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探釣師 ――まだ誰も知らない魚を求めて  作者: ヤマト


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第28話 風当たり

 大型反応は、フラッシュシャイナーの群れの外側を回っていた。


 一つ。


 二つ。


 ジョナスの画面に現れては消える。


「近づいてる」


 ルカが水面を見る。


 銀色の群れがまた崩れた。


 今度は沖ではない。


 岸沿いへ流れるように動いていく。


 サイラスが顔を上げた。


「風だ」


「風?」


 ルカも頬に当たる空気を感じる。


 雷雨は抜けた。


 だが湖面にはまだ波が残り、沖から岸へ向かう風が吹いている。


 フラッシュシャイナーの群れも、その方向へ少しずつ寄っていた。


 サイラスは群れの先を見る。


 黒い岬が湖へ突き出している。


「ジョナス。向こうを取れるか」


「届く」


 ソナーの向きが変わった。


 ナディアも端末を確認する。


「表層、さっきより動いてる」


 オーウェンがサイラスを見る。


「行くか?」


「ああ」


 ノーランが先に岬への経路を確認した。


「岸沿いで入れる」


「移動する」


 オーウェンが決めた。


◇


 岬へ出ると、風の強さが変わった。


 湖面が絶えず押されている。


 波が岩へ当たり、細かな飛沫が上がる。


 ルカは沖を見る。


「いた」


 フラッシュシャイナーがいる。


 さっきまでの巨大な群れ全部ではない。


 いくつかに分かれた群れが、岬の風当たり側へ集まっていた。


 時折、銀色が水面近くまで浮く。


 そして急に沈む。


 ジョナスが端末を見る。


「大型反応、入った」


「どこ?」


 ルカが覗こうとする。


 サイラスは画面を見なかった。


 湖を見ている。


「サイラス?」


「待て」


 銀色の群れが一度寄った。


 波に押される。


 また離れる。


 その外側。


 水面が盛り上がった。


 大きな背が一瞬だけ出た。


「見えた!」


 ルカが言う。


 フィンも記録機材を向けた。


「ストームトラウトの可能性があります」


 サイラスはもうロッドケースを開いていた。


 ルカがそちらを見る。


「釣るの?」


「ああ」


 サイラスはフラッシュシャイナーを一度見てから、ルアーを選んだ。


 ルカが手元を見る。


「それ?」


「それだ」


「何で?」


「群れの外を見る」


 サイラスは岬の先端へ出た。


 シエナが風と足場を確認する。


「そこまでなら問題ない」


「了解」


 サイラスが構える。


 投げた。


 ルアーは魚群の中心には入らなかった。


 かなり外側。


 何もいないように見える場所へ落ちる。


 ルカの眉が動く。


「外した?」


「いや」


 ジョナスが言った。


 サイラスは巻き始めている。


 速くない。


 波に押されるルアーを、風下へ逃げる小魚のように横切らせる。


 フラッシュシャイナーの群れから少し離れた線。


 何も起きない。


 ルアーが戻る。


 二投目。


 今度は少し沖。


 また群れには入れない。


 ルカは水面とサイラスを交互に見る。


「群れの中、投げないんだ」


 三投目。


 着水。


 巻く。


 銀色の群れが一度だけ寄った。


 サイラスが速度を変える。


 ルアーが群れから離れる。


 その瞬間だった。


 水面が割れた。


 大きな魚体が反転する。


 次の瞬間、サイラスのロッドが深く曲がる。


「来た!」


 ルカの声が上がる。


 ラインが一気に沖へ走った。


 ドラグが鳴る。


 サイラスは動かない。


 腰を落とし、ロッドの角度だけを変える。


 魚が沖へ走る。


 止まらない。


「速っ……」


 ルカが目を見開く。


 ディープブルックとは違う。


 下ではない。


 横だ。


 湖面のすぐ下を、大きな魚が岬から離れていく。


 サイラスは無理に止めなかった。


「走らせるの?」


 ルカが聞く。


「今はな」


 それだけ答える。


 魚が方向を変えた。


 今度は岬の横へ回り込む。


「岩!」


 ルカが言う。


 サイラスはすでに動いていた。


 二歩横へ出る。


 ロッドを低くする。


 魚を止めるのではない。


 進む角度だけをずらす。


 ラインが岩の外を抜けた。


「……先に動いた」


 ルカが呟く。


 魚がもう一度走る。


 サイラスは巻く。


 止まれば寄せる。


 走れば角度を取る。


 無駄な動きがない。


 ジョナスが魚の位置を見る。


「右へ出る」


「見えてる」


 サイラスは画面を見ない。


 ラインと水面だけを追っていた。


 大きな背がもう一度出る。


 今度は近い。


 魚体が大きく反転した。


 水面下で大きな体が閃く。


「ストームトラウトです!」


 フィンが言った。


 雷帝湖ではすでに生体記録のある大型魚だ。


 だがルカが生きた個体を見るのは初めてだった。


 太い体。


 強い尾。


 魚は水面近くで頭を振り、そのまままた沖へ向く。


 サイラスが一度だけロッドを立てた。


「ここだ」


 魚の走りが止まる。


 巻く。


 距離が縮む。


 また走ろうとする。


 今度は行かせない。


 サイラスが横へ圧を掛けた。


 魚体が岬側へ向く。


「ギル」


「入る」


 ギルが大型ネットを構える。


 波がある。


 一度目は魚がネットの手前で反転した。


 ギルは追わない。


「もう一回」


 サイラスが魚を回す。


 二度目。


 魚の頭が水面へ出る。


 ギルが前からネットを入れた。


「入った」


 魚体を水中に保ったまま岸際へ寄せる。


 ルカが近くまで来る。


「でか……」


 フィンがすぐに記録へ入った。


 ストームトラウト。


 雷雨後の風当たり面。


 フラッシュシャイナーの群れの外側で捕食。


 サイラスはロッドを置き、魚体を確認する。


 ルカは魚ではなく、さっきルアーが通った場所を見ていた。


「最初から群れの外だった」


 サイラスがルカを見る。


「そうだ」


「中に餌がいっぱいいるのに?」


「だからだ」


 ルカが少し考える。


 銀色の群れを見る。


 密集した中を追うより、外へ出た一匹を狙う。


 サイラスは、その線へ最初からルアーを通していた。


「ソナー見なくても分かってた?」


「魚が教えてた」


 サイラスはフラッシュシャイナーを見る。


「逃げる側を見れば、追う側の位置もある程度読める」


 ルカは何も言わなかった。


 もう一度、群れの縁を見る。


 さっきまでただ大きな銀色の塊に見えていた。


 今は違う。


 外へ弾かれる魚。


 戻る魚。


 突然空く場所。


 そこに捕食者がいる。


 計測が終わった。


 ギルとサイラスが魚を支える。


 ストームトラウトの尾が水を打った。


 手を離す。


 大きな魚体が波の下へ消えた。


 ルカはしばらくその方向を見ていた。


 ジョナスの声が飛ぶ。


「まだいる」


 端末には別の大型反応が残っていた。


 サイラスはロッドを取り直さなかった。


「今日は十分だ」


「もう釣らないの?」


 ルカが聞く。


「目的は数じゃない」


 サイラスは群れを見る。


 その言葉に、ルカは返事をしなかった。


 銀色の魚群がまた揺れた。


 だが今度は、その中心ではなく外側へ目が向いた。


 雷雨のあと。


 小さな魚が集まり、その周りで大きな魚が動き始めている。


 湖の変化は、まだ続いていた。

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