片手には端末。もう一方の手には、小さな機材の部品を持っている。
「オーウェン! 久しぶり!」
「おう、ノックス!」
オーウェンが手を上げた。
「紹介するぜ。こいつがエドガー・ノックスだ」
「よろしく!」
「よろしくお願いします」
ルカとフィンが挨拶すると、ノックスは笑顔でうなずいた。
「よろしく! 遠いところまでありがとう!」
エドガー・ノックス。
洞窟と地下水域を専門とする、一鱗の探釣師だった。
「さっそく案内したいところだけど……」
ノックスは言いかけて、ダリオの持っている機材ケースに目を止めた。
「……あれ、水中カメラ?」
「ああ。現地の設備と合わせて使うつもりだ」
「ちょっと見せてもらってもいい?」
「構わねえよ」
ダリオがケースを開くと、ノックスはすぐにしゃがみ込んだ。
「へえ……この接続部、いいな。ケーブルはどれくらい延ばせる?」
「仕様上は――」
二人はその場で機材の話を始めた。
オーウェンが笑う。
「おい、ノックス! まだ挨拶の途中だぞ!」
「あっ、ごめん!」
ノックスは慌てて立ち上がった。
「つい気になっちゃって」
ルカが笑った。
「なあ、ノックス! 魚の話も聞かせてよ!」
「もちろん! 話したいことが山ほどあるんだ!」
「やった!」
「ただ、その前に――」
ノックスはもう一度、ダリオのカメラを見た。
「これ、後で一緒に確認してもいいかな? ちょうど使ってみたい場所があるんだ」
ダリオは苦笑した。
「……荷物を下ろしてからならな」
「ありがとう!」
オーウェンが大きな声で笑った。
「ははは! 相変わらずだな、お前!」
ルカは壁の地図を振り返った。
岩山の遥か下に広がる、まだ見ぬ湖。
地図の奥には、調査の線が届いていない場所がいくつも残っていた。
「……早く行ってみたいな!」
ノックスが笑う。
「明日、案内するよ!」




