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ムサシカムイ 〜古墳時代の関東に転生した理系女子がたたら製鉄をしたら、豪族の覇権争いにまきこまれた話〜  作者: 四 二
第二部 第一章 ヤマトへ

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舟橋の湊館

『舟橋の湊館』に近づいていくと、その異様な規模に圧倒される。

前玉の館もソタイの郷と比べると、大きさ、広さは相当なものであったが、この『舟橋の湊館』は柱の太さ、規模、どれをとっても一回りも二回りも大きなものだった。


聖域内にある小高い丘の上にかがり火が焚かれている意富比のヤシロの太く黒々とした柱の間に、総の国で作られたという太い麻のしめ縄が張り渡されていた。

そんなこの時代の鳥居らしきものを過ぎて石積みの階段を上がると、そこには絹の衣をまとい、腰に木簡と筆を下げた、背は高いが身体の線が細い、涼しげな眼をした男が現れた。


「ようこそお越しくださいました。私、舟橋の湊館を任されております、蘇我の一族の鵜鷺(うさぎ)と申します。ここでは湊の長として那津見(なつみ)とお呼びください。使主様、麻禰様、ご遠路さぞお疲れでしょう。禰米ネメ様より、手厚くお迎えするようお話は伺っております。どうぞ中へお入りください」


「痛み入ります」


使主はそういうと、館の奥に入っていった。ボイとタッコボ、それに男衾くんと務見くんも続く。


館が小高い丘に建てられているせいか、潮の香りがする風が吹き抜けている。ボイが振り返ると、真っ暗な海に、ポツポツと明かりが見えた。海の中だけではなく、東京湾を囲むように、いくつかの灯りの塊が見える。現代のように、海中に浮かぶ海ほたるもないし、空港や工業地帯の灯りがぐるっと湾を取り囲んで光り輝いているわけではない。

ただ、それでも、この時代にも、東京湾を囲むように人々が生活を営んでいる。そんな気がした。


ボイが海を見ていると、那津見は海の中の光を指さし、


「あの光は、漁火(いさりび)でございます。ああやって、海の幸を獲っているのです」


「ほー。魚釣りですか?」


「魚釣り? 網を打って魚を獲っておりますよ」


那津見は優しい笑顔でボイに教えてくれた。


「夕餉の前に、まずは皆さま、お部屋にご案内いたします」


そして那津見が合図すると、傍らに控えていた使用人たちが、それぞれの建物に案内してくれた。




◆◆◆



ボイにあてがわれたのは一人部屋――というか、ひとつの建物を丸ごと貸し切りだった。

どうせそんなことだろうと、タッコボの部屋に遊びに行こうと考えていたのだが、案内された時の様子だと、タッコボは男衾くん、務見くんの2名と相部屋のようだった。

ボイは何となく気後れして、遊びに行くのをやめた。


結局、ボイは一人で部屋にいた。

実は出発前に大串さんに、身の回りのことや、話し相手として女の従者を何人か連れて行かないかと言われたが、それは『少し落ち着かないから』と断っていたのだった。

それに、ヤマトまでは長旅であり、それなりに危険な旅であるとも言われていた。もし、山賊などに襲われでもしたら、ボイ自身は優先的に守られるのであろうが、従者の命は保証されないかもしれない。そう考えると、やはり誰かを連れて行く気にはならなかったのである。


そんなことを考えながら、ぼーっとしていると、使用人の女が来て、湯殿に案内してくれた。


『湯あみできるのか、ありがたいな』と思っていたら、ちょっと違った。

案内された先には、大木をくり抜いて作ったと思われる大きなタライが置かれていた。

ボイがそこへ座ると、使用人たちが次々と香草を浮かべた温かいお湯を、絶え間なく体にかけてくれた。


シャワー? かけ湯? スパ?




あっっ!!!!!





「これが伝説の船橋ヘルスセンターですかっ!?」


「え? ここは舟橋ですが、へる? なんですか?」


やばい、使用人の方が困惑している。


「いやなんでもないです……」


ボイは、(いにしえ)(未来)の白亜の温泉デパートの名前を出してしまったのが、ちょっとばかし恥ずかしくなって、身を小さくして押し黙ってしまった。


湯上がりしたら、ボイの大好物の甘葛(あまづら)の白湯割りに、橘の果汁を少し垂らした特製ジュースが準備されており、真新しい絹の衣まで用意されていた。


(やっぱり、船橋ヘルスセンターじゃん……)




◆◆◆



湯上がりすると、つぎは大広間に通された。少し遅い夕餉の時間であった。

前玉の館では、根菜や猪などの肉、川魚が多かったが、さすがに海の近くである。魚介類が多かった。

しかも、ボイが感動したのは、鯛だろうか? 白身魚の膾である。

もう、十年も生魚を食べていないボイは、あまりのおいしさに、


「ああああああー」


と声をあげてしまい、周囲に心配された。


しかも、本来は配膳されたら、それなりの挨拶の口上があるはずなのだが、ボイは配膳された瞬間に、生魚が目に入り、「ひょいっぱくっ」と口に入れて奇声をあげてしまっていたのである。


後の祭りである。


「少し待て」


「すみません」


使主にたしなめられたが、これは、子供の特権である。特権なのである。


さて、少し落ち着いてあたりを見渡すと、本日の宴席は一番奥の上座にボイが座り、そのすぐ右隣に使主。そこから向かって右の列に那津見さんと大串さんが並び、左の列にはタッコボ、務見くん、男衾くんが座っていた。


使主と那津見さんは何やらお決まりっぽい会話をし、そのあとも話し続けていた。

大串さんもまざって、なんだかよくわからない話を始めた。布流津(ふるつ)とか走水(はしりみず)とか聞こえたが、なんだかよくわからなかった。

左を見ると、タッコボがご飯をほおばって、こぼしながら食べていた。務見くんが見るに見かねて、散らかした米粒をつまんで片づけていた。

男衾くんはそんな二人を無視して、一人静かに味わっているようだった。


しかし、湯上がりにこうやって宴会をして……『やっぱり、船橋ヘルスセンターじゃん』とボイはひとり思ったのだった。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

本作は今後、毎日0:00に更新していく予定です。


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