第27話 動く命
銀色の群れが、もう一度割れた。
今度は大きい。
数百のフラッシュ・シャイナーが左右へ弾け、水面の下に一本の道が開く。
「来る」
ルカが言った直後だった。
銀色の真ん中から、黒い背が飛び出した。
水面が弾ける。
太い魚体が半分まで宙へ出て、そのまま群れの中へ落ちた。
「うわっ!」
飛沫が上がる。
フラッシュ・シャイナーが一斉に散った。
ルカは目を見開く。
「何だ、今の!」
もう一度。
少し離れた場所で水面が割れる。
今度は魚体が横を向いた。
暗い背。
厚い胴。
大きな尾が水を叩き、銀色の群れを押し分ける。
「ストーム・トラウトです」
フィンが記録機材を向けたまま言った。
「ストーム・トラウト……!」
ルカは魚が消えた場所を見る。
「でかいな」
「大型になる種類です」
返事を聞く前に、また銀色が走った。
「右!」
ルカが指す。
別のフラッシュ・シャイナーの群れが一斉に向きを変えている。
その後ろから水面が盛り上がる。
ストーム・トラウトが追っていた。
速い。
長く追い回すというより、群れへ一気に突っ込み、散ったところで姿を消す。
数秒後。
少し離れた場所でまた飛沫が上がった。
「一匹じゃない」
フィンが言う。
「少なくとも複数います」
「雷雨の前にもいた?」
「種類としてはいます。でも、ここまで目立って動いてはいませんでした」
ルカは湖面を見る。
右で銀色が散る。
左でも散る。
その間を、黒い魚体が一瞬だけ横切る。
「魚が集まったから来た?」
エヴァンが答える。
「そう見える」
「じゃあフラッシュ・シャイナーは何で集まった?」
「そこはまだ途中だ」
「だよな」
ルカは笑った。
「一個分かったら、また増えた」
◇
ナディアが群れの近くで採った水を確認している。
ルカは横から覗き込まない。
「何か違う?」
「雷雨前より、細かな浮遊物が多いです」
「餌?」
「それも含まれている可能性はあります。でも、今ここで全部は分けられません」
「じゃあ、フラッシュ・シャイナーが何を食ってるかはまだ分からない?」
「そうです」
ルカが湖を見る。
銀色の魚はまだ集まり続けていた。
「でも、何もないところに集まってるわけじゃなさそう」
サイラスが言う。
「そこは記録できる」
ジョナスの水中ドローンが群れの下を通る。
画面いっぱいに小魚が流れた。
その下。
黒い影が横切る。
「来た」
ルカが画面を見る。
細長い。
ストーム・トラウトとは形が違う。
影は湖底近くから上がり、そのまま魚群の下へ入った。
「ボルテクスイール?」
「可能性高いです」
フィンが答える。
直後。
目の前の湖面が大きく押し上げられた。
「そこ!」
銀色の群れが跳ぶ。
一拍遅れて、長い黒褐色の背が水面近くを曲がった。
「ボルテクスイール!」
今度はフィンもすぐ断定した。
昼間に見た魚だった。
だが動きが違う。
あの時は一つの群れを追って現れただけだった。
今は、フラッシュ・シャイナーが集まる場所そのものへ入ってきている。
長い魚体が水を押す。
群れが真っ二つに割れる。
反対側からストーム・トラウトが突っ込んだ。
「うわ、両方いる!」
ルカの声が上がる。
銀色。
黒い背。
長い魚体。
湖面の一帯だけが、休む間もなく形を変えていく。
フィンは記録を止めない。
ジョナスが水中ドローンの距離を取る。
ナディアは水を採る。
サイラスは魚群が集まる範囲を見ている。
オーウェンは全体を見ながら言った。
「一点だけ見るな」
ルカが振り向く。
「周りも見ろ。集まってる場所だけじゃない」
「分かった」
ルカは視線を広げる。
すぐ近くでは激しく魚が動いている。
少し離れれば静かだ。
さらに遠くには、別のフラッシュ・シャイナーの群れがいる。
そこにはまだ大きな魚は見えない。
「全部の群れに来てるわけじゃない」
「そうだ」
オーウェンはそれだけ言った。
ルカはもう一度、目の前の群れを見る。
「魚が多い場所を探せば、大きい魚も見つかる?」
エヴァンが答える前に、オーウェンが言った。
「決めるな」
「まだ早い?」
「ああ」
ルカは湖を見る。
一度考えてから頷いた。
「分かった。見る」
◇
しばらくすると、ストーム・トラウトの姿が減った。
ボルテクスイールも深く沈んだ。
だがフラッシュ・シャイナーはまだ残っている。
雷雨の前より密度は高い。
フィンが記録を確認する。
「捕食魚が消えても、群れ自体はすぐには離れませんね」
「じゃあ大きい魚が集めてたわけじゃない」
「少なくとも、それだけではなさそうです」
ルカは水面を見る。
先にフラッシュ・シャイナーが集まった。
その後にストーム・トラウトとボルテクスイールが来た。
「小さい方が先なんだ」
エヴァンがルカを見る。
「何が?」
「順番」
ルカは指を折る。
「雷雨が来た。湖の中が変わった。マグネイトの場所が変わった。フラッシュ・シャイナーが集まった。それを追って、大きいのが来た」
フィンが言う。
「今見えている範囲なら、そう整理できます」
「じゃあ、昼間に見たでかい影も――」
ルカはそこで止まった。
雷光の中で一瞬だけ見えた、太い影も頭に浮かぶ。
けれど、同じだとはまだ言えない。
「……いや、まだ分かんないか」
「珍しいですね」
「何が?」
「自分で止まりました」
「俺だって止まるよ」
「最近は」
「前からだって」
フィンは何も言わなかった。
「何だよ」
「記録しておきます」
「何を?」
「今の発言です」
「魚記録しろよ」
ルカが笑う。
その時。
沖で銀色の帯が動いた。
今までとは違う。
フラッシュ・シャイナーの大きな群れが、ゆっくり一方向へ流れ始めている。
「また動いた」
ルカの表情が戻る。
フィンもすぐ湖を見る。
右へ。
さらに右へ。
群れが次々に同じ方向へ寄っていく。
ストーム・トラウトはまだ見えない。
ボルテクスイールもいない。
「追える?」
ルカはオーウェンを見る。
オーウェンも群れの先を見ていた。
「観測範囲内だ」
「行っていい?」
「全員で動く」
「了解」
ルカの口元が上がる。
銀色の帯は、湖岸に沿うように先へ流れていく。
その先にはまだ、何があるのか見えなかった。




