第24話 雷脈
遠雷が山の向こうへ消えても、湖面に大きな変化はなかった。
マグネイトも、フラッシュ・シャイナーも、それまでと変わらず泳いでいる。
ルカは沖をもう一度見た。正体の分からない水面の動きは、もう見えない。
オーウェンたちは次の観測地点へ動き始めていた。
「ルカ」
「今行く」
ルカも後を追った。
◇
湖岸を少し進むと、黒い帯が再び現れた。
さっきより太い。
岸から始まった黒い砂礫が、水の中を斜めに横切り、そのまま深い方へ沈んでいる。
「また雷脈」
ルカが言う。
エヴァンが頷いた。
「一本じゃない」
「つながってる?」
「つながるところもある。切れるところもある。湖底の下へ潜るところもある」
ジョナスが水中ドローンを入れた。
画面に湖底が映る。
黒い帯が岩の下へ消え、その少し先でまた現れる。
「ほんとだ」
ルカが覗き込む。
「右にもある」
ジョナスが映像を止めずに答える。
「枝だな」
「追える?」
「機体なら」
サイラスが地図を見る。
「今日は基準点まで」
「了解」
ルカもそれ以上は言わなかった。
水へ目を戻す。
マグネイトがいる。
十匹以上。
黒い帯の上を小刻みに動いている。
「こっちは多いな」
「さっきの地点より密度は高そうです」
フィンが答える。
一匹が灰色の砂へ出る。
また黒い帯へ戻った。
別の一匹も同じ。
「やっぱり戻る」
ルカがしゃがむ。
「色だけかな」
「保護色ですか?」
「黒いところなら見つかりにくいだろ」
「ありそうですね」
「でも、それだけ?」
フィンは答えない。
「何」
「考えてるなら続けてください」
「そっちも考えてるだろ」
「僕は記録中です」
「ずるいな」
「何がです?」
ルカは魚を見る。
マグネイトは岩の表面をつつきながら進む。
一匹が黒い帯を外れる。
また戻る。
ルカは少し位置を変えた。
魚の正面。
横。
斜め。
「目で黒い方を選んでるなら――」
そこで声を止めた。
「どうしました?」
「いや」
ルカは水面に映る空を見る。
雲が出ている。
水面には山も映る。
底は場所によって見えにくい。
「ずっと底見えてるわけじゃないよな」
フィンもマグネイトを見る。
「そうですね」
「なのに戻るの早い」
ルカの視線が魚を追う。
「何か別のもので分かってる?」
近くで採水していたナディアが顔を上げた。
「可能性はいくつかあります」
「どれ?」
「まだ絞れません」
「そっか」
ルカが笑う。
「じゃあもう少し見る」
「どうぞ」
その時。
空が白く瞬いた。
遠い。
音はまだ来ない。
誰も慌てない。
シエナだけがすぐ端末を見る。
「まだ警戒域外です」
数秒遅れて、雷鳴が響いた。
ゴロゴロと山の向こうへ転がっていく。
ルカは空を見た。
そして水へ戻す。
マグネイトは変わらず黒い帯の上に散っている。
雷鳴が届いても、目に見える変化はなかった。
「動かないな」
「今のところは、ですね」
フィンは記録を続ける。
ルカは黒い帯の上を泳ぐ魚を追った。
「黒い道を使ってるみたいだ」
エヴァンが横に来た。
「だから雷脈を見る」
「魚の道だから?」
「それだけじゃない」
「じゃあ何?」
エヴァンは湖底を指した。
「そこに多いのは黒い砂だけじゃない。磁鉄鉱や硫化鉱物も多い」
ルカが黒い底を見る。
「雷が落ちやすい?」
「その言い方だと違う」
エヴァンは空を見上げた。
「雷を作ってるのは上だ」
山の向こうで、積乱雲がさらに高くなっている。
「湖から上がる暖かく湿った空気。山から入る冷たい空気。谷を抜けて集まる風」
シエナが端末を見ながら言う。
「南側、風向き変わりました」
湖面の波が向きを変える。
エヴァンが続ける。
「こういうのが重なると、湖の上で雲が育ちやすい」
「じゃあ雷脈は関係ない?」
「雷を作ることにはな」
「他にはある?」
「ある」
ルカが待つ。
エヴァンは黒い帯を見る。
「落ちた後だ」
「落ちた後?」
ナディアが採水器を上げた。
「場所によって電気の通りやすさが違います。放電の経路にも偏りが出る」
「この黒い帯で?」
「その一つです」
ルカは空と湖底を交互に見る。
雷雲は上。
黒い雷脈は下。
その上をマグネイトが動いている。
「空と底が別々に動いてるのに、魚はその間にいるのか」
エヴァンがルカを見る。
「そういう湖だ」
ルカの口元が上がった。
「やっぱ面白いな、ここ」
◇
次の地点へ移動した。
雷脈はそこにもあった。
黒い帯の上で、小魚たちはばらばらに底をつついている。
「こっちにもいる」
ルカが言う。
フィンが前の地点の記録と見比べた。
「数は違いますね」
「同じ黒い帯でも?」
「場所ごとの差はあります」
ルカは黒い水底を見る。
「じゃあ雷雨の後、どうなるんだろ」
「それを比べるための記録です」
ルカが少し笑った。
「いいね」
「何がです?」
「まだ見てない方が残ってる」
「そういう意味ですか」
「分かんないなら、まだ見るものあるだろ」
フィンは一瞬黙った。
「……そうですね」
その少し先で、銀色が跳ねた。
フラッシュ・シャイナー。
一匹。
続いて数匹。
ルカはそちらを見て、オーウェンへ視線を向けた。
「見てもいい?」
「ここからならな」
「了解」
銀色の群れは、岸から少し離れたところを通り過ぎていく。
ルカはしばらく目で追ったが、ボルテクスイールも、正体の分からない水面の動きも現れなかった。
エヴァンが空を見る。
「風が変わった」
シエナの端末が鳴った。
さっきとは違う警告音。
彼女の表情が変わる。
「雷雨帯、速度上がってます」
オーウェンがすぐに振り向いた。
「予定より?」
「早いです」
「どれくらい」
シエナが画面を確認する。
「次の観測点まで入るなら、余裕が減ります」
オーウェンは湖を見る。
次に空。
そして全員を見た。
「次は切る」
返事が重なる。
ルカも「分かった」と答えた。
その直後。
山の向こうが白く光った。
今度は、さっきより近かった。




