祝勝会、そして
毛野軍の侵攻を止めた翌日、前玉の館の大広間には、使主軍の諸将が集まっていた。
上座にはもちろん使主と使古の姿があり、そこに何故かボイも並んで座っていた。
ボイが顔を上げると、諸将が中央に間を空けて二列で整列し、一同平伏していた。
タッコボの姿があった。前回の共食では中段ぐらいにいたのだが、今回はボイの真ん前にいた。またずいぶんと偉くなったものである。何もしていないのに。当のタッコボは、分不相応に前の方に座らされているため、平伏中も何となく後ろが気になるようで、ちらちら後ろを見ていた。
「――面を上げよ!」
使主の声に諸将が一斉に顔を上げ、使主を見る――ことはなく、みんなボイの方を見ていた。しかも、なんだこれは? ボイにギラギラした熱い視線が注がれている。
「うわっ」
たまらずボイは声を上げた。
隣の使主はボイの方をちらっと見て、少しだけニヤニヤしながら小声で言った。
そのさらに隣の使古も面白そうにニコニコしながらこちらを見ている。
「あれだけ派手にやったのだから仕方がないであろう。諦めよ……だが今回は助かった。礼を言うぞ」
「ど、どういたしまして。いや、って。いや、でもこれは……」
ボイは言葉を続けようとしたが、上座であまり話し込んでいるわけにもいかず、使主は広間に響き渡る声で告げた。
「皆の武勇、見事であった! この使主がしかと見届けた! 論功については追って沙汰する故、本日はただ、勝利の美酒に溺れるが良い!」
「「「「「ははっ」」」」」
一同は使主の声に同調し、一斉に頭を垂れる。そして、再度頭を上げると、今度はまたボイを見つめる。
目が! キラキラ!! している!!!
仁王像みたいなごついおっさんたちが、少女漫画みたいなキラキラのお目目をして、ボイを見つめているのである。
「うわわっっっ」
ボイは再度声を上げた。ドン引きである。
「ほれ、なんか言ってみい」
使主がなんか促してくる。
昨日の勢いはどこへやら、ボイはたどたどしく、一同に昨日の礼を言うのである。
「あ、あの。き、昨日はみなさん、ありがとうございました」
それだけ言って、深々と頭を下げた。
「「「「「うおおおおおおおっっっ」」」」」
大広間に雷鳴のような歓声が響き渡る。ボイは養女とはいえ使主の娘である。その天上の存在から、声がかけられるだけでなく、深々と頭を下げて礼を言われたのだ。本来身分制度として、ボイが頭を下げるのはよろしくはない。よろしくはないのであるが、効果は絶大であった。
いやがうえにも、盛り上がる。そして。
「「「「「かっ飛ばせ! かっ飛ばせ! 麻禰様!!!」」」」」
始まってしまった……
いや、そもそもボイが始めたコールである。なんか、毛野軍に蹂躙される恐怖と、お立ち台に上がって声を出した高揚感によって、正気ではなかったとはいえ、やってしまった。
引きつった笑いで、『かっ飛ばせ!』コールに応えるボイの視界の隅に、高坏をもった使用人の女がこの異常なテンションによって、料理を配膳し始めて良いものやら悪いものやら、と心底困り果てていた。
本当にすみません。
◆◆◆
「「「「わはははははっはははははは!!!!」」」」
うるさい。
うるさいのである。
酒が入ったおっさんたちが、大騒ぎしている。うるさいのである。
なんだろう、あの、ゼミの歓迎会とかで連れて行かれた大衆居酒屋の喧騒。
周りの声がうるさくて、話し声が届かないから、負けじと大声で話す。そうすると、さらにうるさくなって、周りの人がさらに大きな声で話し始める。
そして、酒によってリミッターが外れているから、社会通念上許されている音量の上限を突破してどんどんうるさくなる。
タッコボがなんか、おっさんたちに絡まれている。可哀想に。
ボイは上座にいたし、さすがに使主の娘に絡んでくるような勇者はいないので無事ではあったのだが、赤提灯と化した、この大広間から一刻も早く逃げ出したい気分だった。
そう思いながら、小鉢に入った塩茹での豆を口にする。
(あ、小豆じゃん。そういえば、お饅頭たべていないな)
騒音を忘れようと自分の世界に入り、小豆に集中するしかない。うまい、うま、くはない……
ここは前玉。現代では埼玉県行田市である。かの有名なうますぎる饅頭の本拠地である。おじいちゃんのお家に行ったときに、仏壇に供えられているのを勝手に箱を開けて食べていたあの饅頭。
ボイは無性に食べたくなって、ちょっと昔を思い出して寂しくなってしまった。
使主も酒が入って、隣の使古と談笑している。『ガハハハハハ』と、とても楽しそうである。いい気なものである。ボイはもちろん酒など飲めないので、甘葛の白湯割りに、橘の果汁を少し垂らしたボイ用の特製ジュースをチビチビ飲んでいたが、限界である。
ちょっと疲れたからと断りを入れて、中座することにした。
大広間の外に出たら、こりゃまたすごい。入りきれなかった兵たちも、蓆を敷いて宴会をしている。この寒空で大丈夫なのか? と心配する必要すらないな。
結局ここもうるさい。なんか、串に刺したイノシシ肉だろうか? そんなのを食べている。まるでオクトーバーフェストである。
ボイの姿を見つけると、一斉に歓声が沸いたが、どこからともなく現れた護衛さんたちが『シーッ』とやってくれたら、みんな静かにしてくれた。ありがたいことである。
そして、ようやく喧騒から離れて、館の縄張りの外れまでたどり着くことができたのである。
「ふぅー」
っと一呼吸ついたボイだが、ふと目線を西の方角に移すと、横渟の砦ではまた煮炊きの煙が上がっている。
今回の戦いで、侵攻はいったん止めることはできたが、横渟はまだ毛野に切り取られたままなのだ。
このままでは、いつまでたっても、タッコとソタイの郷を取り戻すことはできないなと、ボイは少しやるせなくなった。
そうして、ほんのりと茜色に染まり始めた空を一人眺めていたのだが、
「あの通り、横渟は健在だ」
「あ、父上」
使主がいつの間にか傍らに立っていた。手にはまだ酒杯を持っている。
「父上? パパだろう」
「はい、パパ」
ボイは素直な良い子である。
使主は酒杯を護衛に渡して、ボイを真っ直ぐに見据え、言葉を続けた。
「約束通り、いつかタッコの郷は取り返す。だが、今の我々の力ではどうすることもできない。今回の戦いで毛野はこの冬に再度攻めてくることは無理であろう。だが、秋の収穫が終わるころにはあの砦が完成し、次は大軍で攻めてくるであろう」
「え、それじゃあ……」
タッコの郷、ソタイの郷どころか、前玉まで攻め落とされてしまうのか、ボイが少し途方に暮れていると、
「ヤマトに行く」
「え?」
「ヤマトに行き、大王の兵をお借りする」
「そんなことって」
「出来る。それには、麻禰、貴様の力が必要なのだ。もう一度わしに力を貸してくれ」
なぜ、ボイの力が必要なのか、それはわからなかったが、やっと落ち着けると思った前玉がまた攻め落とされる。前玉にいる、使古くんや、禰米様、使用人のみんな、舎童の子供たち、そして多くの将兵がひどい目に遭うのは我慢ができなかった。
「……わかりました」
ボイは、ヤマト行きを了承するしかなかったのである。
◆◆◆
ヤマト行きの準備が内々に進められるなか、ボイは、使主、使古とともに、縄張りの中央部にある、ひときわ頑強そうな高床式建物の中にいた。
薄明かりの中、使主は漆で塗り固められた箱から、一振りの剣を取り出すと使古に手渡した。
剣には黄金の文字でこのように銘打たれていた。
『辛亥年七月中記乎獲居臣上……』
ボイは文字列を見た瞬間、思考が完全にフリーズした。視線が釘付けになって動かすことができない。
歴史に疎いボイでもこれは知っている。校外学習で訪れた稲荷山古墳の『金錯銘鉄剣』そのものである。
使主は、剣の傍らに納められていた大ぶりの勾玉を取り出すと、使古の首へと掛けた。
「前玉を頼んだぞ」
「は、命に代えても」
笠原直使主はその後、娘の麻禰と一族の者を連れ、ヤマトに旅立つのであった。
ムサシカムイ ~~【第一部完】~~
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
これにて、【第一部完】となります。
皆様のご支援のおかげで、作者のモチベーションを保つことができ、ここまで投稿することができました。本当にありがとうございました。
次回更新より、【第二部】に入ります。武蔵国造の乱も中盤に差し掛かり、ボイ達の活躍も北武蔵から広がって行きます。今後とも、ボイ達を応援していただけるとありがたいです!
本作は今後、毎日0:00に更新していく予定です。
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