河原の黒い砂
タッコボはくたくたに疲れていた。とにかく疲れていた。
それもそのはずである。どこで聞きつけたのか、タッコの郷とソタイの郷中から、自分の農具やナイフなどありとあらゆる鉄製品を『黒鉄にしてほしい』と、鍛冶場に次々と持ち込まれるのである。
性格が生真面目なタッコボは、ただ黒鉄にするだけではなく、ちゃんときれいに修繕してから一つ一つ丁寧に黒錆加工を施していた。そのせいでさらに時間がかかり、満足に休憩も取れないまま朝から晩まで作業し続ける日々が、ここ最近ずっと続いていた。
『くそ、すべてあいつのせいだ……』
あいつというのはもちろんボイのことであり、この忙しさがボイのせいであるというのもまったく間違ってはいない。
なにせ黒鉄というのは、ヤマトでも限られた支配層しか手にすることができない宝物なのだ。本来なら、鍬の先爪や鎌なんかに気軽に使ってよい代物ではない。だが不幸にも、タッコボはボイからその製造法を教わってしまった。さらに不幸なことに、親父のタッコルから『黒鉄の製法を他の職人に教えること』を固く禁じられている。
その結果、タッコボは一人黙々と、エンドレスで作業を繰り返す羽目になったのだ。
そんな感じで、たった一人で社畜(郷畜か?)として酷使されているタッコボのもとに、このクソ忙しさの元凶がのんきな顔でやってきた。
『へーい! タッコボ!』
『なんだ、ボイか!』
『ボイじゃないよ! ソタイマネボだよ!』
『ボイはボイだろ?』
すっかり挨拶代わりとなったお決まりの応酬なのだが、今日のタッコボにはどことなく力がない。
『あれれ、お疲れですねぇ』
『お前……お疲れって、誰のせいだと……!』
『まあまあ、タッコボ君』
そう言いながら、ボイはタッコボがいま修理している鍬先をのぞき込んだ。
何度も何度も焼き直しては錆びたところを削り落とし、叩いて伸ばして修繕を繰り返しているため、鉄の厚みはもうペラペラになっている。
『しかしタッコボの修理は、本当にケチ臭いねぇ。もうその鍬先、紙みたいにペラペラじゃん。少し新しい鉄を足せばいいのに』
『馬鹿言え! 鉄がどれだけ貴重だと思ってんだ! そうホイホイ足せるようなもんじゃねえんだよ!』
『ふーん。じゃあ、作ろうか』
『……は? お前、また何を馬鹿なことを。鉄を作るなんて、そんなことできるわけねえだろ』
『まあまあ。――おーい、親父さーん! タッコボ借りるよー!』
『なっ!?』
『ああ、ソタイのマネボか! いいぞ、好きなだけこき使ってくれ!』
鍛冶場の奥からタッコルの上機嫌な声が飛んでくる。
『な、ななっ!? ちょっと待ってくれ、親父! まだ修理の山が……!』
『いいから、いいから!』
タッコボの必死の抵抗も虚しく、あっさりとボイに腕を引かれ、鍛冶場の外へと連れ出されてしまうのであった。
◆◆◆
そんなこんなで鍛冶場から連れ出されてしまったタッコボは、上機嫌のボイに引きずられ、河原の砂が分厚く堆積している場所に立たされていた。
稲の収穫もとっくに終わり、山々はすっかり紅葉を散らして冬支度を始めている。吹き抜ける川風はひんやりと冷たく、晩秋の気配が肌を刺す。
『で、こんな寒い河原で何をするんだ? だいたい、この皿は何なんだよ』
タッコボの両手には、底が浅いすり鉢状になった素焼きの土器皿が握らされている。
『うーん……ここじゃないな……あ、あそこ!』
川の流れが緩やかに淀むあたりに目をつけたボイは、身体をかがめて河原の砂利を観察する。
『うーん、ないなぁ』
『何探してるんだ?』
『え、と、ちょっと待ってね……あ、これかな……』
ボイは、砂利の隙間に黒っぽい砂がたまっている場所を見つけた。その砂を両手ですくってタッコボが持つ皿へと次々に放り込んだ。
『おい、何すんだよ! 砂なんか集めてどうすんだ!』
『いいから、いいから。そのまま川に入って、皿を水に浸けてぐるぐる回してみて』
『冷てえよ……!』
文句を言いつつも、言われるがままにかじかむ手で水中に皿を沈めて揺すってみる。すると土器の中に小さな渦ができ、中央の底に重たい黒い砂が集まり、その周りを白や灰色の軽い砂がぐるぐると舞い始めた。
『で、浮いてきた周りの砂を水と一緒に、こう!』
ボイが器用に皿を傾け、上澄みの砂と水を川へ流し捨てる。
その工程を何度か繰り返すと、土器皿の底には、驚くほど真っ黒な砂の層だけが残っていた。
『タッコボ、その黒いのを手ですくってみて?』
『おう……って、重っ!? なんだこれ!?』
『それが鉄の原料、『砂鉄』だよ。ここにある砂から今みたいに集めれば、いくらでも鉄の原料が手に入るんだから』
『す、すげえ……! これを集めれば本当に鉄ができるのか!? よし、皿で集めまくるぞ!』
さっきまでの寒さや不満顔はどこへやら、タッコボは目を輝かせてがぜんやる気を出した。
浅い土器皿で川砂をすくっては冷たい水流で泥と砂を洗い流し、底に残った黒い塊を、川原の平らな大石の上にパッと広げていく。
晩秋の澄んだ空から差し込む陽光とからりとした秋風でじわじわと水分が飛び、サラサラに乾いたところで、ソタイの郷特製の鹿革袋へと手際よく流し込んでいく。
ひたすら作業に没頭していると、あっという間に夕日が山並みに沈み始めた。そのころには、ずっしりと中身の詰まった革袋がいくつも並んでいた。
『よっしゃ、集まったぞ!』
タッコボは冷えた鼻をすすりながら、嬉しそうに革袋を持ち上げてその袋の重さを確かめる。
『これを鍛冶場のかまどに入れて、ガンガン焼けば鉄になるのか?』
『うーん、惜しいけどちょっと違う。正解はまた明日!』
『は……? 明日?』
『じゃ、私は暗くなる前に帰るから! それ、タッコの郷に持って帰っておいてねー!』
そう言い残すと、ボイは夕暮れの冷たい風を背に受けながら、軽やかな足取りでソタイの郷へ向かって駆け出していった。
『ちょっ……おい! 待ちやがれボイ!』
あっという間に薄暗くなっていく河原で、数十キロもの砂鉄が詰まった重たい革袋と土器皿を抱えたまま、タッコボは一人、小さくなっていくボイの後ろ姿を寒さに震えながら見送るしかなかったのである。
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