第29話 上がる時間
ジョナスは、巨大反応が消えた画面を戻した。
湖底近く。
そこから、ゆっくり上がっている。
「下から来てる」
ルカが言う。
「そう見える」
ジョナスが時刻を確認する。
フィンが記録へ入れた。
「十五時四十七分」
その横で、ナディアが昨日採った試料の分析結果を開いた。
「あの青白いモヤ、だいたい見えてきた」
「何だった?」
「主に微細な気泡と、雷脈周辺で生じた細かな析出物らしい」
ルカが画面を見る。
「やっぱ雷?」
「落雷電流が雷脈へ流れた時に、周囲で電気化学反応が起きた可能性が高い」
「それで小さい生き物が集まった?」
「微小な生物やプランクトン類ね。反応で生じた成分や微粒子の周囲に集まっていた」
フィンが続ける。
「そこへフラッシュシャイナーが集まり、さらに捕食魚が入りました」
昨日見たものが一本につながる。
青白いモヤ。
微小な生物。
小魚。
大型魚。
そして、その下から上がってきた巨大反応。
エヴァンが古い記録を机へ置いた。
「なら、こっちも見直せる」
二本角の大型魚。
過去の目撃地点を地図へ重ねる。
北。
西。
沖。
急深部の近く。
「バラバラだな」
「だから場所では絞れなかった」
エヴァンが言う。
フィンは目撃時刻と当日の気象記録を重ねた。
雷雨の最中。
弱まり始めた時刻。
通過した時刻。
そこから目撃までの時間。
並べ方を変えると、一部の記録が近づいた。
「……ここ」
ルカが指した。
場所は違う。
だが目撃の多くは、雷雨が弱まり始めてから、それほど時間が経っていない。
「場所じゃない」
ルカが地図を見る。
「時間かもしれない」
「かもしれない、だ」
サイラスが言った。
ナディアも頷く。
「雷そのものに反応してるとは言えない。雷雨後に食物連鎖が動く時間と重なっているだけかもしれない」
「なら、その時間を見ればいい」
ルカが言う。
オーウェンがシエナを見る。
「次の予報は?」
「明日の午後。この時期なら珍しくない雷雨です」
「安全確認後に見る」
◇
翌日。
午後の雷雨が湖を通過した。
雷鳴が遠ざかり、シエナが周辺の落雷状況を確認する。
「再入域できます」
「行くぞ」
◇
昨日とは別の湖岸へ入った。
過去の目撃地点ではない。
広い範囲を観測でき、岸沿いに動ける場所を選んだ。
フィンが時刻を見る。
「雷雨が弱まり始めてから二十五分」
湖面では、すでに魚が動いていた。
小魚。
その下を走る中型魚。
少し沖では大きな背が水面を切る。
「捕食が始まってる」
ルカが言った。
ジョナスはソナーから目を離さない。
その手が止まった。
「……来た」
深い位置。
一つだけ太い反応がある。
それが上がり始めた。
「昨日の?」
「同じとは決められない」
ジョナスは反応の幅を見たまま答えた。
反応がさらに上がる。
ジョナスが方向を示す。
「北寄り」
ノーランが岸を見る。
「先に張り出しがある」
「移動する」
オーウェンが決めた。
◇
濡れた岸を進む。
ノーランが先頭。
ジョナスが反応を追う。
「まだ上がってる!」
張り出しへ出た。
沖で水面が大きく揺れる。
大きな魚影が一度横切った。
「違う」
ルカが言う。
「もっと下」
ジョナスの画面で、別の反応が上がってくる。
深い水の中。
黒い影が浮いた。
大きい。
輪郭は水底の色に重なり、はっきりしない。
フィンが記録機材を向ける。
魚影が一度、沈んだ。
「消えた?」
ジョナスが画面を追う。
「いや、まだ近い」
数秒後。
黒い影が横向きに浮いた。
水面の光が頭部へかかる。
二本。
並ぶように突き出した影が、一瞬だけ見えた。
「……二本」
ルカが頭部の前を指した。
フィンも同じ位置へ視線を移す。
魚が向きを変える。
もう見えない。
「角?」
「分かんない」
ルカは水面から目を離さない。
「でも、二本あった」
ジョナスが画面を見る。
「下がる」
巨大反応が沈み始めた。
中層。
深部。
やがて消える。
フィンが記録した。
「頭部前方に二本の突起状のもの。形状、機能は未確認」
エヴァンが湖を見る。
「過去の報告と一致する可能性は高い」
「まだ決めない」
ルカが言った。
サイラスが頷く。
「それでいい」
ルカはロッドケースを見た。
「次、その時間に釣れる?」
オーウェンが答える。
「条件が揃えばな」
魚影の消えた水面には、もう何も見えなかった。




