第14話 巨魚の通り道
ロックブレイカーは、ルアーを追わなかった。
昨日、フックを外して二度通した時もそうだった。
近くまでは来る。
だが、それだけだった。
「今日も投げる?」
ルカが竿を持ちながら聞く。
「まだだ」
オーウェンは巨岩帯を見ていた。
「今日は魚じゃなく、場所を見る」
「場所?」
「昨日お前が言っただろ」
ルカは少し考える。
「あいつが何見てるか?」
「そうだ」
フィンが端末を開く。
「昨日確認した位置を順番に見直します」
記録には、亀裂のある岩や大きな岩棚の際、巨岩同士の間、深みへ落ちる手前など、ロックブレイカーを確認した位置が残っていた。
ルカは地図と目の前の川を見比べた。
「全部違う場所に見えるな」
「だから見ます」
フィンが言った。
◇
最初に確認したのは、昨日岩を欠けさせた場所だった。
茶褐色の粉は、もうほとんど流れている。
欠けた岩の縁には細い隙間ができ、その周囲を小魚が何匹か出入りしていた。
「昨日よりいるな」
ルカが言う。
「そうですね」
「岩が欠けたから?」
フィンは昨日の映像と現在の画面を並べた。
「数は増えています。岩の変化との関係は、記録にはまだ出ていません」
ルカは二つの画面を見比べた。
しばらく待つ。
だが、ロックブレイカーは現れない。
「来ないな」
「次だ」
オーウェンが動く。
少し下流。
岩棚の先端から大きな亀裂が伸び、その隙間へ細い流れが入り込んでいる。
「ここも昨日通ったところです」
フィンが言った。
「でも、ここでは叩いてないよな」
「確認していません」
岩の奥から太い影が出た。
「来た」
ルカが身を低くする。
ロックブレイカー。
巨大な頭がゆっくり流れの中へ入る。
魚は岩の縁まで近づいた。
止まる。
だが、ぶつからない。
そのまま横へ抜けていった。
「何もしなかった」
「記録します」
フィンが位置を残す。
魚は次の巨岩へ向かった。
ルカたちも距離を取って移動する。
それから何度か、同じような動きを見た。
岩へ近づく。
止まる。
そのまま通り過ぎる。
「何でも叩くわけじゃないんだな」
「昨日も確認できたのは一度だけです」
ダリオが水中カメラの映像を切り替える。
「止まった」
画面の先。
ロックブレイカーが巨岩の横で動きを止めている。
岩の縁には一本の亀裂。
その先端だけが薄く張り出していた。
魚が少し後ろへ下がる。
「来る?」
ゴン。
岩の端が欠けた。
灰褐色の粉が広がる。
隙間の奥から小さな魚が飛び出し、細かなものが水中へ舞った。
ロックブレイカーは頭を向ける。
だが、小魚を追わない。
そのまま流れの向こうへ進んだ。
「また食わなかった」
ルカが言う。
オーウェンが聞く。
「何を?」
「出てきた魚」
「昨日もだ」
ルカは水を見る。
岩が欠ける。
魚が出る。
でも、それを食べない。
「魚を出すためって決めるのは早いか」
「そうだ」
フィンが二つの破砕地点を並べた。
「共通しているのは、どちらも岩の縁に亀裂があることです」
「割れやすいところを選んでる?」
「確認できた二か所では、そう見えます」
ルカは映像を見つめた。
◇
午後になっても、ルカはほとんど竿を振らなかった。
ロックブレイカーを見つけても投げない。
魚がどこで止まるか。
どの岩へ近づくか。
どの岩は通り過ぎるか。
そのうち、ルカが足を止めた。
「ここ、何回も通ってない?」
大きな岩棚と深みの境目。
その脇を細い流れが走っている。
フィンが記録を確認する。
「三回です」
「他より多い?」
「今日確認した中では」
そこには目立つ亀裂がない。
ロックブレイカーも岩を叩いていない。
ただ、毎回同じ側を通っている。
「ここでは何もしてない」
「そうですね」
「でも通る」
オーウェンが周囲を見る。
左は岩壁。
右は少し開けた水面。
その先は深み。
「ギル」
「ここならいける」
ギルが水際まで下りる。
「岩帯から外せれば保持できる」
ノーランも足場を確認した。
「下流側へ動ける。逃げ道もある」
シエナが水位計を見る。
「今の水位なら問題ないわ」
ルカがオーウェンを見る。
「釣る場所も見てたんだ」
「掛けるなら、捕れる場所でやる」
オーウェンが言う。
「掛ける前に、掛けた後を決める」
ルカはその場所を見直した。
「ここならやれる?」
「候補だ」
オーウェンはまだ決めなかった。
◇
もう一度、ロックブレイカーの動きを追う。
今度はルカも魚だけを見ていなかった。
魚の前にあるもの。
岩。
流れ。
周囲を動く小魚。
巨岩の奥からロックブレイカーが出る。
その先には亀裂の入った岩。
だが魚は止まらない。
「違うのか」
少し先。
流れが岩へ当たり、その脇で細かなものが舞っていた。
小魚が数匹、その周囲へ集まっている。
ロックブレイカーが進路を変えた。
「あ」
魚はその一帯へ近づく。
しばらく止まり、それからすぐ横の亀裂へ頭を向けた。
ルカの目が変わる。
「岩だけ見てるんじゃない」
フィンが聞く。
「何が見えました?」
「流れが動いて、小魚も寄ってる」
ルカは周囲を見渡す。
「そういう時に来てる気がする」
フィンはすぐに結論を書かなかった。
「もう少し見ましょう」
「うん」
しばらくして、別の場所でも似た状況が起きた。
流れが岩の縁へ当たる。
底から細かなものが舞う。
小魚が寄る。
そこへロックブレイカーが来た。
今度はルカが竿を持った。
「試していい?」
オーウェンはすぐには答えない。
魚の位置。
流れ。
さっき選んだ取り込み場所。
すべてを見た。
「ギル」
ギルが保持位置へ移る。
ノーランは下流側へ。
シエナが退路を確認する。
ダリオはカメラを魚へ向けた。
フィンも記録を始める。
オーウェンがルカを見る。
「一回だけだ」
「分かった」
ルカはルアーのフックを確認する。
オーウェンは止めなかった。
魚の前ではなく、少し上流へ投げる。
ルアーを沈める。
流れへ乗せる。
小魚が集まっている場所の横。
底から舞うものと一緒に、ルアーが流れ込んでいく。
ロックブレイカーの頭が動いた。
「見た」
昨日までとは違う。
魚が進路を変える。
ルアーを追った。
すぐ横まで来る。
ルカは動かさない。
流れだけで通す。
巨大な頭が沈む。
次の瞬間。
竿先が一気に引き込まれた。
「来た!」
ドラグが鳴る。
「下流へ出せ!」
オーウェンの声が飛ぶ。
ルカが竿の角度を変える。
巨体が水中で反転した。
岩の間から、太い尾が跳ね上がる。
両手に、昨日までとはまるで違う重さが乗った。




