第22話 集合
国際探釣機構から、正式な通知が届いた。
『雷帝湖〈サンダー・クレーター〉調査遠征
参加承認 ルカ・スケイル』
ルカは画面を止めた。
前に届いたのは参加の打診だった。
今度は違う。
その下には集合日時と場所、携行品、それから現地までの移動予定が続いていた。
集合場所はレグナード。
そこから大陸間便でノルディアへ渡り、現地拠点で車両へ乗り換える。
目的地は、ノルディア南部のグラント高原。
雷帝湖は、そのさらに奥にある。
ルカは移動経路を上から下まで見た。
「遠いな」
そう呟いてから、一番上へ戻る。
参加承認。
「決まった」
雷帝湖へ行く。
候補ではなく、本当に。
◇
集合当日の朝。
ルカは高速鉄道でブルーリーチを離れた。
前に国際探釣機構本部へ向かった時と同じように、水辺の多い景色が少しずつ街へ変わっていく。
ただ、今日はレグナードで終わりではない。
駅へ着くと、そのまま国際空港へ向かった。
案内表示には、アルヴェリア各地の都市に混じって、海の向こうの地名が並んでいる。
その一つに、ノルディアの文字があった。
ルカは一度だけそこを見てから、機構の指定した遠征輸送区画へ入った。
すでに積み込みが始まっている。
人の数は思っていたほど多くない。
だが荷物は、これまでの釣査とは明らかに違った。
釣具だけではない。
大型の防水ケース、通信機器、救急用品、水上装備、観測機材。
現地で使う物と後方拠点へ置く物が分けられ、それぞれに輸送先が記されている。
いくつかのケースには、
ノルディア――グラント高原
と表示されていた。
「ルカ」
声の方を見る。
オーウェンがいた。
「来たか」
「来た」
シエナ、ノーラン、ギル、ダリオもいる。
砕岩大峡谷で何日も一緒にいた顔だ。
だが、その後ろにあるのは峡谷へ向かう車ではない。
大陸を渡る遠征荷物だった。
近くで、大きなバックパックが床へ下ろされる。
「重っ……」
「フィンも来るんだ」
「来ますよ」
フィンが肩を回した。
「生態記録局から正式に派遣されました」
「また一緒だな」
「そうですね」
ルカは並んだケースの向こうを見る。
「これ、全部向こうまで?」
「全部ではありません」
フィンが輸送票を見る。
「一部はノルディア側の後方拠点までです。雷帝湖へ持ち込む物は、向こうでさらに分けます」
「まだ先があるんだ」
「ありますね」
ルカは少し笑った。
◇
少し離れた場所では、別の三人が機材を広げていた。
小型の水中ドローン。
複数のセンサー。
採水用の容器。
長い円筒型のケース。
男が水中ドローンを持ち上げる。
「予備電源」
「二系統あります」
答えた若い男がケースを開く。
「ソナーとの時刻同期は?」
「現地で再確認します」
隣では女性が採水容器の番号を照合していた。
「基準試料は分けた?」
「こっちです」
「現地分と混ぜないで」
「了解」
ルカがその作業を見ていると、フィンが言った。
「ヴェイルですね」
ルカも名前は知っている。
観測と解析を組み合わせることで知られるヴェイル釣査隊。
実際に同じ現場へ入るのは初めてだった。
機材の前にいた男がこちらへ歩いてくる。
「オーウェン」
「サイラス」
二人は短く言葉を交わした。
男の胸元には一枚の鱗章。
サイラス・レーン。
ヴェイル釣査隊の隊長だった。
サイラスの視線がルカへ移る。
「ルカ・スケイル?」
「そう」
「サイラス・レーンだ」
「知ってる。ヴェイルの隊長でしょ」
「ああ」
サイラスは後ろの二人を示した。
「ナディア・フェル。水質と環境DNA。ジョナス・ブリッグス。ソナーと水中観測」
ナディアが軽く手を上げる。
「よろしく」
「よろしく」
ジョナスは端末から顔だけ上げた。
「現地地図、あとで共有する」
「分かった」
挨拶が終わると、三人はすぐ機材へ戻っていった。
しばらくしてサイラスが声を飛ばす。
「ジョナス。固定観測器、予備を一台外していい」
「減らすんですか?」
「ノルディア側に同型がある。二重に運ぶ必要はない」
ジョナスが一本抜く。
その横でナディアも箱の中身を入れ替えた。
ルカは少し意外そうに見る。
観測を得意とする隊だから、機材を大量に持ち込むのだと思っていた。
だが、何でも運べばいいわけではないらしい。
◇
集合を知らせる声が響いた。
全員が作業を止める。
遠征統括局の担当者が前に立ち、表示を開いた。
「雷帝湖調査遠征の現地入り前確認を行います」
最初に表示されたのは世界地図だった。
現在地――アルヴェリア大陸、レグナード。
そこから海を越えて北へ線が伸びる。
終点はノルディア大陸。
さらに線は南部の高原へ入り、途中で航空路から陸路へ変わった。
「本日、レグナードを出発します。ノルディア到着後は現地輸送班と合流。グラント高原の後方拠点まで移動します」
地図が拡大される。
広い高原の中央に、雷帝湖が表示された。
「そこから先は高原用車両で移動し、雷帝湖生態観測所で現地側と合流します」
ルカは地図を見る。
ブルーリーチからレグナードまでの距離より、その先の線の方がずっと長い。
しかも、飛行機を降りても終わりではない。
「遠いな」
今度は、少し嬉しそうに言った。
表示が切り替わる。
「湖上・湖岸で継続的に活動する主要現場要員は十名です」
名前が並ぶ。
オーウェン、シエナ、ノーラン、ギル、ダリオ。
サイラス、ナディア、ジョナス。
フィン。
そしてルカ。
「医療、通信、輸送および追加観測要員は後方拠点から支援します。必要に応じて現地側の研究者が同行します」
表示の端に別の名前が出る。
ドクター・エヴァン・ローク。
雷帝湖生態観測所・主任研究員。
「現地観測についてはローク博士と合流後、最新記録を共有します」
続いて、現場責任者と安全体制が確認される。
現場責任者はオーウェン・ハート。
現地での配置変更、観測地点の変更、一時中断、撤収は、承認された遠征計画と現地側の条件の範囲でオーウェンが判断する。
機構または現地当局から入域停止や退避指示が出れば、そちらを優先する。
さらに調査概要が表示された。
「今回の中心は、雷雨前後に確認される魚群分布の変化と、湖内環境の変化との関係です」
湖岸の複数地点に印がつく。
気象。
水温。
水質。
魚群分布。
過去には、雷雨後に大型魚の目撃記録もある。
二本の角状突起を持つとされた魚影。
ただし、それ一匹を追うための遠征ではない。
ルカはその記録にも目を止めたが、地図全体へ視線を戻した。
あの湖のどこで、何が動くのか。
まだ何も見ていない。
「質問は?」
しばらく誰も口を開かなかった。
必要な確認は、それぞれの担当がすでに進めている。
「では出発準備を続けてください」
表示が閉じた。
◇
出発時刻が近づく。
大型ケースが次々と輸送側へ渡されていく。
ルカも自分の荷物を持ち上げた。
その先では、機体へ向かう人の列が動き始めている。
ルカは一度だけ後ろを見る。
レグナードの向こう。
そのさらに先に、ブルーリーチがある。
今度向かうのは、同じ大陸の別の湖ではない。
海の向こうだった。
フィンが少し先から振り返る。
「ルカさん、行きますよ」
「今行く」
ルカは荷物を背負い直した。
ノルディアへ向かう列に加わった。




