第21話 打診
国際探釣機構本部からブルーリーチへ戻ったルカは、町の釣具店でラインを選んでいた。
一本取って、太さを見る。
戻す。
別の一本を手に取ったところで、ポケットの端末が震えた。
画面を見る。
国際探釣機構・遠征統括局。
ルカの手が止まった。
「来た」
通知には、通信可能な時間を返信するよう記されている。
ルカは店内の時計を見て、十分後を指定した。
◇
店を出て、人通りの少ない場所まで移動する。
やがて端末が鳴った。
ロベルト・ケイン。
通信を繋ぐ。
『聞こえるか』
「大丈夫」
『昨日の面談の件だ』
ルカが少し身を乗り出す。
『一件、具体的に動いた』
「どこ?」
資料が送られてくる。
ルカが開いた。
雷帝湖〈サンダー・クレーター〉。
「……雷帝湖」
『そうだ』
七大極境の一つ。
「動くんだ」
『現時点では、候補編成まで進めることになった』
ロベルトが続ける。
『遠征そのものはまだ確定していない。天候、現地条件、保全上の判断で延期や中止もある』
「分かった」
『その上で、お前にも参加意思を確認したい』
ルカは画面の水域名を見る。
「行きたい」
『なら先に条件を説明する』
「分かった」
次の資料が表示された。
『現場では遠征責任者の判断に従う。指定された調査範囲を外れない。撤収判断が出れば従う。基本は前に話した通りだ』
「そこは大丈夫」
『編成もまだ確定していない。現場側はオーウェン隊を軸に調整している』
「オーウェンたちも?」
『前向きに返事をもらっている』
「そっか」
『ヴェイル釣査隊にも打診中だ』
「ヴェイルも」
『ほかに記録、生態、技術、通信、医療。現地側の人員も入る』
ルカは表示された候補資料を見る。
知っている名前もあれば、知らない名前もある。
「班は分かれる?」
『その予定だ』
「俺がどこに入るかは?」
『まだ決まっていない』
「分かった」
ロベルトが次の資料を送る。
『調査内容も最終確定前だ。現時点で共有できる記録を渡しておく』
雷帝湖の地図。
過去の調査記録。
気象記録。
魚類記録。
ルカは順番に目を通していく。
知らない魚の名前がいくつも並んでいた。
その中に、一つだけ魚名のない記録がある。
『雷雨後、大型魚影を確認。
頭部に二本の角状突起。
生体未確認』
ルカの指が止まった。
「二本角……」
『目撃例はいくつかある。正式な生体記録はない』
「何の魚?」
『まだ分かっていない』
記録の横には、遠くから撮られた一枚の画像が添えられていた。
荒れた湖面。
水飛沫の向こうに大きな魚影がある。
頭部から二本、何かが伸びている。
ルカはしばらくそこを見ていた。
『資料はあとで確認して構わない』
「分かった」
『ただし、現時点の記録だ。現地で変わる可能性はある』
「それも分かってる」
ロベルトが一度資料を閉じた。
『では確認する』
ルカが頷く。
『今話した条件を了承した上で、参加を希望するか』
ルカは少しだけ考えた。
雷帝湖。
まだ遠征そのものが決まったわけではない。
自分が最終編成に残るとも限らない。
それでも、答えは変わらなかった。
「参加したい」
『受け付けた』
『正式編成が決まれば連絡する』
「了解」
通信が切れた。
ルカは端末を下ろす。
少しして、もう一度資料を開いた。
雷帝湖〈サンダー・クレーター〉。
いくつもの記録を送っていく。
そして、指が止まる。
『頭部に二本の角状突起。
生体未確認』
ルカはその一文をもう一度読んだ。
「どんな魚なんだろ」
答えはまだ、どこにもなかった。




