鉄鋌(てってい)
野だたらによって生み出された赤黒い鉄の塊を、鍛冶場へと運び込んだ三人。
『よし! これで鉄を使い放題だな!』
上機嫌で胸を張るタッコボ。しかし、ボイは小さく首を横に振った。
『いや、まだだよ。このままじゃ道具には使えないんだ。親父さん、端っこを少しタガネで割って、炉の火に入れて叩いてみて』
『お、おう』
言われるがまま、タッコルが炉で真っ赤に熱した鉄の破片を金床に乗せ、タッコボが大槌を振り下ろす。しかし――。
『あれっ!? 粉々に崩れたぞ!?』
『そうなんだよ。さっきの炉でドロドロのゴミ(ノロ)を出したでしょ? でも、あの塊の中にはまだゴミがたくさん残ってるし、硬さもバラバラなんだ。だから、まずは細かく割って色でわけて。それで、炉で熱して叩いて強くするんだよ。』
『ほう……ほう……!』
鉄の塊を、いくつもの欠片に割っていった。
それを、ボイはひとつずつ確認し、選別していく。
『ええ、と、これは……ダメ。これも……ダメ。これは……まあ、許容範囲……。いや、結構厳しいな』
『え?そっちは全部だめなのか?全然残ってないぞ』
ボイが選別した結果、まともに鉄として使えそうな部分は塊全体の1割に満たなかった。
『それしか取れないの?』
だいぶ少なくなってしまった欠片を見て、タッコボは残念そうに言った。
『今回は最初だからこんなもの。でも、これから少しずつ温度とか炉の形とかタイミングとかを調整していけば、もっとたくさんとれるようになるずだよ』
『そんなものなのか』
『まあ、今回はこれくらい!でも、まったくゼロじゃないんだから、最後までちゃんと作るよ!さあ、炉で真っ赤になるまで熱して、叩いて、叩いて!』
タッコボは言われるがまま、熱しては叩いて延ばし、折ってはまた叩き合わせる。
槌が振り下ろされるたび、バチバチッと激しい火花とともに不純物が飛び散り、ボロボロだった鉄がみるみるうちに粘り気を持った一つの塊へと引き締まっていく。
やがて石の金床の上には、まだいびつではあるが、それは確かにまぎれもない鉄の板、それが姿を見せ始めた。
『すげえ、俺たちの鉄だ……』
タッコボは息を呑み、さらにボイの指示でその鉄をさらに均一な細長い板状へと打ち延ばしていく。
それは、当時の日本において物々交換の基準や富の象徴として使われていた規格素材――『鉄鋌』であった。
『できたぁっ!』
見事な鉄鋌を掲げ、会心の笑顔を浮かべるタッコボ。
だが、その横で完成した鉄鋌と無邪気に喜びを爆発させているタッコボを眺めながら、タッコルは次第に血の気を引かせていた。
『……なぁ、マネボ』
『ん?』
『これ……もし小杵の奴らの耳に入ったら……俺たち、ただじゃ済まねえんじゃねえか……?』
『あ』
タッコルの言葉に、ボイの背筋に冷たい汗がツーッと流れた。
(や、やばい……! そりゃそうだ!!)
鉄鋌は、単なる道具の材料ではない。
大和王権が朝鮮半島からの輸入を独占し、地方豪族を従わせるための『最高額紙幣』であり『軍需物資』そのものだ。
現代の価値に換算すれば、鉄鋌一枚でおよそ十万〜三十万円。今回の製鉄で取れた鉄からは、たしかにこの一枚だけであるが、生産性が上がっていけばもっと多くの鉄鋌、つまり『通貨』が作れてしまう。
(これ、山奥のド田舎で勝手に一万円札を印刷しまくってるようなもんじゃん! 中央にバレたら、経済のパワーバランスどころか、反乱の芽として郷ごと軍勢に潰される……!?)
無邪気に『すげえや!』と打ちたての鉄鋌を満面の笑みで見つめるタッコボ。
それとは対照的に、ボイとタッコルは、金床の脇に置かれた鉄鋌を、息を呑んでただ静かに見つめていた。
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