↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探釣師 ――まだ誰も知らない魚を求めて  作者: ヤマト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/52

第39話 新しい鱗

第二瀑の落水音は、夜の間も途切れなかった。


 ルカたちは前日に到達した岩棚で野営し、明るくなるのを待って淵の観察を再開していた。


 白泡が淵の縁を回り、岩壁に沿ってゆっくり流れていく。その下を、ときおり大きな魚体が横切った。


「まだ左にいる?」


「います。淵からは出ていません」


 フィンが受信機を確かめる。


 第一瀑の下から左岸を選び続けてきた雌だった。昨日、その魚が最初の滝を越えるところを、ルカたちは映像で確認している。


 今は第二瀑の本流から外れた、岩壁沿いの淵に留まっていた。


 黒い背が浮いた。


「あれだ」


 ルカが身を乗り出す。


 雌はゆっくり体を傾け、また沈もうとした。


 その背に、青い光が走った。


「……今、青くなかった?」


 ミンがカメラを向けた時には、魚はもう岩陰へ消えていた。


「水の反射じゃない?」


「何枚か、色が違った気がする」


 ルカは淵から目を離さなかった。


 次に雌が現れた時、ミンが連写する。


 黒褐色の背。その一部に、青銀色の光が混じっていた。


 水面が揺れても、同じ位置に残っている。


「これ、鱗だ」


 フィンが下流で撮影した識別写真を開いた。


 同じ雌の背には、黒褐色の鱗が隙間なく並んでいた。少なくとも、今見えている青銀色の部分はない。


 リンも映像を確認した。


「近くで確かめたいですね」


 ルカはすぐに答えた。


「釣ろう」


「一度だけ、短時間で捕獲します」


 リンが淵を見下ろす。


「ただし、あの本流には出さないこと。魚にも人にも危険です」


     ◇


 魚のいる淵は、すぐ下に見えていた。


 だが、そこまで下りられるわけではなかった。


 岩棚の縁は濡れた壁になって落ち込み、その下を第二瀑からの水が走っている。


 マーカスは真下を覗いただけで首を振った。


「ここは使わない」


「近いのに?」


「近くても、戻れなきゃ意味がない」


 マーカスは岩棚を上流側へ戻り、張り出した岩の裏へ回った。


 ルカが追いかけると、そこには狭い亀裂があった。岩に手を入れ、足を掛けながら下れば、水辺へ近づける。


 マーカスが先に下り、支点を確かめてロープを通した。


「ここから行ける。荷物は必要なものだけだ」


 ルカはロッドを受け取った。


 足元からは淵が見えない。さっきまで目の前にあった魚へ近づくために、わざわざ岩の裏を下りていく。


 だが、マーカスの示した道を抜けると、淵の内側にある小さな足場へ出られた。


「ここなら届く」


 ミンが水面を確かめる。


 ルカもしゃがみ込んだ。


 岩壁にぶつかった水は、淵の外側を速く回っている。その内側だけ、泡がゆっくり漂っていた。


 第一瀑の上で見た反流と似ている。


「奥に入れるには、外から流した方がいいな」


 ルカは落水の中央へ向けて投げなかった。


 岩際の速い水にルアーを入れ、淵へ入る直前でラインを少し送る。


 流れに拾われたルアーが向きを変え、岩陰へ横から入っていった。


 黒い影が動く。


 ルカは巻く手を止めた。


 雌が追っている。


 次の瞬間、魚体が反転した。


 ラインが走る。


「来た!」


 竿が大きく曲がった。


     ◇


 ロンユウは淵の底へ突っ込み、そのまま大きく回った。


 ドラグが鳴る。


「外へ出る!」


 ミンが下流側を見た。


 魚の頭が、淵から流れ出す速い水へ向いている。


 ルカは無理に止めなかった。岩際へ一歩動き、竿を寝かせる。


 ラインの角度が変わった。


 魚は淵の外へ向かおうとしたが、横から圧を受けて再び内側へ戻る。


「そう、そのまま!」


 黒い背が水面を割った。


 青銀色が光る。


 今度は、はっきり見えた。


 背から体側にかけて、何枚もの鱗が違う色をしている。


 ルカは魚を寄せながら、その位置を目に焼きつけた。


 やがてミンが大型ネットを沈める。


「もう一周させて」


 ルカは魚の向きを変えた。


 黒い頭がネットの横を通り、尾が水を叩く。


 もう一度、淵を回る。


「今!」


 魚体が水中のネットへ収まった。


 ミンが支え、ルカはすぐにフックを外す。


 陸へは上げない。


 ロンユウはそのまま、水中の保持スリングへ移された。


     ◇


「識別写真と照合します」


 フィンが画面を並べた。


 百七十五センチの雌。左岸側を進んできた個体。


「L-07で一致します」


 ルカは魚の横へしゃがんだ。


 近くで見ると、色の違いだけではなかった。


 黒褐色の鱗が、何枚か浮いている。


 縁が魚体から少し持ち上がり、その下に別の色が見えていた。


「これ……下にも鱗がある?」


 ミンがライトの角度を変える。


 黒い鱗の下から、青銀色の鱗がのぞいた。光が当たる方向によって、わずかに青緑にも見える。


「触らないでください」


 リンがカメラを寄せる。


 ルカは手を引いた。


 魚体には、まだ黒褐色の部分が多い。だが背側から体側へ、同じ変化がいくつも現れている。


 その時だった。


 浮いていた黒い鱗が、水の動きに合わせて揺れた。


 誰も触れていない。


 鱗が外れ、スリングの中へゆっくり落ちた。


「あっ」


 ミンが流される前に回収する。


 ルカは、鱗のなくなった場所を覗き込んだ。


 傷にはなっていない。


 そこにはすでに、青銀色の新しい鱗が収まっていた。


「黒い鱗が青くなるんじゃないんだ」


 リンが魚体を確認する。


「この個体では、古い鱗の下に新しい鱗が形成されています」


 フィンが下流で撮影した写真を見せた。


 標識した時は、全身が黒褐色だった。


 同じ魚が、第二瀑の下では違う鱗を持っている。


「……すごいな」


 ルカは小さく言った。


 新しい種類の魚を見つけたわけではない。


 第一瀑の下で釣り、放した一匹だった。


 その魚が、自分たちの見ていない間にも変わり続けていた。


     ◇


「戻します」


 リンの声で、全員が動いた。


 必要な写真を撮り、自然に外れた鱗を記録する。それ以上、観察時間を延ばさない。


 ミンとルカがスリングを開いた。


 ロンユウはしばらく動かなかったが、胸鰭で水を押すと、尾を大きく振った。


 黒と青銀の魚体が淵の奥へ走る。


「行った」


 魚は岩陰へ消えた。


 フィンが受信機を上げる。


「まだ淵の中です」


 ルカは水面を見続けた。


 やがて岩陰から黒い背が現れる。


 雌は淵を一周し、左岸の岩壁へ向かった。


 その先には第二瀑がある。


「上る気だ」


 ルカがロッドを背負い直した。


     ◇


 雌はすぐには落水へ入らなかった。


 岩壁に沿って進み、押し戻されては淵の端へ戻る。しばらく留まってから、また同じ場所へ向かった。


 ルカたちはマーカスの案内で、第二瀑の左側を見下ろせる岩棚へ移動した。


 そこからは、落水の中央とは別に、岩のくぼみを伝う水が見えた。


 淵から上がってきた雌が、その流れへ入る。


「あそこだ!」


 ルカが指さす。


 黒い背が白泡の端に現れた。


 雌は中央へ向かわない。岩にぶつかって横へ逃げる水に体を寄せ、尾を振った。


 一段、高くなる。


 だが、その上から落ちる水に押され、魚体が横へずれた。


「あっ!」


 ルカが身を乗り出す。


 雌は落ちなかった。


 岩のくぼみで向きを変え、落水の裏へ入る。


 黒い背が消えた。


 白泡の隙間から尾だけが見え、すぐにそれも隠れた。


「どこだ?」


 ミンが双眼鏡を動かす。


 下の淵には戻ってこない。


 フィンが受信機を確かめた。


「下側の反応が弱くなっています」


 ルカは岩壁の上を探した。


 落水の脇で、水が外へ膨らんでいる。その向こうには、岩に挟まれた細い流れが続いていた。


 そこへ黒い頭が現れた。


「いた!」


 ルカが叫ぶ。


 雌は水面から大きく跳ね上がったわけではなかった。


 落水の裏から出ると、岩に沿って向きを変え、上流へ泳いでいく。


 黒い背が一度だけ光った。


 青銀色。


 その魚体が、岩の向こうへ消える。


「上側で受信しました!」


 フィンが画面を見せた。


 反応は第二瀑の落ち口より上流にある。


 もう下へ戻ってこない。


「第二瀑、突破です!」


 ルカは滝を見上げた。


 第一瀑の下で釣った時には、どこにでもいそうな黒い大型魚だった。


 その同じ雌が、今は新しい鱗を持って、二つ目の滝を越えていった。


「追おう!」


 マーカスが上流側の岩壁を指した。


「次はあっちだ」


 ルカはロッドを背負い直し、先へ続く岩棚へ足を向けた。


 第二瀑の上では、黒と青銀の魚体が、さらに高い水を目指していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。