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探釣師 ――まだ誰も知らない魚を求めて  作者: ヤマト


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34/53

第34話 九十二

 風が、少し弱くなっていた。


 岬の先に集まっていた小魚も、さっきより広く散っている。


 ルカはしばらく水面を見ていたが、やがて竿を持ち直した。


「もう一匹くらい、いけるかな」


 七十四センチを釣った場所だけにこだわる必要はない。同じストライクバスでも、時間や水深が変われば入る場所は変わる。


 ルカは岬を離れ、水草帯の外側へ歩いた。


 水面の下。


 濃い緑の水草が途切れ、その先だけ少し底が落ちている。


 小魚が何度か出入りしていた。


「ここかな」


 投げる。


 水草の縁へ落とし、その外側をゆっくり通す。


 反応はない。


 少し立つ位置を変える。


 今度は水草の切れ目へ通した。


 ルアーが抜けた瞬間、ラインが鋭く張った。


「来た」


 竿が曲がる。


 魚は水草の中へ入ろうとする。


 ルカは竿を横へ倒した。


「そっちはだめ」


 魚の向きが変わる。


 さっきの七十四センチほど重くはない。


 それでも、近くまで寄せるとしっかりとした魚体が見えた。


 暗いオリーブ色。


 太い頭。


 体側の細い青白い線。


「五匹目」


 保持網に入れ、四十センチ台後半と測定する。記録を残してから放流した。


 水へ戻した魚が、水草の外側を抜けて消えていく。


 ルカはその方向をしばらく見ていた。


「ここにもいた」


 少し離れた場所から声が飛ぶ。


「十五匹目!」


 ルカが振り返る。


 カイはもう魚を測定台へ運んでいた。


「まだ増えてる」


 記録を終えたカイは、すぐに次の場所へ向かう。


 その視線が止まった。


 水草帯。


 その先。


 深く落ちる境目。


 ルカも見る。


「そこ?」


 カイは答えない。


 竿を振る。


 ルアーが飛んだ。


 水草の端。


 ぎりぎり外側。


 着水すると、すぐに巻き始める。


 数秒。


 水面が大きく弾けた。


「来た!」


 さっきまでとは違う。


 竿が深く曲がる。


 カイが一歩だけ前へ出た。


 魚は水草へ走る。


 カイはすぐに竿を反対へ倒す。


 入らせない。


 魚が向きを変えた瞬間に巻く。


 魚は強く首を振る。それでもカイは進路を選ばせない。


 水面へ浮いた魚体を見て、ルカの目が止まった。


 これまでカイが釣っていた魚より、明らかに胴が太い。


 ルカは測定地点まで魚を目で追った。


 保持網が入る。


「入った!」


 測定板へ乗せる。


 担当者が目盛りを見る。


「六十一」


「六十一センチ?」


「そう」


 周囲から声が上がる。


「六十超えたな」


「今日の中でも大きい方だ」


 カイは魚を見る。


 それからルカを見る。


「言っただろ」


「六十超えも取るって?」


「そう」


 ルカは魚の太い胴を見る。


「ほんとに取った」


 カイが少し笑う。


「七十四には届かなかったけどな」


「でも六十一だろ?」


 カイは一瞬だけルカを見る。


「七十四を釣ったやつが、それ言うのか」


「六十一は六十一だろ」


 カイは少し笑った。


 測定が終わる。


 六十一センチのストライクバスが水へ戻される。


 尾を振り、水草の外側へ消えていった。


 その後も調査は続いた。


 残った時間は長くない。


 それでもカイはもう一匹追加した。


「十六匹目!」


 今度は四十センチ台だった。測定と記録を終え、そのまま放流する。


 しばらくして。


「本日の捕獲記録を締めます!」


 調査担当者の声が響いた。


 湖のあちこちで、竿を持っていた参加者たちが動きを止める。


 端末が回収される。


 測定記録がまとめられていく。


 ルカも竿を片付けながら、湖を振り返った。


 島や湾、岬、水草帯、沈み木、岩場。ほんの一日では、湖の全部を見ることはできない。


 ルカは湖を見回した。


「今日だけじゃ全然回れてない」


「今さら?」


 近くにいたカイが言う。


「全部回った?」


「無理」


「やっぱり」


 やがて、今回の記録が端末に表示された。


 ルカは自分の名前を探す。


 ルカ・スケイル。捕獲数は五匹、最大七十四センチ。


「五匹か」


 隣から声がした。


 カイだ。


「うん」


 ルカも隣の記録を見る。


 カイ・ロストラム。捕獲数は十六匹、最大六十一センチ。


「十六。やっぱ多いな」


「でも最大はそっちだ」


「うん」


 カイは七十四という数字を見る。


「次は取る」


 ルカは十六という数字を見る。


「じゃあ俺は、もうちょっと数釣りたい」


 カイがルカを見る。


「そこ張り合うのか?」


「十六匹は気になる」


「そういう意味じゃない」


「?」


 カイは少し黙った。


 それから肩をすくめる。


「まあいい」


 調査担当者が、今回の記録を過去の一覧へ追加していく。


 画面が切り替わる。


 過去の捕獲記録。


 ルカは何となくスクロールした。


「あ」


 見覚えのある名前。


 オーウェン・ハート。


 十八匹。


 最大七十六センチ。


「ほんとだ」


 さらに下。


 ノーラン。


 シエナ。


 ギル。


 事務所で聞いた数字が並んでいる。


「全部残ってる」


「記録だからな」


 カイが言う。


「こういうの見る?」


「見る」


「自分の?」


「他のも」


 ルカはさらに画面を送った。


 その指が止まった。


 ダンテ・ロッソ。


「……ダンテ?」


 名前は知っている。


 大型魚の実釣で名を知られた探釣師。


 けれど、その下に並んだ数字は知らなかった。


 捕獲数は三十八匹。


 ルカの目が止まる。


「……三十八?」


 もう一度見ても、数字は変わらない。


 ルカが隣を見る。


「三十八匹?」


「そう」


「カイの倍以上じゃん」


「分かってる」


 いつもより少しだけ、返事が短い。


 ルカはもう一度画面を見る。


 まだ続きがある。


 最大魚の欄を見た瞬間、ルカの動きが止まった。


「……九十二センチ?」


 自分が釣った七十四センチの魚体が頭に浮かぶ。太い頭と、深場から浮いてきた時の重い引き。記録にある魚は、それよりさらに十八センチ大きい。


「ストライクバスで?」


「そう」


 カイは何も言わない。


 ルカが横を見る。


「ダンテって、あのダンテ?」


「そう」


「この記録も知ってた?」


「知ってる」


「三十八匹で、最大九十二だよ?」


「俺も数字は読める」


 ルカはまた画面を見る。


「どうやって釣ったんだろ」


「さあな」


「どこにいたんだろ」


 その言葉で、カイが少しだけ笑った。


 ルカは湖へ目を向けた。


 岬の先、湾の奥、島の周囲、水草帯。その間には、ここからでは底の見えない深い水がいくつもある。


 ルカはもう一度だけ記録を見て、それから湖へ視線を戻した。


「どこにいたんだろ」


 隣で、カイが竿を肩に乗せた。


「それ、俺も知りたい」

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