たたらバブル
まずいことになった。
あんなに派手にたたらで鉄を作ったせいで、郷が沸き立っている。
しかも、たたら製鉄の一部始終を見られていたせいで、あちこちに野だたらが作られ、ものすごい勢いで鉄が作られ続けている。それだけではない、あちこちで脂の焼ける香ばしい匂いがしている。これはあちこちで黒鉄をつくっているのか?タッコボ以外作らないことになっていたはずじゃん!
『ねえ、タッコボ、そろそろさ、鉄を作るのストップしない?』
『何言っているんだ? みんなこんなに喜んでいるんだぞ。ほら、あそこのクズブクトの郷の者は山から切り出した木を炭用にたくさん持ってきてくれている。あそこのアクトの郷の者は、自ら砂鉄を集めて持ってきてくれているよ。まあ、砂鉄の取り方を教えたのは俺だけどな! 山の向こう、モロからも人が集まってきている!みんな俺のことを天才鍛冶って呼んでいるよ。はっはっはっ!』
(だめだこいつ、完全に調子に乗っている)
そこに、大きな鉄の塊が持ち込まれる。
『よし、やるぞ、お前たち!』
『『『おう!』』』
完全に棟梁気取りである。しかも誰だこいつら? タッコの郷の者じゃないぞ?
ボイは、夢中になって鉄を打ち始めたタッコボを一瞥して、鍛冶場の一番奥にいるタッコルのところに行った。
『どうなってるの? これ』
『どうもこうもない。鉄が作れるという話を聞きつけた連中が、鉄を分けてくれとわんさか来るんだ。炉がないと言ったら勝手に作りはじめる、砂鉄がないといえば持ってくる、炭がないといえば木を切り出して持ってくる。おかげでこのありさまだ』
『止められないの?』
『みんな俺の話なんざ聞かない。鉄しか見えなくなっているんだ』
まさにバブルである。たたら製鉄の成功によって、人も、物も、どんどんとこのタッコの郷に集まってくる。
『でも、こんなに派手にやったら、すぐに小杵の連中に見つかって大ごとになるんじゃ……』
『もう大ごとになっているよ。ほら』
ボイが鍛冶場の入り口を見ると、そこには数人の男が立っていた。
耳の横で髪を丸く束ねた美豆良、色鮮やかな筒袖の衣。ダボダボのズボンの膝下を紐で縛った括り袴をはいて、腰には反りのない真っ直ぐな大刀を下げている。日本史の教科書で見る『埴輪』そのままの格好だ。
もっとも、ボイも彼らの姿を見るのは初めてではない。時折、貢物(この時代の税金に相当するもの)の取り立てや、族長である父との会合でソタイの郷を訪れるため、何度か遠巻きに見たことはあった。大和王権の役人たちである。
だから、その奇抜なファッション自体に驚いているわけではない。
問題なのは、普段なら族長の館にしか姿を見せない彼らが、なぜこのタイミングで、よりにもよって『タッコの郷の鍛冶場』の前に直接やって来ているのか、ということだ。
(終わった……完全にバレてる……!はにゃ?ふにゃ?とでも言ってくれればいいに……)
◆◆◆
「ここで何をしてる? 大王より拝領した鉄を勝手に盗み出したのは貴様らか?」
男は訛り交じりのヤマト言葉で騒ぎだした。あろうことか、我々がたたら製鉄で作り出した鉄について、盗品だと言い出したのである。
タッコルは苦々しい表情を浮かべ、鍛冶場の男たちも手を止めて事の成り行きを見守っている。
実は、彼ら『小杵』の一族は、もともとはタッコやソタイと同じ土着の民だった。だが、いち早くヤマト王権に寝返り、誇り高き古き言葉を捨て、同胞を売ることで今の地位と対岸の巨大な墓(古墳)を手に入れた裏切り者たちだ。
(ヤマトの役人の格好してても、どう見ても似合ってないんだよな。まるで、カラオケにある無料貸し出しのパーティー用コスプレなんだよ)
ボイが呑気にそんな思案をしていると、タッコルは鍛冶場の奥から重い足取りで男たちの前に出て、地面に膝をつき深く頭を下げた。
「……我が郷に、いかなるご用向きで……」
使い慣れない、たどたどしいヤマト言葉である。
なお、タッコの郷やソタイの郷、そのほか現在たたらに集まっているクズブクトの郷、アクトの郷などに住む一般の住民は、アイヌ語に近い縄文語を用いて会話をしている。ただ、ヤマトに臣従した小杵の連中は、大和言葉を使うようになっているのだ。
「ほう。相変わらず、犬のように這いつくばるのが似合う男だのう。耳障りな槌音が響いていたが……ずいぶんと面白いものを溜め込んでいるらしいな? これもすべて、大王への貢物として我らが預かろう」
そう言って、手下の男はずかずかと鍛冶場に入り込み、炉の近くに積みあがっていた『鉄鋌』に手を伸ばした。
「アッ、熱ぃいいいっ!!??」
ばかなのか?
今打ち終わったばかりの鉄鋌である。すでに赤みは引いて黒く戻っているが、熱したフライパン以上の温度は確実に残っているのだ。
「あぎゃあああああっ! 貴様ぁッ!」
逆ギレした手下の男は、炉の近くにいた郷の男を理不尽に殴り飛ばしてしまった。
その刹那、鍛冶場の男たちの目の色が変わる。
『いきなり来てなんなんだ、こいつらは!』
『奇妙な格好しやがって!』
『俺たちの鉄をどうしようって言うんだ!』
たたらバブルで熱狂していた鍛冶場の男たちはいきり立ち、そのあたりにあった出来立ての鉄製の鍬を持ち上げると、不愉快な訪問者である手下の男に向けて思い切り振り下ろした。
――ゴフッ。
嫌な音がして、手下の男がその場にうずくまる。
幸運なことに刃先はまだ研いでいなかった。
とはいえ、それでも分厚い鉄製の農機具である。
(骨、折れてるよこれ……てか、大丈夫なのこれ!?)
てか、やったの誰!? あの人、知らない人だよ!? どこの郷の人!?
「あ、ああああああ……ッ」
手下の男は左の鎖骨あたりを押さえてうずくまり、声にならない悲鳴をあげていた。
「き、貴様らぁ……ッ!」
代表格の男がタッコルを憎々しげに睨みつける。
「覚悟しておくんだな……!」
そう吐き捨てると、うずくまった手下の男を強引に馬に乗せ、男たちは逃げるように去っていった。
まずい、これはまずい。
なのになんか、鍛冶場の奴ら、謎の連帯感でハイタッチしているよ! 『撃退してやったぜ!』とか言っているよ。
どうすんのこれ?
ボイが横に視線を移すと、両膝をついたままのタッコルが、この世の終わりのような顔面蒼白になっていた。
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