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探釣師 ――まだ誰も知らない魚を求めて  作者: ヤマト


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第49話 次の現場

 機構本部の通路を歩いていたルカは、前方の大きな背中に気づいた。


「……あっ!」


 男は壁際で、手にした書類をめくっていた。


「オーウェン!」


 呼びかけると、男が振り返った。


「おう、ルカ!」


 オーウェン・ハート。


 石柱湖、砕岩大峡谷、雷帝湖と、幾度も同じ現場で釣査をしてきたオーウェン釣査隊の隊長だ。


「久しぶり!」


「天龍瀑から戻ったとは聞いてたぞ。怪我はなかったか?」


「ない! フィンも元気!」


「そりゃよかった」


「オーウェンは?」


「見てのとおりだ!」


 オーウェンは両腕を広げた。


「天龍瀑、すっげえところだったんだよ!」


「だろうな。話は聞きたいが――」


「最初にあの岩峰が見えた時からもうすごくてさ!」


「待て待て!」


 オーウェンが笑った。


「ここで始めるな。今から打ち合わせなんだ」


「何の?」


「そいつは後で話す。午後、隊の事務所へ来られるか?」


「行く!」


「フィンも一緒にな。あいつの仕事が終わってからでいいぞ」


「分かった!」


 ルカが歩き出しかける。


「おい、ルカ!」


「何?」


「天龍瀑の話、最初から聞かせろよ」


「もちろん!」


「今じゃねえぞ!」


 ルカは笑って手を振った。


     ◇


 午後、ルカとフィンがオーウェン隊の事務所を訪ねると、奥から工具の音が聞こえてきた。


「お邪魔しまーす!」


「お、来たな!」


 オーウェンが顔を上げた。


 シエナは机で資料を確認し、ダリオは開いた機材ケースに向かっている。ノーランとギルは窓際の地図を挟んで話していた。


「ルカ!」


 ギルが先に気づいた。


「戻ってたのか!」


「うん! 久しぶり!」


「天湖まで行ったんだって?」


「行った!」


「そりゃ、聞かせてもらわねえとな」


 ノーランも顔を上げた。


「マーカスに案内してもらったんだろ?」


「そう! めちゃくちゃすごかった!」


「登った経路、後で見せてくれよ」


「いいよ!」


 シエナは資料を置いた。


「お帰り、ルカ。フィンもお疲れさま」


「ただいま!」


「お久しぶりです、シエナ」


「二人とも無事でよかった。少しは休めた?」


「はい。故郷にも帰ってきました」


「そうなんだ。よかったね」


 ダリオが手を止めた。


「天龍瀑じゃ、機材を上まで運んだんだろ?」


「はい。マーカスたちにも協力してもらいました」


「後でフィンに聞きたいことがあるな」


「僕もお話ししたいことがあります」


 オーウェンが椅子を引いた。


「よし、ルカ! 話の続きだ」


「最初から?」


「最初から!」


「任せろ!」


     ◇


 それからしばらく、ルカとフィンは天龍瀑での出来事を話した。


 ルカが滝を登るロンユウの姿を身振りで説明し、フィンが写真や映像を見せる。


 ノーランは登坂経路を確かめ、ギルはロンユウの動きに見入っていた。シエナとダリオからは、六人での移動や機材について質問が出た。


 話が天湖まで進む頃には、オーウェンの机の周りに全員が集まっていた。


「……いやあ、面白えな!」


 オーウェンが椅子の背にもたれた。


「俺も行きたかったぜ」


「今度、一緒に行こうよ!」


「そう簡単には行けねえだろ!」


「分かってる! また登るなら、鍛えろって言われた!」


「マーカスにか?」


「うん!」


「ははは! あいつらしいな!」


 ノーランが笑った。


「ルカ、岩場の写真は後でもらっていいか?」


「もちろん!」


 フィンも端末をしまった。


「登坂経路の記録も整理してあります。確認して送りますね」


「助かる」


 オーウェンは机の端に置いていた資料を手に取った。


「さて。今度はこっちの話だ」


     ◇


「今朝の打ち合わせ?」


 ルカが尋ねる。


「おう。それもあって機構へ来てたんだ」


 オーウェンが広げたのは、島の地図だった。


「アステル島だ」


 フィンが顔を上げた。


「セレスティア諸島の?」


「ああ」


 オーウェンが別の図面を重ねる。


 地表の下に、細長い洞窟と幾つもの縦穴が描かれていた。


 その奥には、巨大な水域が広がっている。


「……星海地底湖!」


 ルカが声を上げた。


「七大極境だろ!」


「そうだ。星海地底湖〈コズミック・アビス〉」


 ルカは図面へ顔を近づけた。


「これ、全部地下?」


「ああ」


「でっか……!」


 オーウェンが湖の一角を指した。


「今もエドガー・ノックスたちが調査を続けてる。今度、湖の奥へ調査範囲を広げる計画があってな」


「ノックス?」


「一鱗の探釣師だ。洞窟と地下水域の専門家で、星海地底湖の深部調査を進めてる」


 フィンがうなずいた。


「ノックスの報告なら、記録局でも扱っています」


「今回の話も、その調査に関係してる」


 シエナが机の資料を引き寄せた。


「釣査に参加できる人員や装備について、機構から照会が来てるんだよ」


「オーウェン隊に?」


「俺たちにもな」


 オーウェンが答えた。


「現地にはノックスたちの調査体制がある。そこへ、必要な技術を持った人間が加わる話だ」


 ルカは図面を見直した。


「湖、どうやって調べてるの?」


「ボートだ。調査艇を使って湖上へ出てる」


「おお!」


「ただし、地上の湖で使ってる船を、そのまま地下へ持っていけるわけじゃねえ。搬入や整備、電源の確保も必要になる」


 ダリオが資料を覗いた。


「調査艇の仕様は、もう出てるのか?」


「概要だけだ。詳しい資料はこれから来る」


「なら、今は何を持っていけるかも決められねえな」


「そういうことだ」


 ノーランも図面を見た。


「湖までの経路は、現地の案内が必要だな」


「ノックスたちが把握してる経路を使う。まず、そっちの条件を確認するところからだ」


 ルカは、地表から湖へ続く線を目で追った。


「地下まで行って、それから船に乗るのか……」


「ああ」


「すげえな!」


「まだ地図しか見てねえだろ!」


「地図でもすげえ!」


 オーウェンが笑った。


     ◇


 シエナは調査艇に関する資料をめくった。


「湖上へ出る人数にも制限があるね」


「そうだろうな」


 オーウェンがうなずく。


「現地の調査員に加えて、釣査を担当する人間も必要になる。だが、船を増やせばいいって話でもねえ」


「何で?」


 ルカが尋ねた。


「地下で運用できる数には限りがあるし、調査艇ごとに役割もある。観測してる船の邪魔にならねえように釣査を組む必要があるんだ」


 フィンが図面を見た。


「魚の映像を取るなら、観測機材との位置関係も大事ですね」


「そこも相談してる」


 オーウェンは湖の一角を指した。


「俺には、実際に湖上で釣査をするならどう動くかって話が来てる。魚へ接近して、必要な記録を取って、生きたまま帰す。そのための人員と作業の組み方だな」


 ギルが資料へ目を向けた。


「船上で魚を扱うなら、どんな魚を対象にするかでも変わるだろ」


「ああ。そこはノックスたちと詰めなきゃならねえ」


 ルカは湖の図面をじっと見つめていた。


「……オーウェンも行くの?」


「今は参加に向けて調整中だ」


「みんなは?」


「隊として受けてる仕事もある。今回、誰が向こうへ行くかは、もう少し話が進んでからだな」


 シエナがうなずく。


「こっちの予定も確認しないといけないしね」


「そっか」


 ルカはもう一度、星海地底湖の図面を見た。


「……俺も行きたい!」


「だろうな!」


 オーウェンが笑った。


「実は、お前にもその話をしようと思ってたんだ」


「えっ?」


「まだ候補の段階だがな。お前が興味あるなら、名前を出してみようと思ってる」


「俺?」


「ああ」


 オーウェンはルカを見た。


「これまで一緒に釣査してきたし、天龍瀑での仕事も聞いた。今回の釣査で、お前の力が生かせるかもしれん」


 ルカは顔を上げた。


「行く!」


「待て待て。まだ決まってねえ!」


「分かってる!」


「本当か?」


「でも、行きたい!」


 ギルが笑った。


「こりゃ、決まるまで毎日来るぞ」


「やめろ、仕事にならん!」


 フィンも図面から顔を上げた。


「僕も参加できるなら、記録局で確認してみたいです」


「そうしてくれ。そっちは俺が決めることじゃねえからな」


「はい」


 シエナが資料を揃えた。


「まずは現地から詳しい条件が届いてからだね。参加する人も、装備も、そこから詰めることになる」


 オーウェンがうなずいた。


「というわけだ。今日はまだ、決定の話じゃねえぞ」


「おう!」


「……ルカ、もう出発する顔してるな」


「してない!」


「してるって!」


     ◇


 ルカは席を立ちかけたが、机の上の図面へ目を戻した。


「なあ、オーウェン」


「何だ?」


「この湖、どこまで船で行けるんだ?」


「今の調査範囲か?」


「うん!」


 オーウェンは別の図面を開いた。


「現地の報告で確認できるのは、ここまでだ」


「その先は?」


「これから調べるんだよ」


 ルカが身を乗り出した。


「魚も?」


「もちろん」


「……行ってみてえ!」


 フィンも隣から図面を覗いた。


「ルカさん、まずは参加できるかどうかですよ」


「分かってるって!」


 オーウェンは笑いながら資料を閉じた。


「詳しい話が来たら連絡する。それまで、しっかり休んどけ」


「おう!」


「それと、ルカ」


「何?」


「天龍瀑の話、面白かったぞ」


 ルカが笑った。


「今度はオーウェンの話も聞かせてよ!」


「星海地底湖へ行けたらな」


「絶対聞く!」


「だから、まだ決まってねえって!」


 事務所に笑い声が響いた。


 ルカとフィンが帰った後、シエナは机の上に残った星海地底湖の資料を手に取った。


「ルカ、相変わらずだね」


「ああ」


 オーウェンは椅子へ腰を下ろした。


「……あいつが地下の湖を見たら、どんな顔するかねえ」


 シエナは笑って、次の書類を差し出した。


「それを考える前に、こっちの確認をお願い」


「おっと、そうだった!」


 オーウェンは書類を受け取った。

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