たたら製鉄
『……なんでこんなに集まってるんだ?』
すさまじいプレッシャーである。
人を集めたわけでも、何か見せ物をやると触れ回ったわけでもないのに、タッコの郷だけでなくソタイの郷からも住人が押し寄せ、六十人余りの老若男女が野だたら炉を取り囲んでいた。
『そりゃお前さん方、昨日あんな大騒ぎしながら『鉄だ、鉄だ』って何か作ってりゃ、誰だって気にもなるだろうさ』
ソタイの郷ご老体殿のもっともなご意見であった。
『おいおい……こりゃ絶対に失敗できねえぞ』
タッコボの目がいつになく真剣な光を帯びている。
……ちょっとイケメン風である。いや、何でもない。忘れよう。あくまで『風』である。
さて、いよいよ火入れだ。
カチカチに焼き固まった粘土炉の中に木炭を限界まで詰め込み、種火を落として着火する。
真っ赤になった木炭がじわじわと熱を放ち始めた。
『タッコボ! ふいごを踏んで! 一定のリズムで、絶対に止めないでね!』
『おうよっ!』
タッコボが体重を乗せて足踏み式のふいごを踏み込む。
空気が勢いよく送り込まれ、素焼きの羽口から炉の最深部へ向かって『ゴオオオッ!』と凄まじい風が吹き込んだ。
炉内の炭は一気に酸素を吸い込み、真っ赤を通り越して目が眩むような黄金色へと白熱していく。炉内温度はすでに千二百度を超えていた。
『よし、炭と砂鉄を入れるよ!』
ボイは炉の上部に立ち、炭の減り具合を見極めながら、てっぺんの開口部から細かく砕いた木炭を敷き詰め、その上から木杓で砂鉄を均一にパラパラと振り撒く。そしてまた炭をかぶせる。
下から吹き上げる猛烈な一酸化炭素ガスと出会い、炉頂からはメラメラと青白い炎が立ち上った。
作業開始から約二時間。砂鉄の半分を投入したところで、炉底に溶けたカスが溜まってきた。
『親父さん、今! 下の穴を開けて!』
『任せろ!』
タッコルが太い鉄棒を構え、炉の最下部にある排滓口の粘土栓を力任せに突き破る。
その瞬間、ドロドロに溶けた真っ赤なマグマのような流体が、ツーッと外へ流れ出した。
『『『うおおおおおっ!!』』』
固唾を呑んで見守っていた観衆から、どよめきと大歓声が沸き起こる。
『鉄だ! 赤い鉄が流れ出てきたぞ!』
『違う、まだだよ! これは鉄じゃなくて、溶けたゴミ(ノロ)が出ているだけ! タッコボ、休まないで! ふいごを止めないで!』
『はぁっ、はぁっ……だめだ、もう……足の感覚が……!』
『頑張って! ここで風を止めたら炉の温度が下がって全部パーだよ!』
『うおおおおおおおお!』
タッコボが歯を食いしばり、汗だくになりながらふいごを踏み抜いていく。
すかさずタッコルが濡れ粘土で下の穴を再び塞ぎ、ボイは休むことなく砂鉄と木炭を交互に投入し続けた。
――そして数時間が経過した。
用意した砂鉄をすべて投入し終え、最後の木炭が燃え尽きる直前。
タッコルがもう一度下の穴を突き破り、底に溜まった最後のノロを綺麗に絞り出す。
『よし……炭が燃え尽きた! 親父さん、炉を壊して!』
『おうっ!』
タッコルが大槌を振り下ろし、役目を終えた粘土の炉壁をバキバキと豪快に叩き壊した。
崩れ落ちた壁の向こう、炉の底から現れたのは――。
赤黒く鈍い熱を放ち、ずっしりと鎮座する、数キログラムもの鉄の塊であった。
『できた……! これが、タッコの郷の鉄だよ!』
『『『おおおおおおおおおおおおっっ!!』』』
地響きのような大歓声が晩秋の山々に木霊し、六十人の村人たちが抱き合って沸き返った。
この日。
大和王権すらまだ辿り着いていない製鉄の奇跡が、人知れずタッコの地で成し遂げられたのである。
――だが、その熱狂を少し離れた木立の陰から、じっと見つめる一つの人影があった。
大きなかごを背負った身なりの貧しい行商人風の男は、感情の読めない目を細め、一部始終を見届けると音もなく森の奥へと踵を返していった。
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