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探釣師 ――まだ誰も知らない魚を求めて  作者: ヤマト


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第17話 動く狩場

 黒い影は、月光の縁を離れなかった。


 ルカは竿を持ったまま、水際にしゃがんでいる。


 昨夜見たのは三匹ほど。


 一匹が小魚へ近づけば、群れは逃げる。


 その先で別の魚が動く。


 向きを変えた先にも、また影がいた。


「本当に塞いでるなら……」


 魚を一匹だけ見ていても分からない。


 ルカはルアーを投げず、まず小魚の群れを見る。


 月光が落ちる狭い開水面。


 その周囲に黒い水。


 小魚は明るい側へまとまっていた。


 黒い影が一つ近づく。


 群れが横へ逃げる。


 少し離れた場所にいた別の影が、その動きに反応した。


「やっぱり動く」


 最初の魚と同時ではない。


 けれど、小魚が動けば別の魚も動く。


 その結果、群れが開水面の中へ押し戻されている。


「話してるわけじゃないよな」


 互いに合図を送っているようには見えない。


 それぞれが獲物と、近くの魚の動きに反応しているだけかもしれない。


 だが、三匹がいることで小魚の逃げられる方向は減っていた。


「一匹だったら、あっちへ抜けられる」


 ルカは暗い水路を見る。


「でも、あそこにもう一匹いる」


 魚ではなく、魚と魚の間を見る。


 動くたび、逃げ道が変わる。


「狩場の方が動いてるんだ」


◇


 翌日の夕方。


 ルカは明るいうちに同じ場所へ戻った。


 浮葉の下ではリーフフリッパーが時折葉を揺らしている。


 泥底ではマッドジョーの口だけが見え、水没根の脇にはルートクロークが伏せていた。


 昼には、それぞれの魚がいる場所が分かる。


 夜になると、そこへ別の魚たちが加わる。


 日が落ちるにつれ、白い水生花が開き始めた。


 薄い霧が水面へ広がる。


 葦の向こうから月が上がった。


 やがて、開水面で月雫魚〈ルナドロップ〉の銀斑が瞬き始める。


 その少し外側。


 黒い影が現れた。


「来た」


 昨夜と同じくらいの大きさ。


 五十センチほど。


 体は黒く、月光をほとんど返さない。


 角度が変わった時だけ、体側に淡い銀の線が浮かぶ。


 ルカはもう一匹を探す。


 少し離れた暗部にいた。


 さらに奥にも影がある。


「三匹」


 今日は見るだけでは終わらせない。


 ただし、どこへでも投げるわけではなかった。


 ルカはしばらく小魚の動きを追った。


 一匹の黒い魚が寄る。


 群れが逃げる。


 その先に別の影。


 小魚がまた向きを変える。


「ここだ」


 群れが向きを変える場所へルアーを入れた。


 黒い影の正面ではない。


 逃げてきた小魚に混ざる位置。


 ゆっくり通す。


 反応はない。


「違うか」


 回収する。


 次は少し外側。


 暗い水から月光の縁へ入るように通した。


 一匹がルアーの後ろへつく。


「来てる」


 だが追い切らない。


 影は途中で向きを変えた。


 ルカはルアーを回収した。


「明るい方へ出過ぎた?」


 魚は月光の中へ長く入らない。


 昨夜から同じだ。


 ルカは今度、境目と平行に投げた。


 明るい水と暗い水のちょうど間。


 ルアーを細かく動かさず、一定の速さで通す。


 黒い影が寄った。


 ルカは手を止めない。


 影が消える。


「え?」


 見失った。


 直後。


 竿先が鋭く引き込まれた。


「来た!」


 合わせる。


 竿が大きく曲がった。


 魚は沖へ走らない。


 月光と闇の境に沿って横へ走る。


「そっちか!」


 ルカも岸沿いに動いた。


 魚が急に向きを変える。


 ラインの角度が変わった。


 竿を追従させる。


 また反転。


 速い。


 力任せに引いているわけではない。


 方向が読みにくい。


「見えない!」


 月光へ入った瞬間、淡い銀の線が現れる。


 そこにいる。


 次の瞬間には暗部へ入り、輪郭が消える。


 ラインだけを頼りに竿を向ける。


 再び魚が明るい側へ出た。


「いた!」


 ルカが竿を立て直す。


 魚が体を返した。


 急に抵抗が消えた。


「あっ」


 ラインが戻ってくる。


 ルアーだけが水面に浮いた。


「外れた……」


 ルカはしばらく動かなかった。


 やがてルアーを回収する。


 フックは折れていない。


 ラインも切れていない。


「普通に外れたか」


 悔しい。


 だが、それより気になることがあった。


 魚を掛ける直前。


 確かに近くまで来ていたはずなのに、一度完全に見失った。


 ファイト中も同じだった。


 月光へ出た時は見える。


 暗い方へ入ると、急に消える。


「黒いから……だけ?」


 ルカは水面を見る。


 月光が落ちている場所。


 その外側に広がる黒い水。


 同じ魚がその境を行き来している。


 しばらくすると、別の影が現れた。


 小魚の群れへ近づく。


 月光の中へ少しだけ入る。


 体側の銀線が見えた。


 すぐ暗部へ戻る。


 消えた。


「……見えてない時間の方が長い」


 魚は透明ではない。


 光っているわけでもない。


 ただ、月の当たり方で見え方が大きく変わる。


 ルカはさっき魚を見失った場所を見つめた。


「こいつら……俺から見えない方を通ってる?」


 黒い影が、月光の縁を静かに横切った。

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